2019年12月9日月曜日

久々の東伏見

12月8日、東伏見の全日本アイスホッケー選手権大会、3位決定戦と決勝戦に行ってまいりました。
アリーナと駅の間にイルミネーション。



駅の反対側。帰りに駅のホームから撮影。


アイスバックス、優勝おめでとうございます。
全日本優勝は2回目とのことですが、前回は福藤選手はデンマークでプレーしていて、優勝を体験できなかったとのこと。それを思いやるファンの横断幕。(10年もホッケーから離れていたので、全然知らなかった。)

今日はもう遅いので、詳細は後日。
クレインズは残念でしたが、今ここにクレインズがいるということを喜ぶべきでしょう。

2019年12月2日月曜日

「失くした体」&「マリッジ・ストーリー」

映画の日はキネマ旬報シアターでネットフリックス映画「失くした体」と「マリッジ・ストーリー」をハシゴ。ここは映画の日もファーストデー扱いで1100円だった。
「ROMA」、「アイリッシュマン」とあわせて、これで4本、ネトフリ映画を映画館で見たが、このうち「ROMA」は明らかに映画館で見るように作られた作品だった。実際、ネトフリ映画になったのは配給段階で、他の配給会社が非常に低い金額しか提示しないのでネトフリに任せたとのこと。
今回見たフランスのアニメ「失くした体」もアート系のアニメなので、テレビっぽい感じはしなかったが、「アイリッシュマン」と「マリッジ・ストーリー」はどこかテレビドラマ的な感じがしてならない。映画館での上映をメインにしていたら、どちらももっと短くするだろうと思う。「マリッジ・ストーリー」なんかアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンの歌まで聞かせ、特にドライバーはえんえんと1曲歌いきるのだが(うまいけど)、ここで歌を披露する必然性はあまり感じられず、映画館だとちょっと余計な感じがする。「アイリッシュマン」もテレビで見ながら適当なところで止めてトイレに行くとか、そういうことができる環境の作品みたいなところがあるような気がするのだ。
もちろん、こうした映画館ではなく配信でテレビで見るような作りのせいで作品の価値が下がる、ということはないのだけれど、「ROMA」のように配信のことを考えず、映画館で見るように作った映画とのスタイルの差が歴然とあるように思う。

さて、ハシゴした2作品。

「失くした体」は切断された片手が自分の体を探して旅に出る話で、それと並行して手の持ち主の過去が回想のように描かれる。幼少期はモノクロの映像、成長してからと、手の旅の部分はカラー。
手の持ち主の過去は特に目新しい話ではないし、いろいろと既視感のある内容なのだが、アニメとしての表現が優れている。移動していく手の視点で描かれた風景が特にいい。この切断された手はなぜか、目と耳を持っているようなのだが。
カセットテープが重要なモチーフになっているので、時代は1994年に設定されている。手が眠っている持ち主のそばにたどり着いたあとの最後のエピソードが美しい。ただ、それまではちょっとグロなところもあるので、その点はご注意。

「マリッジ・ストーリー」は「クレイマー、クレイマー」の現代版。「クレイマー~」の頃は離婚した夫婦の片方しか子供の親権を持てなかったが、現在のアメリカでは両親が親権を持てるので、今回はその親権の割合が問題になる。また、「クレイマー~」は仕事一辺倒のビジネスマンと専業主婦だったけれど、「マリッジ~」は舞台演出家と女優というセレブたち。前者は仕事ばかりで家庭を顧みない夫と、家に閉じ込められた主婦の問題がテーマになっていたが、後者はある程度裕福な人たちだから高い弁護士を雇って泥沼化みたいなところはある(裁判官から、あなたたちほど裕福でない人たちが後ろに控えているから、と言われてしまう)。
「マリッジ~」の離婚する夫婦は最初、調停人からお互いに相手のよいところを書いた作文を読み上げるように言われ、その作文のナレーションから始まるが、妻の方が読み上げるのを拒否したため、調停人を介さないで2人で話し合って離婚しようとする。が、その後、妻が有能な弁護士を雇ったことから泥沼化。泥沼の内容は「クレイマー~」と重なるが、「クレイマー~」より深刻になっているのがミソ。弁護士の卑劣さがこれでもかという感じで増量されている。
結局、この夫婦はお互いに相手を理解していなかった、特に夫が妻の心の内を理解せず、自分の都合のいいように考えていたとわかるのだが、それでも、最初は財産にこだわらず、親権も半々でいいと思っていて、それは最後まで同じなのに、弁護士を雇ってからどんどん泥沼化していくあたりの離婚の大変さが興味深い。
いろいろなエピソードが入っていて、上映時間も2時間20分近いのだが、そのエピソードの並べ方がやはり映画館で見るよりは配信で見る感じなのかな、という気がする。これは「アイリッシュマン」でも感じたことで、映画館のリズムではない感じなのだ(映画館ならもっと切りつめたりメリハリをつけたりすると思う)。有名な俳優が何人も出ているし、きちんとした作りのよい作品なのだが、最初から配信用に作られた作品はやはり映画館用の作品とはリズムやテンポが違うと感じる。「アイリッシュマン」も「マリッジ・ストーリー」もアカデミー賞の作品賞候補になりそうだけど、この辺がどう評価されるのか。{ROMA」は最初に書いたとおり、もともとは映画館用に作られた映画なので作品賞ノミネートや外国語映画賞受賞に違和感はなかったし、「失くした体」もアニメ賞ノミネート&受賞しても違和感はないのだけれど。

