今季はドラフト全体1位か2位がほしいので最下位めざすセイバーズですが、一気に大量トレードをしていました。
まず、新人賞受賞歴のあるマイヤーズやサラリーキャップ導入後のセイバーズ最強時代の最後の1人だったスタッフォード、それに昨年ドラフトしたクロード・ルミューの息子(契約前のプロスペクト)などをウィニペグ・ジェッツにトレード。かわりにエヴァンダー・ケイン、ザック・ボゴジアンなどを獲得。
マイヤーズとスタッフォードは期待ほど伸びずイマイチだったし、エヴァンダー・ケインは非常にいい選手らしいのですが、このあとなんと、セイバーズはスターター・ゴーリーのエンロスをダラスにトレード。今季のセイバーズはエンロスががんばってなんとか少しは勝てていたので、こりゃもう今季は全部負けて、なんとしても最下位を死守して、ドラフト全体1位か2位の選手を確保しようという腹なのでしょう。というのも、今年のドラフトはシドニー・クロズビー以来の大物が2人いるからで、ドラフトくじで1番がとれなくても最下位なら2番はとれるからです。
とまあ、ドラフトに期待するしかない状況なわけですが、クロード・ルミューの息子ブレンダン・ルミューがトレードになったのは、彼がセイバーズに入りたくなくて、契約を拒否していたからだ、という話が伝わっています。
ああ、またしても選手に嫌われるセイバーズ、なわけですが、その一方で、セイバーズがいやならウィニペグ・ジェッツだっていやだろう、という説もあって、おそらくルミューはジェッツとも契約しないのではないかという予想も出ています。
というのも、ドラフトされる選手はおもに高校卒業するときにドラフトされるのですが、大学に進学すると4年間、ドラフトしたチームに契約の権利があります。が、選手が大学に行かず、メジャー・ジュニアでプレーした場合、契約の権利は2年で失効。ルミューはメジャー・ジュニアの選手なので、ジェッツとも契約せずにいれば来年はまたドラフトにかかるわけです。
はっきり言って、親が大物だからできるぜいたくだよな、という感じはしますが、父親が所属したような有名チームに行きたいのでしょうね。ただ、ドラフト上位で選ばれたのは親の七光りという意見もあり、果たして希望どおりに行くのかどうか。
アジアリーグのクレインズは11日の試合に快勝し、他力本願ながら、プレーオフの望みをわずかに残しています。
映画や日常生活のブログ。記事内の写真はクリックすると大きくなります。別ブログ(ログインできなくなった場合用)http://sabre26.cocolog-nifty.com/blog/
2015年2月12日木曜日
2015年2月11日水曜日
予想外の展開
最近すっかりご無沙汰になっているのがホッケーの話。NHLのセイバーズはドラフト全体1位か2位ねらいの超低空飛行だし、クレインズもメンバー変わってよくわからなくなってるし、で、あまりホッケーのサイトを見なくなっていました。
が、ここに来て、予想外の展開が!
それは、クレインズがプレーオフ圏外の危機!
