2018年4月18日水曜日

猫&熊猫めぐり

今日は朝7時半に起きて8時半に家を出て、9時半の「空海」インターナショナル版を見に行った。
「空海」は字幕吹替えともに19日で終了のところが多く、字幕のインターナショナル版は船橋が19日まで。角川シネマ新宿は続映だけど56席のスクリーンでは試写室並み。関東で唯一TOHOでインターナショナル版を続映する川崎は深夜0時すぎに終わる超レイト(ここは26日まで)。
とりあえず、船橋もう1回行くか、というわけで、意を決して早起きすることに。
ただ、寝坊したらアウトなので、今回は予約せず。
都心に向かう電車でないので乗ったときは立っている人は少なかったが、途中から就活中みたいな人がいっぱい乗ってきて混んでしまった。幕張メッセで就活のイベントがあるのだろうか?
9時半ではまだららぽーとは開いておらず、雨の中、外を歩いていく。が、チケット売り場は意外と混んでいた。名探偵コナンだろうけど。
「空海」も朝なのに10人近くはいた。レディースデーのせいか全員女性のような感じ。レディースデーに限らず、「空海」は字幕版になったら女性率急上昇している。これはどう見ても女性向け、特に腐女子向けなんだが。
「空海」についてはもっと書きたいことあるけど、原作まだ読み終わってないし、図書館に白楽天の本を予約したので、少し勉強してからまた書く予定。
しかし、白楽天、猫が死ぬときに泣いていたなあ。白楽天と丹龍が悲しそうな顔で、空海は微笑んでいて、白龍の魂が救われたことを空海は考えているのだ。白楽天は中盤では「長恨歌」を否定されて泣いていたが、最後は白龍のために泣いて、それで「長恨歌」は白龍が書いた詩だという認識に達するわけだ。

さて、今日は雨ということは昨日からわかっていたので、「空海」はともかく上野動物園には行くことにしていた。
雨だとパンダ母子整理券が午後でも手に入るのだ。
で、予定通り、「空海」のあと、南船橋から上野へ向かう。
が、市川をすぎたあたりから日がさしてきた。
こりゃ整理券ないかも。
着いたのは午後1時。
整理券ありました。13時40分の回。やっぱりはけてないのだ。

4回目のシャンシャンだが、今回が最悪。母シンシンも娘シャンシャンも後ろ向きで寝ていてまったく動かず。

シャンシャンは手で頭を抱えて寝ているよう。明るすぎるのかな。
前回は春分の日で、あれから1か月近くたったが、かなり大きくなっている。

育児でお疲れのシンシン、食べて寝るだけらしいシャンシャンに対し、グレイテスト・ショーマン、リーリーは木に登ったりとパフォーマンスをサービス。シャンシャンの方はお客さん静まり返っているのに、リーリーのところはお客さんの喜ぶ声が。

ほかのお客さんの話を立ち聞きしていても、シャンシャンは寝てるだけで顔も見られないとかで、もうシャンシャンは並んで見るほどじゃないのかもしれない。
前回は雨が強く、リーリーは非公開だったが、やっぱりリーリーが見られると楽しい。