2019年11月30日土曜日

久々

ホッケーのチケットを買いました。

なかなかかっこよいポスター。
最後にアイスホッケーの観戦に行ったのはほぼ10年前。
その後はアリーナには一度も行っていない上、しだいに関心も薄れて、日本製紙クレインズが廃部になったことを知ったのもかなりあとになってから。NHLのセイバーズも今はどうなってるのかまったくわからず。セイバーズは今年50周年で、12月上旬に記念の式典か何かやるというメールが来ていたような気がするけれど。
クレインズはひがし北海道クレインズになってアジアリーグに参加したのはわかっていましたが、それ以前からもう知っている選手が非常に少なくなっていて、こちらもどうなってるのかほとんどわからず。
それが先日、ふと思いついて、クレインズ、どうしてるんだろうとググっていたら、この全日本選手権が12月上旬にあることを知りました。
チケット発売中なので、日曜の決勝戦だけでも見に行ってみるかと、まずはチケットぴあにアクセス。が、チケットぴあは会員になっているにもかかわらず、長年利用していなかったため、アクセスに必要なことを何も覚えていない。
そこで、今度はログインの必要のないローチケをのぞいてみたら、運よくA指定席があったので購入。どうやら最後の1枚だったようです。
チケットぴあでは今日現在、準決勝の日はまだA指定席があるけど決勝の日は売り切れ。あとはB指定席か自由席。
全日本選手権は最後に行ったのが10年以上前なので、こちらも今はどうなってるのか、何か変わったのかわかりませんが、決勝戦が夜6時フェイスオフ。昔は午前中が3位決定戦、午後が決勝戦だったのですが。
会場の東伏見も、最後に行ったのいつ?と思うほどなので、こちらも久しぶり。

クレインズはアジアリーグでは今、下から2番目みたいですが、最下位の東北フリーブレイズはまだ1勝もしていないらしい。全日本も昨年は4位だったみたいで、記憶にある頃は強かったのに、どうしたことか。
また、ホッケー関係のサイトでも、語りべ通信が更新されなくなっていたり、語りベ氏のヤフーの個人記事もたまにしか出ていないようなので、ずいぶん寂しくなっている感じ。ただ、全日本選手権の試合はNHKのBSで決勝戦以外も放送されるらしいので、テレビも含めれば見る人は多いのでしょう。とりあえず、久々の東伏見で、新生クレインズや他のチームを見るのを楽しみに。

2019年11月22日金曜日

「アナと雪の女王2」IMAX字幕版

ほぼ1か月ぶりのユナイテッド・シネマ テラスモール松戸。

「アナと雪の女王」は映画館では見なかったのだけれど、DVDで見て面白かったので、「2」も見に行こうと思ったが、ほとんどの映画館は吹替えメインなので、大きいスクリーンは吹替えにとられてしまい、字幕はあまり大きくないスクリーンだったり、大きいスクリーンでも時間が夜だったり。
そんな中、自宅から徒歩35分のユナイテッド・シネマ テラスモール松戸は昼間にIMAX字幕版がある。交通費かからないから奮発してIMAXを予約。そのときは金曜は晴れの予報だったのだが、なぜかまた台風が来そうで雨。
もう渋滞はなさそうだし、バスに乗ろうかと思ったが、台風と比べたらだいぶマシな雨なので、歩くことにした。それでも35分も歩くとずぶぬれ。

