2023年1月31日火曜日

「バリー・リンドン」4Kブルーレイ

 国立映画アーカイブで見た「バリー・リンドン」は退色がかなり気になったので、クライテリオン・シリーズの4Kブルーレイをアマゾンで購入。が、コンビニ受取にしていたのですぐに受取に行かず、1週間近くたって受取。その上、手に入れてもすぐに開けず、1週間以上たった今日、やっと開けて見てみました。


3時間もあるので全部見るわけにもいかず、チャプタースキップしながら拾い見しましたが、期待に違わず映像がきれい。特にフィルム上映で退色が気になった赤と青が4Kで鮮やかによみがえり、イギリス軍の赤い軍服をはじめ、至るところで美しい赤がよみがえっています。

青についていえば、バリーとノーラがトランプをしているシーン、背景のブルーが昔の記憶どおりだった。そして、クライマックスの決闘シーン。ここは青の色調で撮られていて、バリーの青い服と、壁の細長い窓からもれる青い光が記憶どおりによみがえっています。

ああ、やっと。

もちろん、フィルムのよさはあるのでしょうが、色があまりに記憶と違いすぎた。

国立映画アーカイブの上映では2か所、音楽がゆがんでいる箇所がありましたが、もちろん、ブルーレイではありません。映画館で見たときも記憶にないので、あれはあのフィルムだけの問題なのでしょう。

ディスクは本編と特典映像の2枚組、そして、50ページほどの立派な小冊子もついています。高かったけど、その価値はあった。

今、「テス」の4Kが映画館で上映されていますが、ほとんどの映画館が2Kの上映で、関東だと4Kは横須賀と、埼玉県の川越の近くでしかやらない。それならブルーレイで見た方が、と思ってしまうのですが、日本で出ているブルーレイのほかに、「バリー・リンドン」と同じクライテリオンから出てるのがあって、こっちの方が充実してそう。でもまあ、「テス」はブルーレイ持っていたいほどの映画ではないので。

追記

「バリー・リンドン」は昔見たときにほとんど全部わかってしまって、あとから見て新しい発見はあまりない、と以前、書きましたが、今回、国立映画アーカイブとブルーレイで新たにわかったことが2つ。

1つは、ライアン・オニールとレオン・ヴィタリが左利きだということ。これはもともと俳優がそうなのか、役がそういう設定なのかはわかりません。オニールは他の映画見ればわかると思うけど。決闘シーン、右利きだと映像が左右反転のような感じになると思うので、これはもしかして重要かも。

もう1つは、ピエール・フルニエのヴィヴァルディの演奏が使われていたということ。昔、映画館で見た頃はクラシックのアーティストに疎くて、フルニエの名は知りませんでした。

ある日の朝食

 ある日の、といっても昨日の朝ですが、10個パックの卵の中にひときわ大きいのがあったので、それを割ってみたら、双子でした。


テーブルに移してカメラの用意をしているうちに黄身が流れ出してしまった。

今、卵は鳥インフルエンザの影響でところによっては品薄、値段も上がっているようですが、これは10個189円の特売でした。

去年の夏くらいまでは10個198円が多かったと思うのですが、今はたいていのスーパーでは200円以上。

去年の春にできた新しいスーパーが毎日、卵10個98円で、1人1パック限りだったのでいつも在庫があって、必ずそこで買っていました。

それが秋頃から128円になり、それから148円になり、168円になり、今は178円です(それでも安い)。

うちの方は卵が品切れということはないですが、以前に比べたら店頭在庫が少なくなってます。やはり鳥インフル。

で、今回の双子の卵があった10個189円の卵は別のスーパー。ここはいつもは10個198円、今は200円超えてるかな、という感じですが、以前から時々特売をしていて、前は10個168円とかよくやっていました。そんなわけで、いつも安いスーパーの卵が10個178円になったときは、こっちのスーパーの特売と変わらなくなってしまったから、こっちで安かったら買おう、と思いつつ、なかなかタイミングが。

というのも、私は卵は毎朝納豆卵かけごはんにして食べるだけなので、卵はいつも賞味期限がぎりぎり。せっかく特売になっていても冷蔵庫に卵がいくつもあると買えない。

が、今回はたまたま卵を買いたいときにこちらのスーパーで10個189円の特売だったので買いました。このスーパーの卵は前からよいとわかっていたけど、確かにあっちの常時安いスーパーの178円よりよい卵です。翌日行ったら209円だったので、これが正規の値段のよう。

