2025年3月7日金曜日

「ウィキッド ふたりの魔女」と390円の銀だこ

 ミュージカル「ウィキッド」はずっとずっと前から舞台を見に行きたいと思っていて、でも、数か月先しか予約できないような状況であきらめていたから、映画化はとても楽しみにしていた。

で、初日に早速シネコンへ。途中にある高齢者施設の桜が満開。



銀だこが5日から7日の3日間、390円というので、お昼にちょうどいいので早めに家を出て、シネコンのあるショッピングセンターの中の銀だこへ。銀だこは前から一度食べてみたかったけれど、お値段が税込みだと700円近くするので渋っていた。が、税抜き390円なら食べなければ。

着いたのが午後3時くらいだったので、それほど並んでおらず、20分くらいで買えた。作るのが追いつかない感じで、熱々を食べられた。写真はあまりおいしくなさそうに見えますが、そこそこおいしいです。店の近くのイートインコーナーは満席なので、お持ち帰り仕様で別の場所へ。



食べた感想ですが、うーん、これはやっぱり700円近く出す気にはなれない。リピはなしだな。帰りにまた売り場の近くへ行ったら、夜だったのですごい行列でした。

さて、映画版「ウィキッド ふたりの魔女」。原題は「ウィキッド パート1」で、二部作であることをはっきり示しているのだが、正直、これ、二部作にする必要あった?と思ってしまった。


話が動き始めるのは後半、ふたりの魔女がオズの魔法使いに会いに行ってからで、それまではいろいろ前振りがあることはあるし、ミュージカルシーンも多いのだけど、なんだかだらだらした展開で飽きてしまう。オズに会ったあとも引き延ばし的な描写が目立つ。

映画ならではのCG使ったスぺクタルシーンとか、それなりによいんだけど、MGMの古い「オズの魔法使」のようなすごさは感じない。

パート1だけで2時間40分もあるのだけど、舞台版がこれの2倍の時間とはとても考えられないので、相当水増ししてるんじゃないかと思ってしまう。パート2は面白くなることを期待します。

先週の谷中から上野:梅満開

 文京区の図書館にDVDを借りに行ったのは先週の水曜日。葛飾区図書館に予約したリーリーとシンシンの写真集を受け取り、同じビルの中にあるマルエツで花束を買って谷中霊園へ行き、2年前に逝った猫のいた場所にそなえた。

シャンシャンの写真集はたいていの図書館にあるのに、リーリーとシンシンの写真集のある図書館は少ない。葛飾区図書館はパンダの写真集が必ず入るようで、前からここのお世話になっていた。

谷中霊園の入口、日暮里駅近くのお寺の梅。



線路沿いに崖の上の霊園を歩くと、途中に紅梅と白梅がある。





猫たちに会ったあと、DVDの受け取りを指定した根津の図書館へ向かう。みかどパン店とヒマラヤ杉はまだ残っていた。


不忍通りへ向かって降りる急な坂。その途中にねんねこやという猫好きに有名な店がある。以前はこのあたりに古井戸があったのだが、もうなくなったのかもしれない。




DVDを借りて、不忍通りを歩いて上野公園へ。不忍池。


コサギの向こうに上野動物園が見える。


弁天堂。


しだれ梅の向こうに上野動物園。



この日はよく晴れて、きれいな写真が撮れた。谷中から上野だけど、DVDを返しに行った昨日とはまったく別のコースを歩いた。返した図書館も根津ではなく千駄木の図書館。しかし、依頼原稿のためにDVD借りたけど、借りるときと返すときの交通費で3000円近くかかってるのだが、原稿料はたぶん4000円行くか行かないか。配信で見てもお金かかるしね。文京区に住んでいた頃は映画はほとんど試写で、交通費も往復400円以下だったから、原稿料安くてもよかったんだなあ。

追記
ねんねこやのHPを久しぶりにのぞいてみたら、全然変わっているので驚いた。しかも2019年に閉店し、その後、宿泊所をやっていたようだが、2021年に店の最後の猫が逝ってしまったらしい。前を通ったときも営業している様子がまったくなかったので、どうなっているのだろうと思ったけれど。