さて、「アナと雪の女王2」は、ちょっと、これはだめですね。
キャラクターたちに再会したい人はいいけど、内容を求める人にとってはこれはちょっと、だと思います。
ストーリーがだめで、歌のシーン以外はかなり退屈。
ダムを造ったために自然がおかしくなり、という設定だけど、何のためにダムを造ったのかがそもそも謎というか、わかってみると(ネタバレ)ただの陰謀じゃん。その陰謀の結果、エルサとアナが生まれ、エルサがなぜ超能力を持つのかがわかり、そしてエルサとアナが自然をもとに戻すために行動する、というストーリー。
クライマックスのあたりはかろうじてよいですが、それまでがやっぱり退屈でした。
最後はハッピーエンドで、前作でフェミニズム的に評価された結婚で終わらない結末が、ここでは先祖がえりの結末になっていて、途中でアナがクリストフに助けられるシーンも複数あり、女性が男性に助けられるシーンを避けてきたディズニーとしては少し真ん中に戻した感じでしょうか。そういう意味では、前作よりも保守的になった感じ(これ自体は別によいのだが)
エンドロールが長くて、曲が4曲もあり、親子連れが帰ろうとスクリーンの前を歩いていたら、突然、おまけの映像が始まり、親子が最前列に座って見ていました。このおまけはよいので見逃さないように。

さて、テラスモール松戸のクリスマスツリー。昼間。3階から2階を写している。

 夜。

後から見るとこんな感じ。

窓ガラスに映っている。

帰りはモールの前の大通りを通らないバスで自宅近くまで帰ることにし、テラスモールから夜道を歩いた。
松戸は大通り以外は歩道もない狭い道が多く、車が来ると冷や冷やするのであまり歩きたくないのだが、雨の中、また35分歩くのも大変なので(35分歩く道はすべて歩道がある)、狭い道を歩いて、武蔵野線の線路を越えて、別のバス通りに出た。10分もかからないのだが、車がすれ違うのがぎりぎりの道に大型車が停まっていたりして、暗いし雨だということもあって、やはり冷や冷や。バスに乗ってしまえば10分余りであっけなく自宅近くに着いてしまうのだけど。
ユナイテッド・シネマは会員は金曜1100円、他にも割引などがあるので、会員になった方がいいのだが、どの程度行くことになるのかまだわからず、考えてしまっている。

2019年11月20日水曜日

「アイリッシュマン」と「パラサイト」についての感想

先週金曜日はイオンシネマへ「アイリッシュマン」を見に行った。
{ROMA」同様、Netflixの作品で、今回は「アイリッシュマン」だけでなく、「キング」(10月公開)や「マリッジ・ストーリー」など数本が続けて劇場公開される。日本でも劇場公開のルートが開けたのはよいこと。
その前、というか、先月にはカンヌ映画祭パルムドール受賞で話題の「パラサイト」の試写にも行っている。
どちらも非常にすばらしい映画なので、とりあえず、感想を書いておくことにした。が、どちらもネタバレしない方がいいので、むずかしい。
「アイリッシュマン」は2004年に出版された、ジミー・ホッファ暗殺の真相を明かしたノンフィクションの映画化、ということで、ネタバレしてもいいかな、とは思うのだが、これから見る人はやはり知らない方がいいかもしれない(でも、それだと書きたいことが書けなくなる)。
「パラサイト」に関しては、これはネタバレしない方が絶対にいいし、作品についての感想もネタバレなしでできる。なので、こちらから先に書くことにする。

というわけで、「パラサイト」はネタバレなしで、「アイリッシュマン」はネタバレあり(そこだけ文字色を変える)で行きます。

「パラサイト」はさすがに話題の作品なだけあって、試写室は大混雑。最後列の座席の後ろの狭い空間の補助椅子で見た。ほとんどの試写室はスクリーンが非常に小さいので、最前列でも大きいとは思えないくらいだから、最後列のさらに後ろからだともう細かいところが全然見えない。
ただで見せていただいているので文句は言えないが、これは映画館で見ないとだめだと思った。
富豪の家の居間を遠方から撮ったロングショットが多いのである。その居間で起こる出来事や、犬が何匹か飛び出してくるところとか、マッチ箱のように小さいスクリーンじゃまったくだめ。
この、遠方から富豪の家の居間を撮る、というのは、最後のエピソードの伏線にもなっているから余計、小さくて見えないのが悲しい。
この富豪の家に入り込む貧しい一家が住んでいるのが半地下の部屋で、こちらは上方にある窓から見た外の景色しか映らない。外からではこの半地下の部屋はほとんどわからない。この半地下の見え方と、富豪の家の居間を遠方から見るロングショットが、貧富の差を表現している。
ストーリーは途中で逆転が起こったときに、そのあとの展開は読めてしまった。なので、意外性はそれほどあるわけではないのだが、それでも知らないで見た方が絶対にいい。
この映画の場合、優れているのはストーリー以上にディテールで、たとえば、貧困がにおいで表現されるとか、水害が起きたときに貧しい人々は家が水につかり、日本同様、体育館みたいなところに避難して苦労しているのに、金持ちはのんきにパーティをしているといった対比が的確であり、みごとであり、水害と貧困を描いたつもりの某アニメの底の浅さがわかってしまう。
来年、映画館のスクリーンで再会したい。

