2019年8月12日月曜日

あなたは選ばれたトレーナーです。

土曜日に43駅達成したので、日曜日は東京駅へ行って、全駅達成スタンプと賞品をゲット。



スタンプ帳を確認したあと、「では、最後のスタンプを押してください」と言われて、押したのがこれ。
スタンプラリーではすべてのスタンプを本人が押します。
金色のスタンプ。

そして、手渡された賞品。A4のブックカバーのようなもの(まだ袋を開けていない)。若い女性スタッフ2人が「おめでとうございます!」と言いながら派手に拍手してくれた。

記念撮影をするところ。下の写真は7月末の平日に撮ったのでほとんど人がいなかったけれど、お盆の日曜日は大混雑。ピカチュウ・パスケースを持って記念撮影する子供たちでにぎわっていた。全駅達成の人も続々と来ている模様。

全駅達成スタンプと、休日おでかけパス、都区内パス、6駅達成でもらったピカチュウ・パスケース(まだ袋を開けていない)。休日おでかけパスは途中で磁気不良になり、有人改札を通るようになったので、駅のスタンプが押されている。

選ばれたトレーナー、というのは、「ミュウツーの逆襲」で、ミュウツーがトレーナーたちを城に集めるときに使った言葉なんだけど。だまされて来た彼らはそこでひどい目にあう。
ミュウツーの城からの脱出というゲームもやっているようで、市村正親がこのゲームのためにわざわざせりふを録音したのだとか。

さて、今回のスタンプラリー、お金はいくらくらいかかったか考えてみたら、おそらく8000円から1万円くらいかかっていそう。休日おでかけパスが2670円、都区内パスが750円、大船と東戸塚への往復が2500円くらい(江の島の分は入っていない)。大宮周辺をまわったときがたぶん900円くらい(越谷レイクタウンを通るさいたま新都心までの往復は映画が目的なので、そこは含まず)。このほか、横浜周辺とか、仕事帰りなどにまわった分があるので、最低でも8000円はかかってるかな、と。
全駅達成の賞品がしょぼいんですが、スタンプラリーはまわること自体が目的なので、スタンプそのものや賞品は単に記念になるだけのものです。
実際、スタンプを見ていると、行った駅の様子が思い出されて、思い出にひたれます。

というわけで、ポケモン愛に満ちたおすすめの駅ベスト3
1位 上尾(ゼニガメ)
2位 牛久(ギャラドス)
3位 柏(フシギダネ)

また、6駅達成のピカチュウ・パスケースは緑のトレーナーの駅(上の写真参照)のNEWDAYSでもらえるのですが、ゴール表示のある東京駅か池袋駅でもらうのがおすすめ。NEWDAYSだとレジでもらうだけなのでつまらなかったです。特に東京駅は背後の車輪がよい。
6駅の場合、好きなポケモンを並べる、サトシとピカチュウ、カスミとコダックを並べる、などといった楽しみ方もできます。

追記
池袋のゴールなんですが、

前で記念撮影とかできるのかな?
でも池袋ではピカチュウ・パスケースの子供にもスタッフが拍手していました。

2019年8月11日日曜日

43駅達成&江の島

お盆休みウィークの初日、土曜日にポケモン・スタンプラリーの残りの2駅、大船と東戸塚のスタンプをゲット。ついでに江の島へ行ってきた。
まずは東海道本線で大船へ。しかし、東海道本線はなぜ10両編成が多いのだろう。昼間でも大混雑。並行して走る京浜東北線はガラガラなんだが。