上野動物園にはほかにも赤ちゃんがいる。


4回目にしてようやく見られたニシゴリラ。真ん中に赤ちゃん。


水の中のホッキョクグマ。餌を待っている。

タテガミオオカミ。これまでは陰の方で寝てるだけだったが、今日は餌の時間なのでいろいろ撮れた。金網にピントが合ってしまうので、撮るのがむずかしい。

午後3時。朝8時に朝食食べただけなので、そろそろ昼食。レストランと藤棚。

季節限定のタケノコとアサリのスパゲッティ。緑色は菜の花。パンダ海苔つき。800円。
味が淡泊すぎてタバスコがほしかった。

マヌルネコの毛づくろい。


飼育員の投げる魚を奪い合うペリカンとカワウ。遠くからズームで撮っている。

コウノトリ。

2018年4月14日土曜日

角川シネマ新宿&TOHO日本橋

「空海」インターナショナル版を大きなスクリーンで見られるおそらく最後のチャンス(?)の金曜日。
翌日からは大映男優祭が始まるので、「空海」は小さい箱に移ってしまう。
が、古い映画館で見づらそうだし、音響も映像も期待できないから、行ってもむだだろうと思っていたのだが、角川シネマ新宿ってどこ?と思い、地図で調べたら、なんと、新宿文化シネマがあった場所だった。
なつかしい。80年代90年代によく行ったところ。ここが閉館してシネマート新宿と角川シネマ新宿になったらしい。私がよく行っていた新宿文化シネマ2はシネマート新宿のスクリーン1の方だ。記録によると、シネマ1だった角川シネマ新宿のスクリーン1の方はトリュフォーの「終電車」などを見たようだが、2、3回しか行っていない。シネマ2の方は「ソフィーの選択」、「フランス軍中尉の女」、「1900年」など、記憶に残る映画を何本も見ていて、座席も記憶に残っているが、角川シネマになったシネマ1の座席はほとんど記憶にない。
それはともかく、新宿文化シネマの場所なら行きたい、と思い、「空海」通算13回目の鑑賞へ。
昔取った杵柄というか、新宿三丁目の改札を出てから映画館まで何も考えずにすっと行くことができた。何度も歩いた場所だ。ただ、歩道がこんなに狭かったっけ? 伊勢丹、相変わらずだねえ。松戸の伊勢丹は閉店しました(広い書籍売り場があったのに残念)。

さて、角川シネマ新宿の「空海」インターナショナル版だが、やはり音はかなり悪い。が、スクリーンが大きいので解像度が高いというか、細かいところがよく見える。小さいスクリーンだと細かいところがはっきり見えなくてストレスだったが、それが全部見える。長安の町に灯りがともっていくところなど、大画面だとやっぱり違う。大きなスクリーンは吹替え版以来だったが、やっぱりこの映画はこういうふうに見えなければ、ということを実感した。中国ではIMAX上映もあったそうで、大画面で見るべき映画なのだ。ほんと、行ってよかった。新宿文化シネマを思い出したおかげだ。

最初は映画を見たら、「東京やあ~」(「君の名は。」)のバスタ新宿へ行ってみようと思っていたのだが、まだ見ていない「ペンタゴン・ペーパーズ」とハシゴした方がいいかと思い、劇場を探す。最初に見た新宿と上野のTOHOは80席とか90席とかの狭いところ。こんなところでスピルバーグの新作を見られるか! と思い、日本橋を見たら、220席以上の広いところでやっている。日本橋は一番狭いところでも110席あって、大箱と中箱が多い。都心にいた頃から時々行っていたけれど、ここで見た映画は全部大きいスクリーンで見ている。上野と日比谷ができたら日本橋に客が来なくなるのでは、という予想があるのだけど、上野は狭いし日比谷もネット上の評判を見るとあまり行きたくない感じなので、日本橋にはぜひがんばってほしいものだ。

「空海」が終わってから「ペンタゴン・ペーパーズ」が始まるまで1時間ほどなので、地下鉄入口のファーストキッチンで腹ごしらえして、都営新宿線で岩本町に向かう。文京区に住んでいた頃は新宿は都営新宿線で行くことが多かったので、これも慣れた路線。岩本町からTOHO日本橋のある三越前までは徒歩15分くらいだけれど、ここから日本橋までの道もかつてはよく歩いた場所。以前よく入ったベローチェやかつやを横目で見ながらシネコンにたどりつく。なんかもう、この日は歩きなれたなつかしい場所めぐりみたいで楽しかった。文京区のマンションの屋上から見えていた三井の高層ビルの前に新しいビルが建設中で、もう文京区から三井のビルが見えないのだなあと思う(マンションの屋上だけでなく、高台になっている場所からも見えた)。

「ペンタゴン・ペーパーズ」は作劇としてはイマイチだし、人物描写も役者の演技に頼るだけで深みがないが、内容がいちいち今の日本にあてはまる。メリル・ストリープの新聞社社主やトム・ハンクスの編集主幹が大統領や政府要人と親しくて、「寿司友」みたいになっていたのだが、ハンクスが「新聞人が政治家と会食するべきではない」と言いだして、ああ、アメリカもこの頃まではマスコミが政治家と「寿司友」になってたのか、と思った。アメリカの記者はコーヒーが出ても飲まない、と言われていたが、最初からそうだったわけではないのだな。
政府が新聞に圧力をかけて記事を掲載させないようにする、という、民主主義国家では許されるべきではないことが行われていて、それと戦うために別の新聞が記事を載せようとする。予告編だとこのあたりで社主のストリープが苦悩するみたいな感じだったが、実際は男衆があたふたしているときに社主が鶴の一声で「やりましょう」と言い、その後も彼女がまったくブレない。この辺の人物描写が薄いといえば薄いのだが、彼女の行動を女性たちが讃えるシーンがいくつか登場し、ストリープが裁判所から出てきたあと、さまざまな人種の女性たちの中を通っていくシーンで、女性が行動する時代の始まりを表現している。