つか、もうほとんど終戦とファンのブログには書かれていますが、確かに無理そうな感じ。
今季は全日本選手権の決勝に北海道勢が2チームとも進出できず、バックス対ブレイズの本州勢対決、これはコクド対西武鉄道以来なのだそうで、私がアジアリーグ見始めたときには西武鉄道はとっくに廃部というか、コクドに吸収合併になってたので、かなーり昔の話。
で、クレインズがプレーオフ出れないと、いったい何年ぶり? 私が見始めたときはクレインズがファイナルの常連だったときだったので、これもかなーり前のはず。
いったいどうなっているのでしょうか、クレインズ。去年は優勝したんだよね。
いずれファンのブログや掲示板で総括されるのでしょうが、そういえば、以前は釧路のクレインズ・ファンのブログがいくつもあって、それを読んで情報を得たりしていましたが、ある時期からそれらのブログが更新をしなくなってしまい、うーん、ダーシが去ったあたりからだろうか、その頃から私も遠ざかってしまった気がします。
予想外の展開といえば、光文社文庫に続いて新潮文庫からも「フランケンシュタイン」の翻訳が出たので、すっかり売れなくなった創元推理文庫の「フランケンシュタイン」ですが、キンドルがあるので、もしかしたら紙の文庫本の方は絶版になってしまうかもしれません。創元とはとんとご無沙汰で、私は解説書いただけなので、その辺何もわかりませんが、文庫本は絶版だけどキンドルは健在という本が創元にはいくつかあることがわかりました。
創元の「フランケン」は出た当時(31年前の2月だね)はあまり売れず、数年で絶版かと思われていたのですが、どこかの学校が教科書に採用してくれたので増刷され、その後しだいに売れるようになって、27刷まで行ってます(1回あたりの増刷は2千部から3千部なので、27刷でも合計で7万部から8万部くらいだと思います。初版部数も1万8千と、当時の文庫としては少なかった。今は文庫でも1万切るのは普通らしい、って、私の小学館文庫の翻訳は1万切ってたわ)。
で、NHK教育で「フランケンシュタイン」の紹介番組が先週から始まって、それで新潮文庫も光文社文庫も売れ出したのですが、創元はキンドルが売れている(安いから)。うーん、もう紙は限界か(以上、アマゾンの話なので、書店も含めた実売はわかりません)。
正直、私の解説が30年以上も長持ちするとは思ってなかったので、ネットで今でも解説を絶賛してくださる読者がいるのはありがたいことなのですが、そしてキンドルがあれば今後も読みたい人には読んでもらえるのですが、でも、もしも紙の文庫が絶版になったら、あの解説を含めた本を出してみたいな、とか、ちらっと頭に浮かんだりもしたのでした。
翻訳は新潮文庫と光文社文庫は今ふうで読みやすいそうですが、創元の翻訳は古典の格調のある訳文で、ネットではこちらがいいと書いている人もいます。
追記
が、ここに来て、予想外の展開が!
それは、クレインズがプレーオフ圏外の危機!
つか、もうほとんど終戦とファンのブログには書かれていますが、確かに無理そうな感じ。
今季は全日本選手権の決勝に北海道勢が2チームとも進出できず、バックス対ブレイズの本州勢対決、これはコクド対西武鉄道以来なのだそうで、私がアジアリーグ見始めたときには西武鉄道はとっくに廃部というか、コクドに吸収合併になってたので、かなーり昔の話。
で、クレインズがプレーオフ出れないと、いったい何年ぶり? 私が見始めたときはクレインズがファイナルの常連だったときだったので、これもかなーり前のはず。
いったいどうなっているのでしょうか、クレインズ。去年は優勝したんだよね。
いずれファンのブログや掲示板で総括されるのでしょうが、そういえば、以前は釧路のクレインズ・ファンのブログがいくつもあって、それを読んで情報を得たりしていましたが、ある時期からそれらのブログが更新をしなくなってしまい、うーん、ダーシが去ったあたりからだろうか、その頃から私も遠ざかってしまった気がします。
