2024年8月22日木曜日

「本心」

 映画化されて試写状が来たのだけど、オンライン試写はなく、リアル試写会は予約制なので、これは試写では見れそうにないな、と思い、図書館で原作を借りてきた。文庫は予約が多いので、すぐに借りられる単行本を。


平野啓一郎の小説は芥川賞受賞の「日蝕」以来。「日蝕」は、まあねえ、ふうんという感じで、この作家の他の作品を読みたいとは思わずにかなりの時がたち、気づいたら、映画化もよくされる人気作家になっていた。

「本心」は「日蝕」からは想像もつかない読みやすい文章で、内容も一般人に受けそうなものをいろいろ詰め込んでいて、でも、なんか面白くない。アマゾンの星1つのコメントがだいたい納得。

「自由死」という名の安楽死を望んでいた母親が事故死し、1年後、母の本心を知りたいと思った29歳の男がヴァーチャルリアリティの「母親」を作ってもらう。でも、母親の本心の探求がテーマではなくて、主人公が母親と関係のあった人や他の人と出会う話。で、最後はマザコンを卒業、って感じ。

貧富の差とか格差社会とか差別とかいろいろな社会問題が盛り込まれているけれど、そのどれもが突き詰めて描かれるのではないので、ファッション的に入れている感が否めない。「自由死」という安楽死も、お金がない人が選ぶ死のようなんだが、安楽死がずいぶん気楽に描かれている。

母親はシングルマザーとして苦労して息子を育て、マンションも買っているが、老後は収入の少ない息子に苦労をかけるだけだし、「もう十分」生きたからということで安楽死を望んだようだ。年は70歳。

私も今月、70歳の誕生日を迎えて、正直、「もう十分」だから安楽死があれば利用したいと思うことはある。体は全然元気だし、今のところまだお金に困って生きられないほどではないが、数年後には生活保護を受けなければ生きられなくなるだろう。うんと節約しても77歳くらいがタイムリミットだと思っている。

今は映画も見てるし、競馬場にも行くし、動物園や美術館にも行くし、図書館事情がいいので本は借りて読めるし、2階のひきこもり男のいやがらせがなければ満足な生活だ。

しかし、先日、近くの県立図書館が4年半後にはなくなることがわかった。そのそばの自然公園も、市民の一部からは、むだな場所だ、お金をとってもいいからアンデルセン公園みたいにしろとか言われているらしく、予算も減らされているのか雑草だらけ。野鳥も減った。

9年前に引っ越したとき、この公園に魅せられ、この公園のためにも住民税を払いたいと思って住民票を移した。近くに県立図書館があるのもとても助かっている。しかし、時代は変わる。公園がだめになり、県立図書館がなくなったら、ここにいるメリットがかなり減る。

「本心」の主人公は若くして成功した身障者の若者と出会い、格差の壁を超えて上の世界へ行くが、なんというお気楽な世界だろう。一応、世の中のためになる仕事をするつもりではいるようだが。

安楽死を望んだ母親についても、自分がもっときちんと向き合えば望まなかったかも、などという結論に達しているが、これもずいぶんとお気楽なものだ。結局、著者はあの成功した若者と同じ世界にいるから(著者は大学時代に「日蝕」で芥川賞を受賞し、その後作家として成功している)、下の世界がわからないのだろう。