おまけ
これまで「空海」にはもれなく「蚤取り侍」の予告編がついてきて、阿部寛のイメージのギャップが激しいからやめて、と思っていたのだが、角川シネマ新宿では「蚤取り侍」の予告がなかった(上映予定がない)。が、「ペンタゴン・ペーパーズ」の前に出てきやがった「蚤取り侍」。しかし、今回の予告、猫が2匹増えたような気がするぞ。白い猫と黒い猫だ。

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三井の高層ビル、日本橋三井タワーというらしい。
以前住んでいたマンションの屋上から撮った写真(トリミング)。
真ん中が東大のビル、その向こうの高いビルが建設中だった淡路町の高層ビル、左が日本橋三井タワー。

2018年4月11日水曜日

「妖猫傳」(空海)とアーサー王伝説

前から気づいていたのだが、「空海」こと「妖猫傳」の阿倍仲麻呂の語りの部分がアーサー王伝説によく似ているように思えてしかたないのだ。
極楽の宴はキャメロット、玄宗はアーサー王、楊貴妃はグエネヴィア、仲麻呂はランスロット。ただし、ランスロットと違い、仲麻呂は片思い。
そして、玄宗に対して反乱を起こす安禄山はアーサーの息子モードレッド。
安禄山は映画では楊貴妃に横恋慕して反乱を起こすという、アーサーの父ウーサーのような役回りだが、夢枕獏の原作によると安禄山は楊貴妃の養子なのだという。もっとも、楊貴妃はまだ若いので、実質的には玄宗の養子のようなものではないかと思う。だからモードレッド。
アーサー王はモードレッドと相打ちになり、死ぬが、西の方角にある理想郷アヴァロンに行き、いつかまたよみがえる、と、伝説ではなっている(アーサーとキリストが重ねあわされている)。
一方、「妖猫傳」では楊貴妃がいつかよみがえると白龍が信じている。
というわけで、ぴったり一致ではないが、どうもアーサー王伝説が入ってるんじゃないかと思ってしまうのだ。
原作の「沙門空海~」はまだ2巻目に入ったところで、やっと空海と白楽天が出会ったところ(原作では空海の相棒は日本人)。が、1巻目にジョン・ブアマンの「エクスカリバー」に似たシーンがある。春琴が老婆になってしまうというシーンで、モードレッドの母モーガナ(若き日のヘレン・ミレン)が老婆になってしまうシーンを思い出した。

というわけで、火曜日はこれが最後かも、という気持ちで12回目の「空海」(インターナショナル版としては8回目)。TOHO船橋も金曜からはついに朝になってしまう。
さすがに12回目ともなるともう新しい発見はなく、好きなシーンを確認しながら、これが見納めかも、という気持ちで鑑賞。2か月近く楽しませてもらいました。12回の内3回はただで見てしまったのだが。
今後もいろいろな映画館で上映してくれれば、また見るチャンスもあるだろう。

「空海」はやっぱり、テンション高い白楽天のキャラと、白鶴兄弟が魅力的で、空海と白楽天、丹龍と白龍のコンビの外伝が見たいくらい。書庫のシーンで楊貴妃について熱く語る白楽天のわきで空海がやれやれという顔をしているところとか、キャラの魅力で見てしまう。そしてやっぱり猫。
阿倍仲麻呂の語り、「極楽の宴は楊貴妃の理想をあらわすものだ」とか、「大唐の象徴である楊貴妃は見捨てられようとしていた」とか、楊貴妃を毛沢東に置き換えるとよくわかる部分もあるけれど、そこまで行ってしまうと映画がつまらなくなる。もっと普遍的なことの象徴として見た方がいい。

さて、TOHO船橋のある南船橋はイケアやららぽーとや谷津干潟があって、映画の前や後に寄れる場所がいろいろあるのだけど、電車が少ないのが難(特に夜)。
で、火曜日は映画の前にまたまた谷津干潟へ。
まずは近所のハナミズキ。

ラムサール条約に登録されている谷津干潟だが、周囲はこのようにマンションなどが立ち並ぶ。


前回よりも鳥が多かった。

この前は干潟が全面的に水でおおわれていたが、今回は地面が出ているところもある。

この前はいなかったアオサギ。

カモメ。足に何かついている。

2018年4月8日日曜日

「空海」原作で肩を痛める。

映画「空海」原作、夢枕獏・著「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」徳間書店、2004年刊。