予想外の展開といえば、光文社文庫に続いて新潮文庫からも「フランケンシュタイン」の翻訳が出たので、すっかり売れなくなった創元推理文庫の「フランケンシュタイン」ですが、キンドルがあるので、もしかしたら紙の文庫本の方は絶版になってしまうかもしれません。創元とはとんとご無沙汰で、私は解説書いただけなので、その辺何もわかりませんが、文庫本は絶版だけどキンドルは健在という本が創元にはいくつかあることがわかりました。
創元の「フランケン」は出た当時(31年前の2月だね)はあまり売れず、数年で絶版かと思われていたのですが、どこかの学校が教科書に採用してくれたので増刷され、その後しだいに売れるようになって、27刷まで行ってます(1回あたりの増刷は2千部から3千部なので、27刷でも合計で7万部から8万部くらいだと思います。初版部数も1万8千と、当時の文庫としては少なかった。今は文庫でも1万切るのは普通らしい、って、私の小学館文庫の翻訳は1万切ってたわ)。
で、NHK教育で「フランケンシュタイン」の紹介番組が先週から始まって、それで新潮文庫も光文社文庫も売れ出したのですが、創元はキンドルが売れている(安いから)。うーん、もう紙は限界か(以上、アマゾンの話なので、書店も含めた実売はわかりません)。
正直、私の解説が30年以上も長持ちするとは思ってなかったので、ネットで今でも解説を絶賛してくださる読者がいるのはありがたいことなのですが、そしてキンドルがあれば今後も読みたい人には読んでもらえるのですが、でも、もしも紙の文庫が絶版になったら、あの解説を含めた本を出してみたいな、とか、ちらっと頭に浮かんだりもしたのでした。
翻訳は新潮文庫と光文社文庫は今ふうで読みやすいそうですが、創元の翻訳は古典の格調のある訳文で、ネットではこちらがいいと書いている人もいます。
追記
2015年2月8日日曜日
今週の運勢
「今週、道徳の数学で頭を悩ませな いでください。そうすることは時間の無駄ですから。許すことができるのだった ら、水に流してしまいましょう。それでは許せない場合は? たとえそうであっ ても、相手が犯した過(あやま)ちの数を数えたり、点数をつけたりすることは 避けた方がよいでしょう。」
ジョナサン・ケイナーの今週の運勢(しし座)。
これは個人の話で、社会問題等にはあてはまらないと思いますが、私は確かに個人的に(社会的に、ではなく)許せないこと、いやなことを数えたり点数をつけたりする傾向があると気づきました。
ケイナーの占い、あまり参考にならないことが多いけど、今週は◎。
ジョナサン・ケイナーの今週の運勢(しし座)。
これは個人の話で、社会問題等にはあてはまらないと思いますが、私は確かに個人的に(社会的に、ではなく)許せないこと、いやなことを数えたり点数をつけたりする傾向があると気づきました。
ケイナーの占い、あまり参考にならないことが多いけど、今週は◎。
2015年2月6日金曜日
イミテーション・ゲーム(ネタバレ大あり)
テレビドラマ「シャーロック」で人気のベネディクト・カンバーバッチ主演で、アカデミー賞にもノミネートされている話題作「イミテーション・ゲーム」。第二次大戦中、ドイツの暗号を解くのに成功した実在の数学者アラン・チューリングにカンバーバッチが扮する。
このチューリングという人物、ケンブリッジ大学を卒業した数学の天才だが、非常に変わり者で、まわりと協力しようともせず、自分の心を素直に見せることもしない偏屈な男で、まさにカンバーバッチのシャーロックの延長線上にある人物だ。
カンバーバッチはメジャーの映画ではこれまで脇役ばかりだったと思うが、この映画がたぶんメジャー初主演。この役はたしかにカンバーバッチ以外考えられない。
そして、これからがネタバレになるのだけど、このネタバレ、隠した方がいいのか隠さない方がいいのか、微妙なところだ。
んなわけで、映画を見る予定で、隠してほしい人はこのあとは読まないでください(文字色変えます)。
実はチューリングは同性愛者なのだ。このことは映画のなかほどで彼自身が告白する。だから、最後の最後にわかるネタバレではない。