江の島は必ず大船からモノレールで行く。
波が高いのでサーファーが多い。

岩屋海岸へ行く船が運休していたので、波が高いので海岸自体閉鎖では、と思っていたら、岩浜が完全に海に沈んでいた。高いところにある通路と洞窟のみ通れる。

干潮のときはこの岩の上を散策できるのだが。

上の写真の遠くに写っている赤いヨットを望遠で。

こちらは船着き場のあたり。ここも干潮なら歩けるところ。

というわけで、さっさと引き返してバスで藤沢駅へ。大船で横須賀線に乗り換えて東戸塚。これで43駅制覇。

お盆休みの土曜日に江の島に行ったら大混雑だろうと思っていたが、やはりすごい混雑だった。
島に入ってからの参道がなかなか前に進めないほど。
岩屋海岸へは近道の裏参道を通っていくが、以前はここはあまり人がいなかったのに、こちらもそこそこ人が歩いている。猫を2匹見ることができた(写真は自粛)。
岩屋海岸は行きはよいよい帰りはこわい。行きは下り階段なので、どんどん降りていけるが、帰りはその階段を上がるしかない。たいていの人は途中でひいひい言っている。ここを一気に上がれなくなったら年だな、数年ぶりだけどどうだろう、と思っていたら、普通に一気に上がれた。ただ、そのあと、あちこちの駅の階段を上がるときに疲れが出たりして、やはり年ではあるようだ。
時間が十分にあるので表の道の方にある展望台に登ってみようかと思ったが、この人出だと大混雑だろうと思い、帰りも裏参道から帰った。帰りもモノレールで帰るのが一番いいのだけど、島の中にあるバス停を見たらわりとすぐにバスが来そうだったので、藤沢駅行きのバスに乗ってしまう。
かなり昔に江の島に来たとき、帰りに藤沢駅行きのバスに乗ったら渋滞がひどくてものすごく時間がかかったのだけど、この日も40分くらいかかった。ほとんど動かないところも多い。やっぱり島の外まで歩いてモノレールか電車でJRの駅に出るのが一番なのだが。

東戸塚でスタンプを押したあと、さすがに疲れたので、駅の近くのおしゃれなマックで休憩。混んでなくて落ち着ける。大船も東戸塚も風がさわやかで涼しかったので、この辺に住むといいのかなあと思ったけれど、東戸塚は電車があまり多くないのだね。
本当は帰りに横浜に寄って、ピカチュウ大量発生チュウのイベントを見たかったのだけど、もうその元気はなかった。

2019年8月10日土曜日

「ライオン・キング」とIKEAとポケセン

南船橋まで「ライオン・キング」を見に行き、ついでにIKEAとららぽーとトーキョーベイのポケモンセンターに寄った。
「ライオン・キング」は「アラジン」と同じく、アニメの実写化だけれど、人間が演じていた「アラジン」と違い、動物がすべてCGということで、果たしてこれはアニメなのか実写なのか、少なくとも実写とは言えないのでは、と思ってしまう。
それはともかく、「ライオン・キング」は「アラジン」よりも内容的にはドラマチックなので、個人的にはこっちの方が好み。動物の描写もなかなかすごい。
どちらの映画も南船橋のTOHOららぽーと船橋の最大スクリーン(TCX)で見たが、このスクリーンは大きさも音響もすばらしい。
「アラジン」は日曜日だったのでほぼ満席だったが、「ライオン・キング」は平日の夕方だったから前方はガラガラだった。「アラジン」は恋愛あり冒険ありアトラクション感覚のアクションありだったけれど、「ライオン・キング」は動物の表現を見るのは面白いけれど、そういうサービス精神は不足しているので、「アラジン」ほどのヒットにはならないだろうと思う。