2025年3月6日木曜日

谷中から上野へ:花がちらほら

 先週、久々の依頼原稿のために古い映画を見直さねばならず、文京区の図書館にDVDがあったので、それを借りた。そして今日、それを返すついでに行きつけの美容院へ行き、カットしてもらい、そのあと谷中の猫に会いに行った。

猫の餌がなかったので、不忍通りから谷中に入り、コンビニでカリカリとパンを買い、セルフレジで精算してその2つをリュックに入れようと、スタッフのいないレジの隣のテーブルに商品とリュックを置いたら、いきなり店員が来て、すでに精算した商品の会計をしようとした。あわててレシートを見せたけど、コンビニのいやなところはレジ袋が有料なのにサッカー台がないこと。レジ袋買わずに商品をバッグなどに入れる場所がないのだ。

文京区に住んでいたときはトイレをよく借りた台東区コミュニティセンターの先の階段をえっちらおっちら登って谷中霊園へ。これは梅かな?



谷中霊園150周年だそうです。



猫は6匹会えた(写真公開はしない約束です)。最後に会った猫がもう何年も会っていなかった猫にそっくりで、でも、もう年のはずだけどそんなに年に見えなかったので、同じ模様の違う猫かと思ったが、私に寄ってきて餌をねだるので、やっぱりあの猫だろうか? 一番会いたかった猫には会えず。

150周年の花壇の向こうにトラックが写っているけれど、谷中霊園はどこも工事中で、作業員がたくさんいた。2年前に逝った最愛の猫のいたあたりも工事が入っていた。

寛永寺。こちらは400周年?




上野公園。この花はもうかなり散っている。



西洋美術館は10日まで休館。


曇りで光が少なく、時間も午後3時から4時なので、全体に暗い写真ばかりになってしまった。

帰りにスーパーに寄ったら、不揃いなニンジンが8本くらい入って199円というのがあったので、迷わず買う。よく見ると先が少し腐りかけ?と思うが、とりあえず、1本ずつ紙に包んでビニール袋に入れて冷蔵庫へ。

1本だけシチューに入れた。ニンジンと、昨日108円で買ったホウレンソウと、業務スーパーの冷凍ブロッコリと冷凍サトイモと、豚肉のクリームシチュー。ニンジン、おいしかった。生産農家さんの名前のついたニンジンです。

2025年3月4日火曜日

2月の電気料金

 人様のブログを見ていると、電気、ガス、水道料金をアップしている人がけっこういるのですが、一人暮らしなのになんでみんなこんなに電気料金高いの?といつもびっくり。

1万円とか平気でいますよね。安くても6000円とか。何に使っているのか?

ちなみに私の2月の電気料金はこちら。3260円。これでも去年より高いので反省。寒いので電気ストーブをけっこう使ってしまったから。


暖房は基本、お尻の下に敷くホットマットで、去年の暮れまではほとんどそれだけだったのだけど、今年に入って風邪をひき、それで電気ストーブを毎日夜に使うようになったせいです。しかも、寝るのが遅いから夜だけでも10時間くらいつけている。早く寝ろ、自分。

エアコンの暖房は使いません。去年、夏に冷房使っていたときは電気代3000円くらいだったけれど(エアコン使うのは1日6時間くらい、あとは扇風機)、暖房だともっと高くなるに違いないので。

2月は電気ストーブ使って3000円超えてしまいましたが、グラファイトヒーターの低いW数の方、200Wの方をおもに使っています。

うちはガスは浴室しか使っていなくて、調理はIHクッキングヒーター、電気釜、電気ケトルです。お風呂は冬でもほとんどシャワーなのでガス代は2000円くらい(バスタブ洗うのが面倒なのと、長年銭湯だったから内風呂では満足できない。古いUR賃貸なのでバスタブが狭すぎるのもね)。湯沸かし器はありません(超古い団地なので、ついていない)。もともと湯沸かし器などついてない安アパートに住んでた時期が長く、ついている部屋に越しても湯沸かし器が苦手で、ほとんど使ったことがありませんでした。食器洗うとき、水がすごく冷たいけど、ずっとこれで来てるので。中山競馬場で、トイレで手を洗うとお湯が出るのはありがたいですが。