映画は第二次大戦終戦後の1951年、チューリングが暗号解読をしていた第二次大戦中、そしてチューリングの少年時代の3つの時代が交互に描かれる。そして、その中で同性愛だったチューリングの悲しみや、彼が受けた迫害が明らかになる、というのがラストだ。
チューリングの受けた迫害というのは、イギリスが1880年代から1960年代までの間、同性愛の性行為をして見つかった人々を逮捕し、有罪にしていたという歴史的背景と関係している。実際、オスカー・ワイルドは刑務所に入ったし、アレック・ギネスも若い頃に同性愛の行為で有罪になったとか。チューリングと同じケンブリッジ出身のE・M・フォースターは精神的なゲイだったが、それでも同性愛を徹底的に隠していた。同性愛であるとわかると法的に罰せられる可能性のある時代だったのだ。
映画はチューリングと仲間たちの暗号解読のドラマと、同性愛者であったがゆえに自分の本心を隠して偏屈になってしまったチューリングの人生、そして、同性愛の行為で有罪となったために破滅に導かれる結末を描いている。しかも、彼が成し遂げた暗号解読は機密事項であったために、彼の功績は隠されたままだった。
プレスを見ると、彼の同性愛については何も書かれていない。しかし、この映画がイギリスの同性愛者に対する弾圧についての物語であることをまったく知らせないで映画を公開していいのだろうか、という疑問が浮かぶ。カンバーバッチのファンの女性にはボーイズラブが好きそうな人がいるし、「シャーロック」もカンバーバッチのホームズとマーティン・フリーマンのワトソンがちょっとアレっぽかったり(コナン・ドイルの原作からして同性愛疑惑がある)するので、カンバーバッチのファンはこの同性愛のテーマを映画を見て初めて知ってもすんなり受け入れられると思うし、他の映画ファンもそうだろうと思うが、逆に、こういう性的少数者の迫害に関心のある人が映画のテーマを知らされないために見逃してしまうのではないかという危惧を感じる。あるいは、こういう情報というものは必要な人には伝わるものなのだろうか。
映画そのものについて言えば、いくぶん物足りなさは残る。暗号解読に成功したチューリングたちは、それをドイツに気づかれないために、ドイツ軍の襲撃目標になっている人々のうち、誰を救い、誰を救わないかの選択を迫られる。この非情な任務をチューリングたちがどのように悩みながら成し遂げたのか、映画はそれを描かないのだ。人間と同じように考え、しかも人間より遥かに速く考える機械=コンピューターの元祖を作り上げたチューリングは、いわば神のような立場に立つ人間であり、多くの人の生死を決定する立場にいたのだが、その葛藤を描かないのが非常に物足りないのだ。
映画の中で、チューリングはそのコンピューターの元祖にクリストファーという名前をつける。これは史実とは違うようだが、映画ではクリストファーはチューリングの少年時代の親友で、チューリングがひそかに思いを寄せていた少年の名前である。このように、映画はチューリングの同性愛を軸に話を展開しているのだが、チューリングの性格の原因を同性愛への抑圧に限定しているのも少し疑問を感じる。また、チューリングの暗号解読によって終戦が早まり多くの人命が救われた、という最後の言葉は、原爆投下によって終戦が早まり多くの人命が救われたという言葉を思い出させるので、素直にはうなずけない。面白い映画なのだが、不満も残る作品だ。
なお、カンバーバッチを取り巻く助演陣、キーラ・ナイトレー、マーク・ストロングなどの役者たちもみな個性的で魅力的。俳優の演技の面でも充実した映画である。
このチューリングという人物、ケンブリッジ大学を卒業した数学の天才だが、非常に変わり者で、まわりと協力しようともせず、自分の心を素直に見せることもしない偏屈な男で、まさにカンバーバッチのシャーロックの延長線上にある人物だ。
カンバーバッチはメジャーの映画ではこれまで脇役ばかりだったと思うが、この映画がたぶんメジャー初主演。この役はたしかにカンバーバッチ以外考えられない。
そして、これからがネタバレになるのだけど、このネタバレ、隠した方がいいのか隠さない方がいいのか、微妙なところだ。