「アイリッシュマン」は1970年代に失踪し、暗殺されたと思われていたトラック運転手組合の大立者、ジミー・ホッファと親しかったアイルランド系のフランク・シーラン(あだ名がアイリッシュマン)が告白した話を、シーランの死後にノンフィクションとして出版した本をもとにしている。
マーティン・スコセッシの映画で3時間半もあるというので、正直、退屈しないか心配だった。
コッポラとかレオーネなら3時間半あってもメリハリがあってドラマチックなので退屈はしないだろうが、スコセッシの作風だとそういうメリハリは期待できないので、途中で中だるみとかあるのではないかと思っていた。
見てみると、やっぱりスコセッシのいつもの作風なので、メリハリやドラマチックな展開はないのだが、飽きることはなかった。
いや、それどころか、私はこの映画が好きになった、というか、見終わって時間がたつにつれてじわじわと好きな気持ちがわきあがってきたのだ。
私はスコセッシの映画はもちろん、すばらしいと思うけれど、好きかどうかということになると、他の好きな監督の作品のようには好きとは言えなかった。頭では感心するけれど、心はさほど動いていない、というか。
だが、この「アイリッシュマン」には「好きだ」という気持ちがわきあがってきた。
どこが好きかというと、それはやはりシーラン(ロバート・デ・ニーロ)とホッファ(アル・パチーノ)の関係だろう。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」のデ・ニーロとジェームズ・ウッズの関係のような、いわゆるホモソーシャルな男同士の絆なのだが、スコセッシが描くと少し違ってくる。
そもそもスコセッシはギャングの世界を男ばかりが幅をきかせている世界として描いている。「アイリッシュマン」は徹頭徹尾、スーツを着た男たちが画面を占領し、女性の入る余地はあまりない。印象に残るのはシーランの娘くらいだ。「ワンス・アポン~」が魅力的な女性たちを多く登場させていたのとは正反対である。
スコセッシは女性を軽視しているのか、というと、それはまったく違う。むしろ逆で、レオーネなどが男同士の友情や絆を描くとき、魅力的な女性を出すのは、それでカムフラージュをしているというか、女性を出すことで男の友情や絆に酔っていることをなんとかごまかすみたいなところがある(これはこれで魅力的で、好きなのだが)。スコセッシはそういうことをいっさいしないのだ。日本の政界や経済界やいろいろな世界がスーツを着た男ばかりだということが指摘されるが、アメリカの当時のギャングの世界もそうだということを正直に表している。女性を主要人物に加えることでごまかしたりしていない。
にもかかわらず、この映画のシーランとホッファの関係は魅力的だ。十分おっさんになってから知り合った2人は、ツインルームでパジャマ姿でベッドで語り合うとか、語り合っている内容は仕事の話なのだが、おっさんずラブではまったくないのだが、なんとも奇妙な雰囲気で、それがその後の2人の絆へとつながっていく。
以下ネタバレ。
かたくなに組合を支配したがるホッファが邪魔になったギャングたちは、シーランにホッファを暗殺するよう指示する。ホッファを説得してなんとか助けたいと思っていたシーランだが、組織の命令には逆らえない(スーツの男たちの世界とはそういうものだ)。デ・ニーロの流す一筋の涙。しかし後戻りはできない。
胸を打たれるのは、ホッファがシーランを全面的に信頼していて、疑うことを知らないことだ。
「俺の組合だ」と主張し続けるホッファは、パチーノが得意とするシェイクスピアの悲劇の主人公を思わせる。
パチーノがスコセッシの映画に出演するのはこれが初めてだが、もともとスコセッシの作風にパチーノは合わないと思っていた。だが、この映画のパチーノはこれまでとは違う魅力を放っている。いつもの演技なのだが、スコセッシの演出が新たな魅力を加えている。
キネマ旬報最新号の「アイリッシュマン」特集の冒頭に、ハグしあうデ・ニーロとスコセッシの背後でパチーノがカメラ目線で微笑んでいる写真があるが、映画そのものを表したような、とても好きな写真である。
CGで俳優の顔を若返らせているシーンは違和感があった。