2024年8月10日土曜日

「砂の惑星」4Kリマスター版@川崎チネチッタ✖2回

 1984年製作、日本公開1985年のデイヴィッド・リンチ監督の映画「砂の惑星」の4Kリマスター版が8月2日から公開。川崎チネチッタは1800円均一で高いけど(新宿109よりはかなり安いが)、大スクリーンでライブサウンド、4Kレーザーの上映というので、初日に見に行った。

この映画、UIPの試写室で見て、その後、劇場でも見たあとはまったく見ていなかったが、39年ぶりの映画はかつての記憶どおりの大好きな世界で、しかも映像はまるで新作のようにきれい、音響は昔の映画館よりよいくらいで、大満足。その直後に9年前に出たブルーレイボックスを買って見たのは以前書いたとおり。

ただ、ブルーレイも映像はきれいなんだけど、うちのモニター画面だと暗いところがよく見えない。やっぱり映画館じゃないとだめだな、もう一度行くか、と思って川崎チネチッタの予定を見たところ、9日からは狭いところで2K上映。

こりゃその前に行かなきゃ、ってことで、8日にまた行ってきた。

川崎チネチッタはお盆の週だけ、広いところはヒット映画にあけて、次の週からまたライブサウンドの部屋に戻すのかもしれないけど、お客さんはあまり入ってないのでどうなるかわからない。

というわけで、川崎チネチッタでリマスター版をライブサウンド4Kレーザーで2回見てきました。

この映画についてはいろいろ言いたいことがたくさんあって、特に、この映画を駄作だなんだとバカにしていた連中、そして今も、ほめてるけどどこかそういう否定派に忖度してるみたいな物言いをする映画ライターたちに対する怒りみたいなのもあるんだけど、でも、この映画を本当に愛している人たちがけっこういることがわかって、もうそういう人たちのことはいいや、と思った。

また、映画に関しても、39年前、1985年のキネマ旬報に書いた外国映画批評をヴィルヌーヴ版パート1の時に読み直してみて、あの時書いたことは間違ってなかったと思い、今回リンチ版を再見して、さらに付け加えることもあまりないと感じた。

そんなわけで、ここでは箇条書きで気がついたことを書いていこうと思う。

リンチの「砂の惑星」は基本的に「エレファント・マン」と同じ。

リアリズムではない、シンボリズムの人物、善と悪の対比、映像表現など、共通点が多い。「エレファント・マン」はテーマが立派で、日本では特に泣ける感動作としてヒットしたけれど、その分、「エレファント・マン」を低く評価する人もいて、そのあたりが難解な「砂の惑星」で最初から駄作と決めつけ、バカにする人たちが出たような気がする。リンチ特有の表現法がそもそも一般人向きではないのだ。

リンチ版「砂の惑星」はキャラが立っている。

ヴィルヌーヴ版と比べて、リンチ版がキャラが立っていて、1人1人が印象に残るのは、ヴィルヌーヴ版がリアリズムの描写なのに対し、リンチ版はシンボリズムの描写だからだ。リンチ版の方がキャラがしっかりと立っていて、その分、話がわかりやすいともいえる。ヴィルヌーヴ版が5時間もかけてやっていることをリンチ版は2時間ちょっとでやっていて、しかもリンチ版の方がわかりやすい。メリハリがはっきりしているのである。

カイル・マクラクランのカリスマを今は否定する人はいないだろう。

「ツイン・ピークス」でブレイクしたカイル・マクラクランだが、映画初出演の「砂の惑星のときはカリスマがないだのなんだのとバカにされていた。しかし、私は当時のキネ旬に、彼はカリスマがあると書いている。実際、今回再見して、彼の演じるポールの前半と後半の変化がきちんと演じられているし、やはりカリスマがあると感じた。マクラクランはリンチに風貌が似ているので、分身とも言われたが、「エレファント・マン」で大ベテランのスタッフ・キャストの中で新人だったリンチと、「砂の惑星」でベテランに囲まれた新人のマクラクランが重なる。

ユルゲン・プロホノフの演じるレト公爵。

「エレファント・マン」では悪人は単純、善人は複雑だったが(特にアンソニー・ホプキンス演じる医師)、「砂の惑星」では悪は多種多様なのに対し、善は単純。その中で、ポールの父・レト公爵は純粋な善として輝いている。彼はスパイスより人命を優先し、政略結婚の余地を残すためにジェシカと正式に結婚しなかったことを後悔するような善人だ。こういう善人は下手に描くと薄っぺらになるのだが、脚本と演技で血肉を持った善人になっている。レトとジェシカ、ポールは聖家族のようは善人で、3人とも美形なのだが、ポールが後半、複雑な善にならなかったのは惜しい。