んなわけで、映画を見る予定で、隠してほしい人はこのあとは読まないでください(文字色変えます)。
実はチューリングは同性愛者なのだ。このことは映画のなかほどで彼自身が告白する。だから、最後の最後にわかるネタバレではない。
映画は第二次大戦終戦後の1951年、チューリングが暗号解読をしていた第二次大戦中、そしてチューリングの少年時代の3つの時代が交互に描かれる。そして、その中で同性愛だったチューリングの悲しみや、彼が受けた迫害が明らかになる、というのがラストだ。
チューリングの受けた迫害というのは、イギリスが1880年代から1960年代までの間、同性愛の性行為をして見つかった人々を逮捕し、有罪にしていたという歴史的背景と関係している。実際、オスカー・ワイルドは刑務所に入ったし、アレック・ギネスも若い頃に同性愛の行為で有罪になったとか。チューリングと同じケンブリッジ出身のE・M・フォースターは精神的なゲイだったが、それでも同性愛を徹底的に隠していた。同性愛であるとわかると法的に罰せられる可能性のある時代だったのだ。
映画はチューリングと仲間たちの暗号解読のドラマと、同性愛者であったがゆえに自分の本心を隠して偏屈になってしまったチューリングの人生、そして、同性愛の行為で有罪となったために破滅に導かれる結末を描いている。しかも、彼が成し遂げた暗号解読は機密事項であったために、彼の功績は隠されたままだった。
プレスを見ると、彼の同性愛については何も書かれていない。しかし、この映画がイギリスの同性愛者に対する弾圧についての物語であることをまったく知らせないで映画を公開していいのだろうか、という疑問が浮かぶ。カンバーバッチのファンの女性にはボーイズラブが好きそうな人がいるし、「シャーロック」もカンバーバッチのホームズとマーティン・フリーマンのワトソンがちょっとアレっぽかったり(コナン・ドイルの原作からして同性愛疑惑がある)するので、カンバーバッチのファンはこの同性愛のテーマを映画を見て初めて知ってもすんなり受け入れられると思うし、他の映画ファンもそうだろうと思うが、逆に、こういう性的少数者の迫害に関心のある人が映画のテーマを知らされないために見逃してしまうのではないかという危惧を感じる。あるいは、こういう情報というものは必要な人には伝わるものなのだろうか。
映画そのものについて言えば、いくぶん物足りなさは残る。暗号解読に成功したチューリングたちは、それをドイツに気づかれないために、ドイツ軍の襲撃目標になっている人々のうち、誰を救い、誰を救わないかの選択を迫られる。この非情な任務をチューリングたちがどのように悩みながら成し遂げたのか、映画はそれを描かないのだ。人間と同じように考え、しかも人間より遥かに速く考える機械=コンピューターの元祖を作り上げたチューリングは、いわば神のような立場に立つ人間であり、多くの人の生死を決定する立場にいたのだが、その葛藤を描かないのが非常に物足りないのだ。
映画の中で、チューリングはそのコンピューターの元祖にクリストファーという名前をつける。これは史実とは違うようだが、映画ではクリストファーはチューリングの少年時代の親友で、チューリングがひそかに思いを寄せていた少年の名前である。このように、映画はチューリングの同性愛を軸に話を展開しているのだが、チューリングの性格の原因を同性愛への抑圧に限定しているのも少し疑問を感じる。また、チューリングの暗号解読によって終戦が早まり多くの人命が救われた、という最後の言葉は、原爆投下によって終戦が早まり多くの人命が救われたという言葉を思い出させるので、素直にはうなずけない。面白い映画なのだが、不満も残る作品だ。
なお、カンバーバッチを取り巻く助演陣、キーラ・ナイトレー、マーク・ストロングなどの役者たちもみな個性的で魅力的。俳優の演技の面でも充実した映画である。
2015年2月4日水曜日
「はじまりのうた」ほか(ネタバレ大あり)
昨年11月から12月に見た映画で、おすすめながら書き損なっていた作品をご紹介。すべてネタバレあり。