県立図書館で借りてきました。
市立図書館は予約多数で、しかも4巻なので、下手に全部予約すると3巻目と4巻目が先に来て、1巻目と2巻目はなかなか来ない、という羽目になるので、貸出中だけど予約が0だった県立図書館で予約。するとすぐに本が準備できましたというメールがあり、今日、取りに行ったのですが。。。

た、単行本だった。
厚くて重い本が4冊。
実は今日もまた「空海」インターナショナル版を見に行こうと思い、途中で図書館に立ち寄ったのです。
バッグに入れたらすごい重さ。図書館は自宅から徒歩15分くらいなので、引き返すわけにもいかず、しかたない、駅でコインロッカーに預けよう、と決意。
が、乗る駅までがまた徒歩15分。重いバッグを右手で持ってえっちらおっちら歩き、ようやく駅に到着。もう、ここでへとへと。しかもコインロッカーがどこにあるかわからない。
しかし、わりとすぐに見つかり、パスモが使えたので小銭もいらず(料金は300円)。
これで安心して、身軽になって電車に乗り、TOHO船橋へ。ここがまた駅から徒歩13分なので、預けないという選択肢はなかった。300円で本が4冊借りられたと思えばいい。

シネコンは前の記事と同じ場所で、ニオイが心配でしたが、今回はかすかににおう程度でした。かなり人が入っていて、しだいにポップコーンのニオイにまぎれてしまう。
「空海」インターナショナル版、ファーストデイの翌日だけはすいてましたが、あとはけっこう入ってます。他の映画館だと朝でも満席とか、ツイッターに出ている。
TOHO船橋は予約しない人が大多数のようで、予約する人も当日にならないとしないみたいなのですが、京葉線が強風で止まってしまうので、予約はけっこうリスクが高いのですね。金曜は帰りが強風でひどい目にあいましたが、土曜は昼間から運休だの遅れだのだったみたいです。

そんなわけで、今回はニオイも気にならず、中国語音声で映像もクリアできれいで、大満足でした。
吹替えのときは大きいスクリーンで映像きれいだけど吹替えが不満で、インターナショナル版だと音声は満足だけど映像がイマイチでしたが、このスクリーン(MX4D用)は大きくはないけど映像的にはかなりよいので、欲求不満が解消しました。
週末からはまた時間もスクリーンもかわる可能性があるので、どうなるかわからないけど、ここであと1回は見れるかな。

というわけで、ニオイもほとんど気にならず、音声も映像もベストな感じでしたが、見ているうちに背中が痛くなってきた。
あの重い本4冊を右手で持って徒歩15分がきいたのか、右の肩の下あたりを痛めてしまったようです。
原作は早速帰りにコーヒーショップで読み始めましたが、会話が多くて下の方が白いのでわりと速く読めそうです。