駆け足の後半。

ポールがフレーメンのリーダーになるまではリンチワールド全開の傑作で、ここまでは特に直さなくてもいいと思うが、そのあとはやはり弱い。直すとしたらここだと思うのだが、3時間のテレビ放送版ではこの部分にカットされたエピソードが盛り込まれ、映画のような駆け足で単調なところが緩和されていた。このテレビ放送版は全体としていただけないが、ここだけは改良されていると言える。それでもリンチの考える理想形とはだいぶ違うので、リンチは作り直しをしなかったのだろう。

アラビアのロレンス的コンセプト。

「砂の惑星」原作は「アラビアのロレンス」を思わせる内容で、映画化の際にはデイヴィッド・リーンにも監督依頼が行ったことがあったらしいが(その場合、マックス・フォン・シドーはアレック・ギネスだな)、リーンは60年代から70年代は「ドクトル・ジバゴ」と「ライアンの娘」を作り、そしてリンチ版の「砂の惑星」の頃には念願の「インドへの道」製作に入っていたから、実現は現実的ではなかっただろう。

リンチの「砂の惑星」には「アラビアのロレンス」的なところはあまりないと感じる。室内のシーンが多く、砂漠は夜ばかり。リンチワールドの映像表現からいくとこうなるのはよくわかるし、これはこれでいい。一方、ヴィルヌーヴ版は昼間の砂漠が多く、パート2の最後の部分で救世主になったポールの変化にチャニが疑問を感じるという、「アラビアのロレンス」の後半のロレンスの変化を思わせるところが出てくる。ヴィルヌーヴの方が「アラビアのロレンス」を意識していそうだし、パート3でこのテーマがどう展開されるのかは期待できそう。リンチの方が後半、駆け足なので、ポールについての疑問などはいっさい出てこない。なお、白人のような先進国の人間が他の世界の救世主になるというロレンス的コンセプトは、現在ではポリコレ的に問題がある。

ヴィルヌーヴ版とどちらがよいのか。

リンチ版を最初に見たときから気に入っていた私は、ヴィルヌーヴ版は面白くなかった。パート1はまだしも無難な出来で否定するほどじゃなかったが、パート2は正直、つまらなかった。最初から3部作と言わずに小出しにしてるのも印象が悪い。また、リンチ版の方がいい、面白い、と思う人も少なくないことがわかった。SFファンは初公開時からリンチ版を高く評価していたという意見もあった。ヴィルヌーヴ版が好きな人も少なくないと思うが、日本では一般観客にはどちらもあまり受けてないというのがほんとうのところではないのか。何かをほめて何かをけなす、みたいなのが世の中のデフォルトになっていて、でも実際は違う、ということはよくある。

というわけで、川崎チネチッタで初日に撮った写真。







初日にはポストカードを配っていました。(最後の写真)

2024年8月9日金曜日

「ボレロ 永遠の旋律」(ネタバレ大有り)

 20世紀前半に活躍したフランスの作曲家モーリス・ラヴェルの伝記映画「ボレロ 永遠の旋律」を見に行った。(最後までネタバレしています。注意。)


お盆前の平日だから、と油断していたら大間違い。9日は「クレヨンしんちゃん」の初日で、夏休みのファミリーでシネコンのロビーは大混雑。発券も入場もスムーズに行かない。

「ボレロ」は狭い部屋での上映のせいか、満席。客は後期高齢者のお一人様男女がほとんどに見えた。この人たちがラヴェルの熱心なファンとはとても思えないのだが、今、高齢者が見る外国映画というと、やはりこういう感じのヨーロッパ作品ということになるのだろう。

映画はかなり期待していたのだが、どうもピンと来ない。すでに初老の域に達していたラヴェルがダンサー、イダ・ルビンシュタインからダンスの曲の依頼を受けるが、なかなか書けない。そうした中で、ラヴェルの現在と過去が交錯する。第一次世界大戦に従軍したこと、ローマ賞に何度も落選した20代のこと、さまざまな女性との交流がある現在のこと。