電気代が安い理由の1つは、契約アンペアが15Aなところですね。

もともと風呂なしの1Kとか、シャワーつきの1Kとかに長く住んでいたので、15Aが普通でした。エアコンついてない部屋が多かったんだけど(昔は自分で買ってつけないといけなかった)、ついていても15Aでした。今は2DKなので引っ越したときは30Aで、いずれエアコンつけると思ってしばらくそのままにしていたのだけど、どう見ても私には30Aは多すぎる、15Aにすれば基本料金半額なので、15Aに変えて今に至っています。ただ、エアコン使っているときはIHとか電気ケトルとかドライヤーとか電気を食うものは同時に使わないよう注意しています。電気釜は大丈夫っぽい。電気製品のワット数は必ず確かめてます。

電気料金が1万円とかの人って、どうも基本料金がかなり高いみたいですね。あと、大型テレビは電気を食うけど、うちはテレビはないです。洗濯はコインランドリーなので洗濯機がない、冷蔵庫は小さめ、というのもあるかも。(あ、あと、電子レンジもありません。引越しの多い人間なので、電子レンジや洗濯機などの大型家電がない方が引越しが楽だった。)

うちの団地、4月から管理費が2100円から3000円に値上げになるので、より一層の節約に励まねば。もともと2100円が他の団地に比べて安かったのだけど。

若い頃にしておけばよかったことなど1つもない

 長年非常勤講師をしていて、昨年から任期つきの特任教授になった人のXから目が離せないのだが、理由は、この人は劣悪な家庭環境から関西の旧帝大に合格し、博士課程まで行き、博士号もとって、しかしアカポスにはつけずにずっと非常勤講師をしていたようだからだ。

もっとも、この人は育児と非常勤講師と研究を掛け持ちして苦労してたみたいなことを以前に書いていたので、結婚していたかしているか、あるいはシングルマザーだったのか、子どもは今はどうしてるのか、など、疑問に思うところはある。

結婚しているなら非常勤講師をたくさんやることもないだろうから、シングルマザーだったのかもしれない。

家事や育児をしながら研究を続けることの大変さは、独身で好きなように生きてきた私には絶対にわからないので、何も言えない。

その人が、たぶん、今はアラ還になるかならないかの年齢だと思うが、Xに、20代30代の頃にしておけばよかったことがあったみたいなことを書いていて、借金をしてでもすればよかったと書いている。

それが何なのかは書いていないが、振り返って自分を思うと、若い頃にしておけばよかったことなど1つもないことに気づいた。

私も高校時代は劣悪な家庭環境で、大学など行けるような家ではなかった。その人はそれでも必死で勉強して旧帝大に合格したが、私はひたすら映画だけは見続けた。大学は勉強しなくても受かるところに浪人して入った。一応、(超無名の)国立大だったので、当時は授業料が激安だったからバイトで大丈夫だった。

その超無名の国立大に入っても映画を見続けていたが、なぜかそこでイギリス文学に目覚め、旧帝大の大学院に現役合格してしまったのだが、やっぱり超無名の国立大出身だと、いくら論文が認められても就職は、だったのである。

そんなわけで、たまたま「フランケンシュタイン」解説を書く幸運に恵まれ、それがきっかけでキネマ旬報の映画評論家になり、そしてその後の私がある。

私はとにかく映画の仕事を最優先したかったから、非常勤講師は必要最低限にしていた。先の特任教授になった人みたいに目いっぱい非常勤講師の仕事を入れなければ食っていけないのがこの世界だけど、私はとにかく自分の好きなことをするために生活費を極力抑え、風呂なしのアパートに住んで銭湯に通い、ほんと、少ない収入で自由な時間がある生活を守った。

大学院時代の奨学金の返済が年に20万円もあったので、少ない収入では苦しかったが、私が選んだのは、国民年金に加入しないことだった。当時は加入は任意だったのである。

奨学金を返すかわりに年金を払わないつけは、無年金という形で、今来てるが、長生きしなけりゃいいのさ、と当時は考えていたし、今もそう思っている。

70歳まで生きるとは思っていなかったが、去年、70歳になった。しかもどこも痛いところとかなくて元気。いまだに老眼鏡を作ってない。病院大嫌いなので健康診断なんてまったく受けてない。どこか悪くても治療する金なんかないからそのときはあきらめるさ。