しかし双子の卵を見たのは久しぶりというか、子どものときに見て以来です。

常時安い方のスーパーの卵も、あの値段にしてはよい卵です。ただ、大きさや黄身の色にかなりのばらつきがあります。

2023年1月29日日曜日

「イニシェリン島の精霊」(ネタバレ大有り)

 「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督の新作「イニシェリン島の精霊」を見てきた。


前作と同じようなテーマとモチーフで、この監督のこだわりが見てとれるが、前作に比べるとグレードが下がった感じは否めない。

舞台は1923年のアイルランドの架空の島、イニシェリン島。すぐそばの本土では内戦が起こっているが、島は平和そのもののよう。

ここに暮らす朴訥な牛飼いパードリックは長年の親友コルムから突然、絶交を言い渡される。理由は、毎日パブでパードリックの無駄話を聞くことに嫌気がさし、かわりに作曲などの有意義なことをしたくなったから。

老フィドル奏者であるコルムと、パードリックの読書好きな妹は明らかにインテリで、無教養で頭もあまりよくなく、ただ、いい人なだけが取り柄のパードリックはコルムの言うことが理解できない。

コルムは、自分に話しかけたらフィドルの弦を押さえる自分の左手の指を切ると脅すのだが、この脅しが全然効いてない。だからパードリックはどんどん墓穴を掘り、コルムは指を失う。

前半はこのコルムとパードリックのどうしようもない意思疎通のなさがいろいろと考えさせられる。

私自身はどうしようもなくコルムや妹の側の人間なので、パードリックのような人を見ると、ああ、こういう人には何を言ってもむだだね、と思う。言っても理解してくれない、理解できないので、かえってまずいことになる。この映画のコルムはそれがわかってない。わかってないので、彼が理解することを期待する。そして、パードリックとの会話の中でこれまでなかったようなレベルの高い言葉のやりとりができると、それでうれしくなる。が、そのあと、それをぶちこわすようなことをパードリックが言ったりやったりして、状況はどんどん悪化していく。

この悪化していくところが「スリー・ビルボード」と似た展開。

後半になると、今度はパードリックがコルムに対して怒りを燃やし、いい人をやめてしまう。やや知的障害がありそうな若い友人ドミニクから、悪い人になったと言われてしまう。いい人をやめたパードリックは前半よりも賢くなったように見える。いい人は頭の悪そうな人、なのだ。

いい人は忘れられるが、音楽は残る、とコルムは言い、それでパードリックとのつきあいをやめて音楽に専念しようとしたのだが、残る音楽というものは膨大な量の音楽のごく一部にすぎない。コルムの考えもインテリの浅はかな考えにすぎない。

以下ネタバレ。

パードリックの妹は本土の図書館の仕事を得て、島を出ていく。その前後にパードリックとコルムの対立から生じた凄惨な事件がいくつかあり、そして、ドミニクが死ぬ。誰かが死ぬという予言を老婆(精霊?)がしていたのだが、この死の意味はよくわからない。ただ、妹が兄に、牛の世話はドミニクに任せてあなたも本土に来なさいと言っていたのが、ドミニクが死んでそれができなくなる。

アイルランドの島の風景は美しいし、映画としては十分面白いのだが、前作に比べるとグレードが落ちたと感じるのは、映画に描かれるテーマやモチーフが、前作は普遍的なメタファーだったのに、この映画ではそれはアイルランドのメタファーという、狭いモチーフになってしまっているからだ。

イニシェリン島がアイルランドのメタファーなのは明らかで、保守的で変化のない退屈な世界というのはアイルランドについてよく言われる批判だ。

コルムのパードリックへの絶交宣言がもとで争いがどんどん悪い方向に行くのも、1923年当時のアイルランドの内戦を表しているのだろう。

そして、決して外へ出ていくことのないパードリックの現実も、アイルランドを表しているのかもしれない。

このあたりがアイルランドを超えた普遍的なところにまでは達していない、むしろ、アイルランドを描くということに徹している感じがする。それがねらいなので、普遍性を求めるのは無理なのだが、その分、「スリー・ビルボード」のようなすごさはなくなったと感じる。

VFXで指を切断した手を表現しているが、こんなにはっきり何度も見せる必要があったのだろうか。影で見せているシーンもあるが、こういう表現の方がよかった気もする。技術が発達したからといって、なんでもはっきり見せる必要があるのか? この辺の表現も疑問に思った。