映画ではラヴェルを取り巻く5人の女性が重要人物として出てくる。母親、彼のミューズである人妻ミシア、ピアニストのマルグリット・ロン、ダンサーのイダ、そしてボレロのヒントを与える家政婦。ラヴェルは売春宿へ行っても肉体関係を持たず、女性との関係はプラトニックなようで、5人の女性たちも母親的な存在に見える。母親の登場場面は少ないのだが、あまり登場しないこの母が非常に重要なことはわかる。

ようやく「ボレロ」を完成させたラヴェルが、繰り返しのリズムを工場の機械音にたとえ、のちのチャップリンの「モダン・タイムス」のような世界観で作曲したのに、イダは官能的な娼館の踊りにしてしまう。しかし、観客は大喝采。ラヴェルもしぶしぶ認めざるを得なくなるのだが、「ボレロ」の人気のために彼の他の曲はかすんでしまい、その不本意な状況に彼は苦悩するようになる。やがて意識障害や言語障害などを発症し、認知症のような状態になり、脳の手術をするが治らず、1937年にこの世を去る。

ラストはオーケストラを指揮するラヴェルと、Tシャツにズボンの労働者ふうのいでたちをした男性ダンサーが「ボレロ」を踊るシーンがダブる。「ボレロ」といえば、クロード・ルルーシュの「愛と哀しみのボレロ」のジョルジュ・ドンのダンスが印象的だが、エネルギッシュな男性のダンスこそがラヴェルの考えた「ボレロ」の踊りだということを伝えるシーンだ。

作曲を依頼したイダはラヴェルから曲の解釈について意見されると、私が依頼したんだから私の好きなように踊る、というようなことを言う。曲が作者の手を離れ、作者の意図とはまったく違う形で世の中に受け入れられてしまうという、芸術家にはありがちな話で、その辺に注目したのはわかるんだが、全体としてみるとどうも散漫な印象。5人の女性との関係を考えると、ラヴェルが女性たちに去勢されていて、それで男性的な「ボレロ」を失ってしまう話なのか? うーん、わからん。ラヴェルの靴を女性が持ってくるシーンが何度かあるのも意味深で、昔の文学などでは足が不自由が性的不能を表したりしたこともあったのだが、その辺と靴の比喩が関係しているようにも思う。また、ラヴェルが脳の病気を患ったとき、女性を混同するシーンも出てくる。

公開されたばかりで、まだ映画評がググってもあまり出てこないのだけど、この辺の女性との関係を論じた面白いブログがあった。ただ、そのブログの主はローマ賞をピアノのコンクールと勘違いしていたり、ラヴェルの「ボレロ」についての気持ちも正しく理解していないので、参考にするにはちょっと問題がある。

ちなみにローマ賞というのは、受賞すると留学させてもらえるというフランスの賞で(今は廃止)、音楽賞はベルリオーズが受賞していることで有名だが、これは作曲の賞である。ラヴェルはすでに作曲家として名をなしていたのに何度も落選し、ついに受賞できないまま年齢制限の30歳をすぎてしまったという。

メインタイトルが凝っていて、「ボレロ」がいろいろな演奏で登場する。ラストでは「ボレロ」は世界中で15分に一度演奏されているというが、この曲は17分だから演奏されていない時間がないことになる。それほど愛されている曲なんだけど、私にとってはラヴェルは「夜のガスパール」とか「クープランの墓」とか、「ボレロ」以外の曲の方がラヴェルだと思えるんだが、この映画だとラヴェルはほんとに「ボレロ」しかないみたいで、「ボレロ」のせいで自分の他の曲がかすんでしまったと嘆くラヴェルそのまんまじゃないか、それでいいのか?みたいな気持ちになる。

ラヴェルを取り巻く5人の女性のうち、ピアニストのマルグリット・ロンはサンソン・フランソワの先生でもあり、また、ロン=ティボー・コンクールのロンは彼女の名前から来ている。流れているピアノ曲にフランソワの演奏みたいなのがあるな、と思ったら、ショパンのノクターンとラヴェルのピアノ協奏曲がフランソワの演奏が使われていた。

というわけで、興味深い内容だけど、どこかかゆいところに手の届かない感じのする映画なのである。

2024年8月5日月曜日

リンチ版「砂の惑星」ブルーレイボックス

 先週の金曜日、わざわざ川崎のチネチッタまでリンチ版「砂の惑星」4Kリマスターを見に行ったのです。

なんで川崎まで行ったかというと、ライブサウンド4Kレーザーという大画面ハイクオリティの上映だったからです。ただし、料金は1800円均一。ヒューマントラストシネマ渋谷など普通の映画館は一般シニア1200円、学生500円というのに。でも、新宿の109の4000円の値段を見たら、すぐにチネチッタを予約しました。

