おそらくこれから話題になるであろう6月公開の映画「コンプライアンス服従の心理」を見た。
2004年にケンタッキー州のマクドナルドで起きた事件をもとにしている。
この事件についてはこちらに詳しく書いてあります。(英語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Strip_search_prank_call_scam
ケンタッキー州のマウント・ワシントンという町のマクドナルドに警官を名乗る人物から電話があり、19歳の女性店員が客の財布から金を盗んだので、身体検査をするようにと言われます。電話を受けた女性店長は困惑しつつも、店員のポケットやバッグを調べ、何もないというと、電話の主は今度は裸にして検査しろといい、しだいに要求がエスカレートして、ついには、忙しい店長のかわりに店員を見張るようにいわれた店長の婚約者が、電話の主の命令で、店員に性的暴行をしてしまう、という事件です。
実はこれと類似する事件がすでに70件も発生していて、マクドナルドにも以前、別の店に同じような電話があり、女性店員を裸して体を調べるところまでやってしまった、ということがありました。また、他の店(マクドナルドだけではない)では客が被害にあうケースもあったようです。
このように、すでに同じ事件がありながら、マクドナルドは店に警告していなかった、ということで、被害者の女性店員に1億円もの損害賠償を支払い、女性店長にも損害賠償を支払ったそうです(プレスには6億円とありますが、最終的には1億円程度に下がったようです)。
電話をかけていた男はこのケンタッキーの事件のあとに逮捕されたものの、証拠不十分で無罪となったとか。また、マクドナルドはその後、対処マニュアルを作って店に配っているそうです(アメリカの話)。
映画は舞台をオハイオ州に移し、人物名などはすべて変えていますが、上のリンク先の詳しい説明を読むと、かなり実話に忠実であることがうかがわれます。
どういう内容であるかは予備知識として知っていたので、最初から緊張感を感じないわけにはいきません。警官を名乗る男の電話のしゃべり方、相手は警察だから、とそれに従っていってしまう店長と疑われた店員、おかしいと感じながらも何もしない他の店員、そして、裸にされたままの少女と同じ部屋に2人きりでいるようにと言われて違和感を感じ、電話の指示で性的暴行を命じられていやだと思いながらも従ってしまう店長の婚約者。
どうしておかしいと思わないのだろう、どうしてこちらから警察に電話してみないのだろう、店員は未成年なのだから親に電話すればいいのに、店員も親に電話してと頼めばいいのに。
電話がかかってきてからずっと、そんな苛立ちを感じながら、それでも画面に釘づけになってしまいます(店長役のアン・ダウド、店員役のドリーマ・ウォーカー、偽警官役のパット・ヒーリーはじめ、役者がみんなうまい)。
店長は朝からトラブル続きで忙しく、しかも金曜なので客が多く、本部から人が覆面調査に来るといわれ、判断力を失っていたのは確かです。女性である店長も副店長も忙しく、偽警官から少女を見張っていろといわれ、若い男性店員が見張るのですが、電話で性的なことを要求され、店長におかしいと告げますが、店長は取り合わない。結局、店長の婚約者の男性が呼ばれて見張り、やはり性的なことを要求されて、時々戻ってくる店長に言おうとするのだが、店長は婚約者はただ見張っているだけだと思い、聞こうとしない。
店長も婚約者も、どう見ても善人なのです。ただ、店長は忙しすぎて、状況を把握できない。婚約者は仕事を終えて仲間と飲んでいたときに呼び出されたので、酒が入っていて、判断力が鈍っています。また、この婚約者は人に逆らえないお人よしのような感じで、こういう人が命令されて少女に性的暴行をし、結局は刑務所行きになってしまうのがなんともいらだたしい。
最後に婚約者が耐え切れずに逃げ出し、かわりに呼ばれてきた老人が電話を受けておかしいことに気づき、相手を一喝して、ようやく事実がわかるのですが、このときの老人の言葉が「おまえが誰かなんか関係ない」というようなこと。つまり、これまで電話に出た人はみな、警察という権威の前にひれ伏し、疑いもせずにおかしなことを実行していたけれど、この老人は権威に弱くなかった。相手が警察だろうがなんだろうが、おかしいことはおかしい、と判断できる人だったのです。
上のリンク先を見ると、同種の事件がいくつも起き、その中では女性を裸にするところまでやってしまった店がいくつかあるのですが、70件のうち、多くの店は途中でおかしいと気づいたのだろうと思います。しかし、この映画のモデルとなったケンタッキーの店は、性的暴行までしてしまったわけで、どうしてここまで行ってしまうのかを、映画を見ながら考えずにはいられませんでした。
まず第一に、警察という権威に対する弱さ、疑うことや確かめることをしない弱さがあげられますが、犯人の要求の仕方が典型的な相手につけこんで自分の思い通りにさせるやり方であることに注意すべきだと思います。
犯人はまず、店員が金を盗んだのでポケットやバッグを調べろといいます。これくらいならしてもいいと普通は思うので、店員も同意し、調べるのですが、何も出てきません。次に犯人は女性を裸にしろといいます。店長は、自分はそこまではできない、といいますが、犯人にいいくるめられてしまいます。
犯人は、とりあえず、これをやればあとは解放されるから、といって、まず、小さいことからやらせます。これが手なのです。人間は楽をしたい、面倒に巻き込まれたくない、穏便にすませたい、世間体が、ということを気にします(アメリカは日本ほどじゃないと思ったが、これ見てるとアメリカも変わらない。日本人がオレオレ詐欺にだまされるのも当然、と思いました)。
そんなわけで、疑いをかけられた店員も承諾してしまうわけです。ここで店員が、警察へ行ってはっきりさせたい、と言い張ったら、事件はここで終わりです。あるいは、店長が、私にはそこまでやる権限はない、と主張し、本部に電話したり、警察のもっと上の人に電話すれば、事件はここで終わりです(たぶん、そのあたりで終わった店も多かったでしょう)。
しかし、店長も店員も、今、この男の命令に従えば、すぐに解放されると思い、従ってしまいます。すると男はさらに要求を続けます。要求に従うにつれて逆らえなくなる、という服従の心理がよく描かれています。
日本では、電話でしつこい勧誘や金の請求を受け、とりあえずここで払えばもう来ないと思い込んで払ってしまい、その後もしつこくされて大金を奪われるという事件がよく起きていますが、最初に断固たる態度をとらないと、相手の思う壺なのです。
「電話1本で少女を裸にする」という内容が下世話な興味をひいてしまう映画でもありますが、たとえそういう興味で見たとしても、いろいろと学べる映画だと思います。
ラストシーンで、女性店長が、「私も被害者だ、誰でも私と同じようになった」といいますが、実刑になった婚約者のように、だまされた人間も責任を問われ、処罰されるということは覚えていていいでしょう。