20代、30代の頃にやらなければできなかったことは、そりゃあ、いくらでもあるが、それやってたら「フランケン」の解説も、フォースターの映画化の映画評も書けなかっただろうし、デレク・プラントの追っかけとかもできなかっただろうし、そしてなにより、15年間つきあった谷中の地域猫、あの子とのつきあいもなかった。

後悔があるとすれば、あの子との最後の2年くらい、特に最後の夜に、ああすればよかったと思うことだ。

2025年3月3日月曜日

アカデミー賞結果と、日曜日のキング姐さん

 アカデミー賞、「アノーラ」が作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞と、主要な部門で5冠と、土曜日に見に行って、これにアカデミー賞とってほしい、と思った私にとっては最良の結果となりました。「ブルータリスト」は正直、とってほしくなかったし、「名もなき者」と「デューン」第二部はないと思ってたし、あとは見てないのだけど、「エミリア・ペレス」は主演女優の差別発言が問題になってたし、「ウィキッド」は前編らしいからないだろうし、あとは「教皇選挙」がどうかな、という感じでした。「アノーラ」、スタッフ、キャストが地味なので、これまであまり話題になってなかったけど、今日からは主役ですよ。

あと、伊藤詩織監督作品が長編ドキュメンタリー賞にノミネートされていましたが、受賞は「ノー・アザー・ランド」で、これも受賞してよかった。「ブルータリスト」と「セプテンバー5」が背景にあるパレスチナ問題ガン無視で、このパレスチナ問題ど真ん中の「ノー・アザー・ランド」がノミネートされているのが希望でしたが、アカデミー会員はやっぱりわかっているのだね。

しかし、今出てるキネ旬のアカデミー賞特集、全然面白くない。去年までは予想座談会と現地の成田陽子氏の記事だったけど、今年は評論家の予想を並べてるのと、現地情報まるでなしの記事と、あとは候補者のインタビューの超短い抜粋みたいなのだけ。この予想っていうのは、座談会で喧々諤々だから面白かったんで、評論家の個別の予想なんて面白くもなんともないわ。国内評論家の記事もしかり。

というわけで、日曜は金が絡んでるので予想の重要度がはるかに高い競馬場へ。

土曜からレースが始まった中山競馬場。レーシングプログラムの表紙は土曜日にリニューアルオープンした阪神競馬場。午後から行ったのに、プログラムかなりたくさん残ってました。



3月2日は2か月の短期免許で騎乗しているオーストラリア拠点のレイチェル・キング騎手、愛称キング姐さんの最終日、ってことで、とりあえず姐さんの馬券は買う、という気持ちで出かけました。

姐さん、早速1レース勝って、幸先よいのか、と思ったら、その後は全部だめで、午後は7レースの5着が最高だったのかな。

7レースのパドックから見始めましたが、姐さん、パドックはこの7レースとメインの11レースしか出てきてくれなかった(10レースはパドック見てませんが)。


続く8レースは芝生観覧エリアの前がスタート地点だったので、間近で写真が撮れました。


9レースは高いところからズームで後ろ姿。7番。


キング姐さんのよいシーンが全然見られないし、いいと思って買った別の馬もだめだめなので、次の10レースのパドックは見ず、ウマジョスポットで無料ドリンクを。珍しく二人掛けのテーブルに案内されたけど、窓からの眺めも撮影。



10レース、スタートぎりぎりに外へ。9番が姐さんの馬。


そして、メインレースの中山記念。馬券を買ったことのある馬、パラレルヴィジョン、タイムトゥヘヴン、エコロヴァルツの3頭が出走ですが、思い入れが強いパラレルヴィジョンと、姐さんのサイルーン(あとで調べたらこの馬も一度、買っていた)を複勝で。運よく3着以内に来てくれたらなあ、という感じでしたが、結局、2番人気、3番人気(エコロヴァルツ)、1番人気の順で、波乱なし。おまけに4着がタイムトゥヘヴンで、パラレルヴィジョンはビリって。。。パラレルヴィジョン、2度目に中山に来たとき馬券買ったら1着だったんで、愛着あってその後も買ってるんだけど、だめで、あのとき一緒に買ってだめだったタイムトゥヘヴンの方が最近よさげなのです。エコロヴァルツはワイドでお金になってくれたことがあるんだけど、今回は見送ってしまった。