非常に満足して、39年前に見たときのことをいろいろ思い出したのですが、この話はまたのちほど。今日は、9年前に出たこの映画のブルーレイボックスのことを。




本編ブルーレイと特典ブルーレイの2枚に小冊子とポストカードが封入されています。特典はフランスの映画評論家の解説やリンチのインタビュー、メイキング、そして、テレビ放映された3時間のロングバージョン。

本編はブルーレイなので映像はきれいですが、暗いところはやはり映画館でないとよく見えない。しかも暗いシーンが多い。

特典の解説やインタビューは興味深く見ましたが、テレビ放映バージョンはビデオ化されていたのは知ってたけど、リンチはかかわってないとかで、これは見る価値はないなと判断して、これまで見ていなかったものです。

で、前半見てみたけど、イラストがあったり、ナレーターが男になってたり、シーンが長くなってたり、一部、未公開シーンもあるけど、なんだかその分間延びしていて面白くない。

ナレーションで新しい解説も加わっていて、このくらいわかりやすくしないとテレビの視聴者はついていけないのだろうとは思いましたが、わかりやすいのはもはやリンチではないわけです。わからないのがリンチ、そこが彼の魅力なんで、わかりやすくしてはいけないのだ。

また、テレビ放送用なので、当時のテレビ画面のサイズにトリミングされていて、左右がカットされ、人物のアップが増えてます。その辺も当時のテレビ放送のパターンを思い出してしまいました。

このブルーレイボックスの存在を知ったのはチネチッタから帰った日の夜。9年前の発売とはいえ、まだ売っている。アマゾンで見たら在庫わずか。ヨドバシカメラも在庫わずか。アマゾンなんか最近1か月で100本以上売れたとか。やはり4Kリバイバルで売れたのでしょう。

で、ヨドバシはエアコンのポイントがあるので、700円くらいで買えるので、ヨドバシで買うかなあと思い、翌朝またアマゾンを見たら、もう在庫なし。次の入荷は1か月以上あとらしい。ヨドバシは、と思ったら、前日と変わらず。店舗在庫があるのは1店舗のみだけど、都内の店舗での受け取りは翌日にはできるよう。倉庫にはまだ在庫があるのかな、と思いつつ、在庫のある店舗を調べたら、千葉店だった。

千葉店なら、中山競馬場の帰りに行けばいいじゃん、と思い、ポチッた。なんで送ってもらわないかというと、ポイントが店舗でしか使えないからです。(実はポチッたあと、またヨドバシ見たら、すべての店舗がお取り寄せになっていた。あれが最後の在庫だったのだ。)

そんなこんなで日曜日は中山競馬場へ行き、午後6時までレースをモニターで見てから千葉駅へ。が、なんと、武蔵野線が10分遅れ、総武線が1時間以上遅れ、そして、帰りの新京成線が大幅遅れ。もっとも、電車はすでに走っていたので無問題でしたが。

総武線の西船橋より先に乗るのは数十年ぶりだったけど、新しい駅が2つもできていて、沿線の風景も変わっていたなあ。ただ、総武線のこちらの方は昔よりさびれているのではないかと思った。特に千葉駅周辺。幕張にイオンができて、あのあたりの方が栄えてしまったからだろう。


中山競馬場ですが、オークスで下から数えてすぐくらいの不人気馬ランスオブクイーンの名前が気に入って買ったら、最後の最後まで3着争いの大健闘、結局、5着だったけど、その走りを見ただけで満足したので、日曜の新潟に出ると知って、よし、これを応援、と思ったのですが、オークスでの活躍のせいか、オッズがものすごく低い。これじゃ勝っても数十円しか儲からないな。買わずに応援しようってことで、買わずに見ていたのですが、思ったとおり楽勝。でも、馬券買わないと勝っても喜びが半減と気づき、後悔しました。

新潟は千直の女王、藤田菜七子の馬が3着になったけど、ほかははずれ。まあ、今回はあまり買わなかったんで、赤字はわずかでした。

新潟が長い昼休みなので、最終レースは午後6時半前。中山は遊園地もその頃まで開いているので、午後5時過ぎでも人がいるのが見えます。昼間よりこのくらいの時間の方がよいでしょう。