2023年1月27日金曜日

2日連続上野動物園

 年間パスポートを買ったので、また出かけた上野動物園。水曜は寒くて公園も動物園も閑散としていたのに、木曜は気温が上がって、人が多かった。

母子観覧も水曜は30分待ちで3時15分締切だったのが、木曜は40分待ちで3時締切。実際に並んだときは50分待ちになっていた(実際はもう少し短かった気がする)。


まずは庭で食事中のリーリー。水曜よりは早く出たのだけど電車が遅れ、庭リーリーを少し見ただけで母子観覧の締切が近づき、急いで並びに行く。



並んでいる間に見えたもの。ウサギ年にちなんだ展示と、外から見えた部屋の中のリーリー。



母子観覧、最初に見えたのは庭で寝ているシャオシャオ。


室内ではシンシンとレイレイが食事中。




微動だにせず寝ているシャオシャオ。



外からも見えるので見ていたら、動いた。



部屋リーリーに向かう。外から見えたリーリー。


夕方にはリーリーはこの部屋ですごす。


しかし、来週からはこの部屋と隣の部屋は母子が使うので、リーリーはシンシンの部屋に移る。この部屋のリーリーはしばらく見られなくなる。


来週からは母子は部屋のみ公開で、庭に出たところは見られなくなる。その後、双子は親離れするので、母子が庭ですごすのを見られるのは日曜までなのです。しかも、母子が庭ですごすのは圧倒的に朝で、私が行く午後はあまりないと思うのだけど、水曜は幸運にも母子が庭にいる風景を見られた。ラッキーだったんだけど、ここで運を使い果たしたらしく、木曜発表のシャンシャン抽選は全滅でした。

シャンシャンは木曜は朝は結露がなかったけれど、時間がたつにつれて結露していったみたいで、遅い時刻だと結露は避けられないようです。

出口近くにある、シャンシャンをもとにした竹のオブジェ。イルミネーションがついている(水曜はまだイルミネーションはなかった)。


2023年1月26日木曜日

シャンシャン大結露

 水曜日はシャンシャン抽選に当たったので、2か月半ぶりに上野動物園へ。西洋美術館もかなり長いこと行っていない。



まずはパンダのもりへ。東園から西園へ行く途中にシャンシャンの写真が。





母子観覧に並ぶ。来週から母子は室内のみになるので、庭の母子を見たいな、と思ったが、それには朝に来ないと無理だろうと思った。リーリーの庭の前を列が通るので、庭にいたリーリーが見えた。





シンシン、シャオシャオ、レイレイは室内で寝てるかな、と思ったら、庭で起きていた。途中でシャオシャオが離れて行ってしまう。





庭だとかなり広いエリアから見られるので、大満足。そして、観覧区域を出てもまだ見えた。シャオシャオが戻ってくる。


レッサーパンダ母子がじゃれあう。


リーリーは部屋に入っていたが、前を向いてくれていた。


そして、中国渡航のための検疫期間に入ったシャンシャンは、先週末から抽選。なんとか当たって、入ってみると、この結露。でも、部屋の前に来たときは寝ていて、次の瞬間、起きて、あくびしたり、かいかいしたりして、櫓から降りた。とてもラッキーなのに、この結露。



写真だとうまく写らないので動画で撮り、そこから静止画像を切り取ってますが、動いているとまだシャンシャンが見えるのだけど、静止画になると結露でよく見えない。肉眼が一番よく見えたというか、肉眼だと頭の中で結露が消されてシャンシャンが脳裏に焼き付くようになっているような気がする。カメラだと正直に結露を全部写す。

櫓から降りたあと、飼育員さんを呼ぶみたいに、しばらくドアの窓を見ていたが、その後、食事。



抽選になってからシャンシャンの部屋が結露するという話は聞いていたけれど、この日の結露はこれまでで一番ひどかったらしい。

この庭にシャンシャンが出ることはもうない。ハンモックのシャンシャンを一度も見られなかったのが心残り。


さるやまキッチンのプロジェクターもシャンシャン。


上野動物園のパンダの歴史の展示がありました。



とりあえず、5頭全員起きていて顔が見られたし、庭の母子が見られたので、かなり幸運ではありました。

2023年1月21日土曜日

「ノースマン」&「エンドロールのつづき」

 金曜日は「ノースマン 導かれし復讐者」と「エンドロールのつづき」をハシゴ。どちらもイマイチだったので疲れた。

「ノースマン」は流山おおたかの森で。



シェイクスピアの「ハムレット」の元ネタの話を、北欧神話や「コナン・ザ・グレード」で味付けした映画で、「ライトハウス」の監督の新作、ということで、一応チェックしておかねばと思い、見に行った。