「アラジン」も「ライオン・キング」も、王家に生まれた主人公が王位を継ぐといった封建的な世界の物語で、アニメができた頃はそれでもよかったが、現代だとそういう封建的な制度の物語をストレートにやるのはやはり少し抵抗を感じる。
「アラジン」では女性は王位につけず、結婚相手が王になるので、ヒロインが自分が王になりたいと言いだすのだけれど、そもそも王位を継ぐということ自体が封建的なのに、そこで女も王になれるようにするべきと言ってもそれは古い封建制の中の話なので、ポリコレ的にも違和感があったが、「ライオン・キング」はそういう新しさは入れずに古いまま、息子が王位を継ぐ話で、ただ、オスライオンはなぜか王と王弟と息子しかいなくて、だからメスライオンたちが戦うようになってるのがまあ、男女平等なのかな、と。悪役のハイエナもメスがリーダーになってる。
ディズニー・アニメは「リトル・マーメイド」までが王子様がお姫様を助ける話で、その後はもうそういうのは古くなり、自立した女性、戦う女性、女性の方が男性を助ける、といった方向に移っていったが、「アラジン」と「ライオン・キング」はそういう新しいフェイズに入ってはいるが、王位を継ぐという封建制を大前提として、それに疑いを持たないという点では古い感じを受ける。もっとも「アナと雪の女王」のような新しい作品でも王位を継ぐという封建制が当然のこととして描かれているので、これはもうどんなにポリコレが進んでも変わらないのだろう。
「ライオン・キング」では、王が息子に、王は国を支配するのではなく守るのが仕事、と教えるが、息子は王になって国を支配することを単純に考えていて、叔父の前でそのことを言い、叔父がそれがきっかけで悪事を実行するようになった、みたいな描写がちょっとあるのだが、このあたりはあまり深く考察されておらず、それで終わりになっているのが惜しい。息子シンバの成長とかもあまりきちんと描かれてなくて、ドラマとしてはまあ、それほど深みはないのだが、動物の描写がとにかくすばらしいのと、ドラマとして盛り上がるところはきちんと盛り上げていくテンポのよさがある。
「アラビアのロレンス」のパクリシーンもよくできていた。
「ライオン・キング」は手塚治虫の「ジャングル大帝」のパクリだというのは周知の事実だが、「ジャングル大帝」がテレビアニメ化されたとき、「アラビアのロレンス」のシーンのパクリをやっていたのである。

映画館に行く前に、南船橋駅前のIKEAに寄ったら、新しいカタログが出ていたのでもらってきた。
映画のあと、すぐ下のポケモンセンターへ行くと、ニャースの小さなアクセサリーが。ニャースと、もう1匹、ニャースの変形みたいなのの2個セットで、この変形みたいなのが「ライオン・キング」を連想させる。ニャースのグッズはほとんどないので、これを買うことに。
とっても小さいものなのに、大きな袋に入れてくれる。そして、またまたステッカーをもらってしまった。今回のステッカーはプクリン。

これがニャースの小さいアクセサリー。

2019年8月9日金曜日

「天気の子」の納得できる評論

大ヒット中の「天気の子」は、私が初めて嫌いだと思った新海誠の映画である。
出来の悪い「雲のむこう、約束の場所」、「星を追う子ども」でさえも嫌いではなかった。
なぜ嫌いなのか、それはわかっていたが、「君の名は。」以上に好きだという人もかなりいるようなので、水を差すのもなんだから、何も書かずに来た。
が、ここに来て、自分が感じていることそのものを書いている評論が出た。

映画「天気の子」を観て抱いた、根本的な違和感の正体(杉田俊介)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66422