今週末からは新潟も通常通り。そして中山はターフビジョンが復活するはず。

2024年8月4日日曜日

西洋美術館無料の日

 8月3日は西洋美術館無料の日で、企画展も常設展も無料。郊外に引っ越して以来、去年までは地元の花火大会には必ず行っていて、今年はこの日が花火大会だったのだけど、コロナで中止のあとの去年が会場が見づらい場所になってしまい、その上、強風で途中中止とかさんざんな結果だったから、今年は行く気がなかったのでちょうどよかった。

まずは谷中へ行き、去年の春に逝った猫がいた場所に花を置く。ひまわりを置きたかったけど、最寄り駅の近くで唯一ひまわりを売っていた花屋のひまわりがしょぼすぎたので、いつものスーパーでピンク系の花束を買った。そのあと、去年の11月以来会えなくて、もしかして逝ってしまったのかと思っていた猫に会えた。9か月ぶりでも覚えていてくれて、これだけで来てよかったと思う。

そのあと上野公園の西洋美術館へ。


先月行った中世写本展に直行。バナーに見えるのはガラスで、奥の庭が見える。


無料なのでいつもより混んでるが、思ったほどの混雑ではない。が、絵が小さいので一度に1人しか見られず、その1人がスマホで何度も写真撮っていたりするので、なかなか先へ進めない。一度見ているからということで、すべて見るのはあきらめ、適当に見ながら進む。写真もこの前撮ったからあまり撮らない。






周りの人はポストカードやビンゴカード、小冊子の入った封筒を持っているので、どこでもらったのだろうと思い、いったん外に出ると、美術館入口のすぐ左側で配っていた。1つもらって、今度は常設展へ。こちらはふだんとあまり変わらず。





先月じっくり見たリトグラフ展へ。


こちらも前回しっかり撮ったので、あまり撮らず。ミュシャのサラ・ベルナールのポスター。


彫刻の部屋から中庭を。すっかり暗くなっている。




もう一度、中世写本展へ。外が暗いので、バナーに見えたところも真っ暗。


閉館間近なので人がだいぶ減った。それでも閉館時間すぎてもいる人がそこそこいて、追い出されるようにして外へ。





グッズ買うお金がないので写真を撮ります。パウンドケーキ、ブローチ、スカーフ、本が欲しいけど、おしゃれをしないからスカーフ(19800円!)とブローチ(こっちは買えない値段ではない)は買ってもむだ。パウンドケーキはいずれ買ってみたいけど、本は断捨離を思うと考えてしまう。





入口でくれた袋に入っていたもの。ポストカードは10種類のどれかが入っていて、私のはお気に入りの彫刻だった。でも、彫刻は二次元で見ても面白くないので、絵の方がよかったな。



地元の花火大会は駅から徒歩40分くらいのところになったので、花火終了から40分以内にその駅に着けば混雑に巻き込まれないな、と思い、上野から電車に乗って花火終了35分後くらいにその駅に着いたら全然すいていて、乗り換えの私鉄も座って帰れました。徒歩40分といっても、花火帰りの大混雑の中を歩くから1時間はかかるのではないかと思います。

2024年8月1日木曜日

フェーン現象はなくなったのか

昨日は図書館に「関心領域」を返しに行った。予約が何人もいるので、期限までに返さないと。

「関心領域」原作は映画とはまったく違う話だったが、こちらもそのまま映画化しても面白いと思う。クライマックスからラストにかけては非常によかった。

図書館へは昼過ぎに出かけたのだが、外に出て、あ、風が違う、と思った。フェーン現象の熱風ではなくなっていたのだ。でも、やはり日差しは暑い。東京・埼玉・栃木は豪雨だったらしいけど、こっちは降らず、気温下がらず。ただ、今日は午前9時の段階でアメダス見たら、まだ30度に達していなかった。

図書館から、昨日写真を載せた1DKが多い地区へ行ってみた。東側はまだ工事が始まっていない、と思ったら、もう一部、覆いがかぶさっている。


この木が昨日アップした八重桜。この木の前後の建物はまだ着手されていない。


このあたり、坂の上に建物が並んでいるのがわかるでしょう。


このあとマックへ行ったら座席がいっぱいだったので、久々にドトールへ。マックより冷房が効いていて、ねばってしまった。アイスコーヒー250円はありがたい。ねばったので、ジャーマンドックを追加。ドトールもよいな。ミラノサンド値段爆上がりだけど。Aサンドのセットって、昔は520円だったよね。今はAサンドだけで490円。パストラミの入った昔のAサンドが食べたい。