まずは「Once ダブリンの街角で」の監督の新作「はじまりのうた」。夫に裏切られたイギリスの若い女性と、わけあって妻子と別居中のアメリカの中年男がニューヨークで音楽が縁でめぐりあい、音楽仲間とCDを作ることになり、そこに中年男の娘が加わって、音楽活動をするうちに若い女性も中年男も配偶者とよりを戻す、という、なんだかとってもあったかい気分になれる物語です。
最初は主人公の2人が過去を忘れて新しく生きる話なのかなと思っていたら、そうではなくて、こじれた2組の夫婦が元のさやにおさまる話だったのです。でも、これがいい。
例によって、音楽がすばらしい。そして、映画に参加している人たち、映画を作っている人たちが本当に音楽が好きなのだな、とわかるのがすてき。これ、かなりのおすすめです。
タイトルは「Once ダブリンの街角で」の方がしゃれていていい、「はじまりのうた」ではちょっとダサイ、と思うのは私だけでしょうか。タイトルにニューヨークを入れてほしかった。
続いてイギリスの「おみおくりの作法」。身寄りのない市民が亡くなったとき、葬儀をしたり家族を探して連絡をとったりするのが仕事のジョン。が、その仕事が廃止されることになり、最後の死者のために家族や友人を探して葬儀をすることになる。人とかかわらず、孤独で単調な人生を送ってきて、それに満足していた彼が、その最後の葬儀の準備の過程で知り合った女性との間にほのかな愛が芽生え、人生が変わると思った瞬間、事故死してしまう。ジョーの死を知らずに葬式をする人のかたわらで、誰にもみとられることなく埋葬されるジョー。でも、そのあとのラストシーンが泣けます(ここはネタバレなしね)。
シャーリー・マクレーンとクリストファー・プラマーが老人カップルを演じる「トレヴィの泉で二度目の恋を」。最近亡くなったアニタ・エクバーグがトレヴィの泉に入る「甘い生活」の有名なシーンを演じるのが夢のマクレーンが余命いくばくもないと知ったプラマーがひと肌脱ぐ、という話で、「甘い生活」のシーンと映画のシーンが交錯するクライマックスと、そのあとのラストが余韻を残す、よい話です。
このほか、中国のミステリー映画「薄氷の殺人」、戦争で受けた心の傷に悩むアメリカ先住民とフランス人精神分析医の交流を描く「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」、コナーとエリナーという一組のカップルの愛の行方をコナー側とエリナー側の両方から描く2本の映画「ラブストーリーズ コナーの涙」と「ラブストーリーズ エリナーの愛情」、難病で長く生きられない若い男女を描く「きっと、星のせいじゃない」(これも意外な結末あり)も面白かったです。
前にちょっと書いたチャン・イーモウ監督の「妻への家路」は、文化大革命で投獄されていた夫が、その後名誉回復して釈放され、妻のもとに戻るが、妻はそれまでの生活での苦労から夫の顔や姿の記憶を失っていて、夫を見ても帰ってきたと思わず、いつまでも夫の帰りを待つ、という、中国版「心の旅路」のような感じなのだけれど、(ネタバレしますが)「心の旅路」のように最後は思い出すのかと思ったら、最後まで思い出さず、夫も妻の友人になって、妻や娘と一緒に妻にとっての夫の帰りを待つというラストシーンが胸を打ちます。中国の人々にとって、失われたものがまだ回復されていない、ということを感じます。
あともう一つ、「フォックスキャッチャー」という映画。殺人事件にまで発展した富豪とオリンピックのメダリストであるレスリング選手兄弟の確執を描いた実話の映画化ですが、私はこれは買わないというか、たぶん、ほめる人も多いと思うけど、私は買わない、という映画です。監督が「カポーティ」のベネット・ミラーですが、私は「カポーティ」もあまり高く評価してません。なんというか、こういう題材をこういうふうに描けばすごそうに見える、みたいなところがどうも好きになれないのです。特にこの映画は「カポーティ」よりさらに思わせぶりな感じ。ということで、おすすめではないけれど注目作なので、追加しておきました。