パドックでサイルーンに騎乗する姐さん。


最終12レース。このピカリエという馬がすごくかわいくて、まわりでも「かわいい、かわいい」と言われてたけど、まったく勝てそうでなかったので馬券は買わず。


キング姐さんが今回の短期免許で最後に乗るケンキョは買いました。つか、この日はキング姐さんのファンが応援で馬券買ってそうで、馬の実力より人気上なんでは?という感じがかなりしました。前日、阪神で姐さん、3着祭りだったので、その期待もあったかな。

ターフビジョンの前に登場したキング姐さん、一番左。


そして、スタート地点へ戻っていく。


今年はあと1か月、短期免許で来れるそうなので、ジャパンカップや有馬記念の頃に来るのではないかと期待されています。

2025年3月2日日曜日

「名もなき者」&「アノーラ」(ネタバレあり)

(3月3日追記 「アノーラ」がアカデミー賞作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の最多5部門受賞! おめでとう! 候補作のうち、見た映画では「アノーラ」が一番よかったので、絶対受賞してほしかった。一番、どころか、「アノーラ」ダントツでよかったです。イチ押しして最大箱当ててるMOVIX、これからお客さん、たくさん来ますように! )

金曜は徒歩35分のシネコンに「名もなき者」を見に行ったのですが。



これが全然面白くない。私がボブ・ディランに詳しくないからだろうか?

1960年代前半、20歳でニューヨークに出てきたディランが、フォークの世界に不満を持つようになり、ついにフォークのフェスティバルにエレキギターを持ち込んでロックをかました、という話、という理解でよい?

しかし、その間が全然面白くない。60年代前半は私は小学生だったので、この時代の音楽界はリアルタイムではわかってなかったけれど、その後、フォークというのは反戦などを歌った歌だ、という認識でいたんだけど、この映画を見ると、フォークのファンの大部分はミーハーで、デビュー当時のディランは自分の歌を歌わせてもらえず、フォーク界の大人たちは保守的で、といった、中学生頃に得た私の認識を大きく覆すものだった。

でも、最後に字幕で、ジョーン・バエズなどが反戦などの社会批判の歌を歌い続けた、みたいな賛辞が出るのね。

この辺を抜きにしても、ディランが音楽を作る過程よりもディランの女性関係の方に話の中心が行ってしまっているようで、なんだかなあ、な映画であった。ただ、自分で歌っている俳優たちがみな、歌がうまいのには感心した。

「アノーラ」は月曜日以降に見る予定だったのだが、月曜から水曜は雪予報だし、「名もなき者」にあまりにもがっかりしたので口直しの必要もあったから、土曜日に見に行った。ファーストデーだけど、とってもすいていたMOVIX柏の葉。MOVIXは今回、無料回だったのを忘れてお金払ってしまった。ま、次に使えますが。


柏の葉は最大箱ですが、ガラガラだった。


MOVIX亀有は月曜から最大箱で、柏の葉の最大箱より大きいスクリーンなので、ほんとはそっちで見たかったのだが、柏の葉で見ても映画は十分満足な出来栄えでした。

ストリッパーで売春もしているアノーラがロシアの大富豪の息子イヴァンと知り合い、専属契約で2週間一緒にすごしたあと、その勢いで結婚してしまう。アノーラは玉の輿目当て、イヴァンはアメリカ人と結婚してアメリカに住み続けたい、という下心はあるものの、基本的には愛し合っての結婚。が、イヴァンの親が息子が娼婦と結婚したと怒り、破談にするために男たちを差し向け、両親もロシアからやってくる。