2018年4月6日金曜日

10回目の「空海」はニオイさえなければ最高だった。

木曜は「空海」インターナショナル版5回目、吹替えと通算9回目。
金曜はインターナショナル版6回目、吹替えと通算10回目。

金曜はTOHO新宿でインターナショナル版最終日。朝の回だけど横の長さが17メートル以上ある大スクリーンでの上映で、行きたかった。でも、早朝に起きて朝のラッシュにもまれて、というのが最大のネックで、行きませんでした。
そもそも吹替えを4回も見たのは、あの映像をとにかく大スクリーンで見たいと、横が12から13メートルくらいのスクリーンでやっているシネコンを探して見に行ったのです。
しかし、インターナショナル版が始まる頃には「空海」は回数も減り、スクリーンも小さいものばかりになり、インターナショナル版は定員100人前後のスクリーンばかり。中国語版はうれしいけど、映像はやはり吹替えを見た大スクリーンには劣る、という状態でした。
金曜のTOHO新宿はおそらくインターナショナル版が大スクリーンで見られる唯一の機会、これが最初で最後の機会であったと思われます(前の晩に新宿のホテルにでも泊まればよかったのか)。
角川シネマ新宿では明日の土曜日から1週間、定員300人のスクリーンで上映しますが、どうも古いタイプの映画館のようで、どの程度映像が期待できるのかわからず、思案中。
そんなわけで、このところ午後5時台にやっているTOHO船橋へ行っているわけですが、木曜と金曜でスクリーンが違いました。
木曜の方は横9メートルくらいのスクリーンで、これまでに見たインターナショナル版はだいたいこのサイズばかり。映像がどうしてもイマイチなんです。
そしてスクリーンがかわった金曜日。それはあの「ジュマンジ」などを上映するMX4Dのスクリーン。座席が揺れたり水が出てきたりニオイがしたりというやつ。
もちろん、「空海」では水が出てきたり座席が動いたりはしません。料金も通常料金。
まあ、空海や白龍が水に落ちると水がかかったり、白楽天が手すりをドンとやると座席がドンしたりというのも面白いかもしれませんが。
そして、スクリーンは少し大きめの横10メートル以上。
MX4Dの映画を見ることは絶対ないだろうけど(ああいうのは苦手)、館内を見るいい機会、と思って出かけました。
入ってまず、強いニオイに驚きます。これは前の映画で出たニオイなのか、それとも映画館の設備そのもののニオイなのかはわかりませんが、とにかくすごいニオイ。最後まで慣れることはありませんでした。
しかし、スクリーンはこれまでに見たインターナショナル版の中では最高によい。吹替えを見たスクリーンよりは小さいですが、画面が明るくて映像がくっきりとして、とてもきれい。吹替えで見た美しい映像が戻ってきた、そして音声は中国語! ニオイさえなければ最高の「空海」鑑賞。ニオイさえなければ毎日でも通いたい。ニオイさえなければ。。。
しかし、ニオイはものすごく強烈です(私はニオイに敏感な方なので)。
これに比べたら、他の客が食べているポップコーンのニオイなんか全然たいしたことではない。
というわけで、あの映像ならまた見たい、と思いますが、ニオイを思い出すと躊躇してしまう。
あと、映画が終わった直後に椅子がドンとなるんですね。「空海」のような映画で最後に椅子ドンはやめてほしい。
というわけで、MX4Dの片鱗をちょっとだけ味わった感じです。

8回目にして初めて、最後に白楽天が捨てたのは筆だと気づいた私ですが、9回目にして初めて猫が左の後ろ足をけがしている理由がわかりました(遅すぎる)。
どうも後半になると、猫が足を1本けがしてるということを忘れてしまうようです。それだけほかのことを夢中で見てるということなんですが。
後半、白龍が楊貴妃に針を刺すのをやめさせようとしたとき、師匠の黄鶴が白龍の左足のひざのところを棒で殴るのですね。ナンシー・ケリガンがトーニャ・ハーディングの用心棒の雇った男にやられたような感じ?
で、10回目は猫が足をけがしているような歩き方をしているかどうか見てましたが、してません。
どう見てもけがなんかしてない。猫無双。
「アバター」みたいに、別の生き物の中に入ったら足が治るんじゃないかい?
それはともかく、この映画、どのシーンも意味があってむだがない。
内容的にはやはり「さらば、わが愛」の四半世紀後の答えみたいなところがあって、悲劇だけど、悲劇を乗り越えて先へ進む空海と白楽天の希望が描かれている。
エンドロールのRADWIMPSの「マウンテン・トップ」がまた、映画の内容によく合っていて、確かにこれは猫のことを言っている、というのもうなずける。
歌の最後に「自分の信じた道を行け。子孫たちに言えるのは今はこれだけ。あとは自分自身で決めればいい」というの、チェン・カイコーの思いそのものではないかと思った。
信じたことが間違っていることもある。あとになって思い返せばいろいろ間違いもあった。でも、そのときは信じたことだったのだ。だから、若い人たちは信じる道を行け、と監督は言っているように思えました。つか、それを歌にした野田洋次郎さすが。要求の多い新海誠にさんざん駄目出しされて苦労したのも役に立ったのでしょう。

個人的にはクライマックスで丹龍が猫と空海と白楽天に極楽の宴の幻を見せるところ、そしてそこからラストまでが最高に好きなのだけど、あの輝ける日々はもう戻ってこないけれど、前を向いて希望を持って生きよう、というメッセージが伝わってくる。
それを踏まえて、阿倍仲麻呂の語る極楽の宴のシーンを見ると、ここでは誰も彼もが幸せそうな表情をしている。それが仲麻呂が楊貴妃に会いに行くあたりから暗い影が差してくる。幸福な宴の陰に暗い運命が待ち受けている。
楊貴妃の墓と桜の木が咲いている山の洞窟の位置関係がよくわからないのだが、それはよい。
あと、長安の町に灯りがついていくシーンはやはり大画面がよかったな。

おまけ。
金曜はものすごい強風で、南船橋の駅に着いたら京葉線が不通に近い状態で、なかなか電車動かず、やっと動いたら徐行運転。行先変更もあって、ずいぶんと時間がかかった。京葉線が風に弱いのは知っていたが、なかなか大変だった。