まずは「Once ダブリンの街角で」の監督の新作「はじまりのうた」。夫に裏切られたイギリスの若い女性と、わけあって妻子と別居中のアメリカの中年男がニューヨークで音楽が縁でめぐりあい、音楽仲間とCDを作ることになり、そこに中年男の娘が加わって、音楽活動をするうちに若い女性も中年男も配偶者とよりを戻す、という、なんだかとってもあったかい気分になれる物語です。
最初は主人公の2人が過去を忘れて新しく生きる話なのかなと思っていたら、そうではなくて、こじれた2組の夫婦が元のさやにおさまる話だったのです。でも、これがいい。
例によって、音楽がすばらしい。そして、映画に参加している人たち、映画を作っている人たちが本当に音楽が好きなのだな、とわかるのがすてき。これ、かなりのおすすめです。
タイトルは「Once ダブリンの街角で」の方がしゃれていていい、「はじまりのうた」ではちょっとダサイ、と思うのは私だけでしょうか。タイトルにニューヨークを入れてほしかった。
続いてイギリスの「おみおくりの作法」。身寄りのない市民が亡くなったとき、葬儀をしたり家族を探して連絡をとったりするのが仕事のジョン。が、その仕事が廃止されることになり、最後の死者のために家族や友人を探して葬儀をすることになる。人とかかわらず、孤独で単調な人生を送ってきて、それに満足していた彼が、その最後の葬儀の準備の過程で知り合った女性との間にほのかな愛が芽生え、人生が変わると思った瞬間、事故死してしまう。ジョーの死を知らずに葬式をする人のかたわらで、誰にもみとられることなく埋葬されるジョー。でも、そのあとのラストシーンが泣けます(ここはネタバレなしね)。
シャーリー・マクレーンとクリストファー・プラマーが老人カップルを演じる「トレヴィの泉で二度目の恋を」。最近亡くなったアニタ・エクバーグがトレヴィの泉に入る「甘い生活」の有名なシーンを演じるのが夢のマクレーンが余命いくばくもないと知ったプラマーがひと肌脱ぐ、という話で、「甘い生活」のシーンと映画のシーンが交錯するクライマックスと、そのあとのラストが余韻を残す、よい話です。
このほか、中国のミステリー映画「薄氷の殺人」、戦争で受けた心の傷に悩むアメリカ先住民とフランス人精神分析医の交流を描く「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」、コナーとエリナーという一組のカップルの愛の行方をコナー側とエリナー側の両方から描く2本の映画「ラブストーリーズ コナーの涙」と「ラブストーリーズ エリナーの愛情」、難病で長く生きられない若い男女を描く「きっと、星のせいじゃない」(これも意外な結末あり)も面白かったです。
前にちょっと書いたチャン・イーモウ監督の「妻への家路」は、文化大革命で投獄されていた夫が、その後名誉回復して釈放され、妻のもとに戻るが、妻はそれまでの生活での苦労から夫の顔や姿の記憶を失っていて、夫を見ても帰ってきたと思わず、いつまでも夫の帰りを待つ、という、中国版「心の旅路」のような感じなのだけれど、(ネタバレしますが)「心の旅路」のように最後は思い出すのかと思ったら、最後まで思い出さず、夫も妻の友人になって、妻や娘と一緒に妻にとっての夫の帰りを待つというラストシーンが胸を打ちます。中国の人々にとって、失われたものがまだ回復されていない、ということを感じます。
あともう一つ、「フォックスキャッチャー」という映画。殺人事件にまで発展した富豪とオリンピックのメダリストであるレスリング選手兄弟の確執を描いた実話の映画化ですが、私はこれは買わないというか、たぶん、ほめる人も多いと思うけど、私は買わない、という映画です。監督が「カポーティ」のベネット・ミラーですが、私は「カポーティ」もあまり高く評価してません。なんというか、こういう題材をこういうふうに描けばすごそうに見える、みたいなところがどうも好きになれないのです。特にこの映画は「カポーティ」よりさらに思わせぶりな感じ。ということで、おすすめではないけれど注目作なので、追加しておきました。
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