長い文章だが、自分の考えと同じことをずばり書いているとことをいくつか抜粋したい。

(以下、引用)
二つ目の疑念は、ラストの帆高の僕たちは「大丈夫」だ、というセリフが、どの視点から、誰が誰に向けて言ったものなのか、ということである。全てがじわじわ水没していく、この国も社会もどんどん狂っていく、けれども神様を信じたり恋愛したりして、日々を楽しく幸福に暮らすのは素晴らしいことだし、みんな大丈夫だよ――という論理によって若者たちを祝福するということ。
しかしそれを若者たちへ向けていう「大人」としての新海監督の立ち位置は、無責任なものではないだろうか。
私にはその「大丈夫」という言葉が、どこか、口先だけで若者を応援はするけれども、社会改良の責任は決して負おうとしない大人たちの姿に重なって見えたのである。『天気の子』は大人になることの困難を主題にしているにもかかわらず、新海監督の手つきが大人として十分に熟し切っているように見えないのだ。
帆高は物語の中でいわば「セカイ系的な恋愛か、多数派の全員を不幸にするか」という二者択一の選択肢を強いられてしまう。しかしそうした問いを強いたのは誰か。若い世代を応援し希望を託しつつも、そのような社会を作ってきてしまった大人たちなのではないか。
そのことが十分に問われないまま、大人たちは腐っているから仕方ない、あとは若者に希望を託そう、君たちは大丈夫だよ、という論理によって体よく責任を未来に先送りしてしまうこと。それを私は欺瞞的だ、と言いたいのである。社会や環境に対する無力感を強制しつつ、子どもたちの口から自己責任において「大丈夫」と言わせてしまうことが暴力的だ、と言いたいのだ。
(中略)
私は、主人公の選択には賛否両論があるだろう、というたぐいの作り手側からのエクスキューズは、素朴に考えて禁じ手ではないか、と思う。そういうことを言ってしまえば、作品を称賛しても批判しても、最初から作り手側の思惑通りだったことになってしまうからだ。
(中略)
繰り返そう。『天気の子』の二重の欺瞞とは、
(1)「狂った社会」を大人たちが自覚的に変革したり改善したりするという可能性を最初から想定していないこと、
(2)しかも、大人たちは堕落した存在であると断定することで、責任を回避し、若者たちの口からこの世界はそれでも「大丈夫」だと言わせてしまうこと、つまり子どもたちの決断や自己啓発の問題として――見かけは大人の立場から若者を応援し、希望を託す、という態度をとりながら――全てを押しつけてしまっていること。
この二つである。それは今の私たち日本人にふさわしい自己欺瞞の形であるようにも見える。
(引用、終わり)

この文章でほかに注目したのは、ここに描かれる若者のイノセンスが村上春樹やサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の劣化版であり、そこにスピリチュアル系の要素が入っていること、新海誠の思想がネオリベ的であること、そして、私の大嫌いなキャラ、須賀という人物についての分析。須賀は中途半端で観客をイライラさせる、と筆者は書いていて、私もこの須賀が大嫌いなのも「天気の子」が嫌いな大きな理由なのだが、このダメな中年男に実は新海誠の新境地があるかも、という書き方をしていて、なるほどと思った。

「天気の子」に関しては、エロゲーの立場からのとても面白い文章があって、エロゲー的な世界やセカイ系のストーリーを大予算をかけて一般向けの映画にした、ということを大喜びしていて、好意的な文章ではこれが最も納得のいくものだった。
なお、この文章は「天気の子」というエロゲーがかつてあったというフィクションとして書かれているので、ご注意。
http://cr.hatenablog.com/entry/2019/07/23/000034
ちなみにエロゲーというのは性描写中心のゲームではなく、性描写もある大人向けのゲームで、内容的には高く評価されるものだという。

新海誠の言っていることを無批判に肯定し、映画を高く評価しているような文章が一番唾棄すべきであると私は思っている。

翔んで埼玉県知事選挙

数日前から話題になっていたこのポスター。

まさかこのコラボをやるとは!と大いに話題になっていますが、動画もアップされています。
選挙についての詳細を知らせるこのサイトに、30秒と15秒の動画が。
http://go2senkyo.com/articles/2019/08/08/43635.html

埼玉県庁もこのツイート。
https://twitter.com/pref_saitama/status/1159336236588269568

埼玉県選挙管理委員会も。
https://twitter.com/saitama_senkan/status/1159316748522291200

埼玉県に限らず、一都三県は投票率が低く、一番下の方を見た方が早い状況ですが、これで投票率がどのくらい上がるか楽しみです。
投票に行けるのは埼玉県民だけ。
間違っても、投票用紙に「麻実麗」とか「埼玉デューク」とか書かないように!

ところで、MOVIXさいたまはいまだ「翔んで埼玉」を上映中で、今日9日からは土曜日を除く毎日、午前10時半からの上映。先週末からラストの文字は消えているので、まだまだ上映は続きそう。というか、このコラボを知って、ラストを取り消したのではないかという気がします。

そして、海外の映画祭で観客賞をいくつもとっているこの映画、モントリオールのファンタジア映画祭でも観客賞の金賞を受賞。ちなみに銀賞は「ダンス・ウィズ・ミー」、銅賞は「光のお父さん」とのことで、日本映画が3位までを独占。日本のアニメも受賞したとのことです。