アノーラはロシア系アメリカ人で、イヴァンの側はロシア人やアルメニア人なので、ロシア語のせりふが非常に多い。アメリカの話だけど、この辺、外国語映画っぽかった。

男たちが来るとイヴァンはさっさと逃げてしまい、逃げ遅れたアノーラが離婚を要求されてひどい目にあうのだが、アノーラは頑として離婚に応じない。男たちは暴力はふるうなと言われているので、暴力はふるわず、逆にアノーラから暴力を受けたりするのだが、基本的に、この男たちもイヴァンの両親も悪人ではない。ただ、脅せばなんとかなるみたいにガンガン来るので、アノーラもそれに負けじとガンガン行く。

アノーラはなぜ、離婚に応じないのか? 財産が欲しいから? いや、そうではない、というのがラストでわかる。

男たちの1人、イゴールという寡黙な男が、しだいにアノーラに同情するようになっていく。

以下、ネタバレ。

逃げていたイヴァンが発見されると、このイヴァンという男、実は母親に逆らえないマザコンだということがわかる。アノーラと結婚したのも、ロシアに帰りたくない、母親の支配から逃れたい、というのがあったのだろう。しかし、親たちがやってくると逃げ出し、見つかったときにはアノーラに愛されるに値しない、しょうもないダメ男だということがわかる。結局、彼は母親に支配される息子に戻り、アノーラは離婚に応じる。

冒頭のイヴァンは好感の持てる青年だったのだが、後半、登場してからはほんとうにダメ男で、アノーラも愛が冷めるだろうと思ったのだが、ラスト、イゴールと2人きりになるシーンで、アノーラがイヴァンを真剣に愛していたことがわかる。奪われた結婚指輪をイゴールが取り戻してアノーラに渡すところからの一連の流れに、アノーラの気持ちがにじみ出ている。でも、アノーラは失恋を乗り越えて生きていくだろうし、むしろ、イヴァンが失ったものの大きさを感じさせるラストだ。

2025年3月1日土曜日

大学非常勤講師あるある

 長年非常勤講師をしていて、昨年秋から任期つきの特任教授になった人のXを見て、うらやましいな、と思っていたのだけど、この人が、科研費を6,7年申請して却下され、その後、やっと申請が通るようになった、ということを書いていた。そして、却下されていた頃、「研究を遂行できる」という項目に複数の人が最低点をつけていたという。それで折れずに申請を続けたおかげで今があるのだろう。

これを見て最初に思ったのは、「研究を遂行できる」能力がないと見なされた理由は、非常勤講師だからだろう、ということだった。

この人は私より10歳かそこら若い人のようだが、私が大学院にいた頃は、大学の専任以外で非常勤講師をする人は、就職のための教育歴が必要な院生か、院卒の主婦だった。

当時は30歳くらいまでに就職できないとアウトだったので、それまでに大学に就職は無理と思った人は公務員や教員試験を受けて、そっちへ行った。

理系の場合は企業への就職もあるが、文系は公務員か教員しかなかったのだ。

そこで研究をあきらめずに、高校教師から大学教員になった人もいるが、たいていはあきらめた。

当時は非常勤講師をあちこちでやり、研究もして、というのはまずあり得なかったと思う。

なので、その当時は、非常勤講師だけの人が科研費をもらうなんてことは100%あり得なかっただろう。

ところが、ある時期から、非常勤講師をあちこちでやりながら研究を続ける人が出てきた。

それで、そういう人も科研費を申請するようになり、何度も落ちてから受かる、というようになったようだ。

しかし、私の時代の、大学の専任以外で非常勤講師をしている人は主婦のバイト、と見なされていた時代の感覚を持っている人はまだいると思う。そういう人は、科研費の申請で、非常勤講師は研究遂行能力がないと見なすだろう。

大学院時代、あるいはその後、私より明らかに研究者として劣っていると思う人が次々と就職(首都圏の有名大学に)、私は就職できなかった(地方の国立大を断ったせいだが)。私より劣っている人たちがその後。出世し、科研費の審査とか、論文の査読とかしているのだろうと思うと、とてもそれに応募する気にはなれなかった。今はもう、研究者としてはとっくに終わってるのでいいのだけどね。