シェイクスピアの劇はほとんど元ネタがあるが、「ハムレット」の元ネタの内容は知らないので、どの程度元ネタに忠実なのかはわからない。バリバリの北欧神話になっていて、ワルキューレまで出てくる。「エクスカリバー」みたいなシーンもある(ジョン・ブアマンは「エクスカリバー」でワーグナーの音楽をふんだんに使い、北欧神話の「ニーベルングの指環」の音楽をテーマ曲にした)。

映像は「ライトハウス」と同じようになかなかに渋く、グロも多い。野蛮な時代の野蛮な人々の蛮行が描かれる。

王が弟に殺され、王妃が弟の妻にされ、息子の王子が復讐するというところは「ハムレット」と同じだが、他の人物は全然違うし、ストーリーもシェイクスピアとは全然違う。

冒頭、王妃が王に寝室へ行こうと誘いをかけるのを王が断ってしまうシーンがあって、この夫婦、仮面夫婦かな、と思ったら、後半、(以下ネタバレ)王妃はもともとは奴隷で、レイプされて息子を生み、それで王妃になったので、夫の弟の方が好きで、夫を殺すよう頼んだのだ、とわかる。まあ「ハムレット」でも王妃は夫の弟の方が好きだったことはありうるなと思うが。とはいっても、このあたり、人間描写はかなり雑。

女王の出現を暗示するあたりは「グリーン・ナイト」と共通する。

「エンドロールのつづき」は柏の葉で。



これ、英語タイトルは「ラスト・フィルム・ショー」で、こっちの方が断然いいタイトルだ。

話の展開がちょっと雑というか、スムーズでないのが難点だが、インドの片田舎に住む少年が映画に魅せられ、身近にあるもので光や映像のことを知り、やがて倉庫にあったフィルムを盗んで、身近なもので映写機を作って上映する。映画館の映写技師に母親の作るお弁当を持っていって、かわりに映写室から映画を見せてもらったり、映写について教えてもらったりする。切れたフィルムをつなぐこと、映写機にフィルムをかけること。フィルムであるということがとても重要で、フィルムでなければ成立しない物語。

(以下ネタバレ)やがて映画はフィルムからデジタルになり、映写技師は仕事を失い、映写機は鉄くずにされて溶鉱炉で溶かされ、スプーンになる。フィルムも溶かされてプラスチックの腕輪になる。映画を学ぶために故郷を離れることになった少年が列車に乗ると、女性たちが色とりどりのプラスチックの腕輪をしている。そこに映画人の面影を見る少年。

「ニューシネマ・パラダイス」のたくさんのキスシーンをつなげることも、フィルムだからできたこと。フィルムだから、アナログだからできること、わかること、学べることを、この映画は伝えている。そこが気に入った。だからタイトルは「ラスト・フィルム・ショー」の方がいい。

2023年1月18日水曜日

ごろごろチキンの濃厚カルボナーラ

 松屋の新メニュー、ごろごろチキンの濃厚カルボナーラ。


スパゲッティではありません。チキン料理です。(写真では湯気が出ているけど、ものすごくぬるかったです。)

780円もするので、普通ならパス、だけど、以前、松屋で大人気だったジョージア料理シュクメルリの再来だというので、食べてみたいと思いました。(追記参照)

最初に行ったのは都心の山手線の某駅のすぐそばの店。例の評判の悪い、わかりにくい券売機でこれを探すのですが、見つかりません。

店の入口そばにはこのメニューの大きなバナーが下がっているので、店員に聞いてみます。

「ごろごろチキンの濃厚カルボナーラはないんですか?」

「ありますよ」

「券売機で買えないんですけど」

「メニューにあるはずです」

そういうと、店員は奥に姿を消してしまいました。

もう一度券売機に向い、すべてのカテゴリーを押してみますが、出てきません。そのうち後ろにお客さんが来たので、あきらめて帰りました。

自宅に帰ったあと、松屋に苦情を入れようとしたら、なんと、この店が検索で出てこない。

検索で出てこないと店名を書けない仕組み。

でも、店舗検索ではしっかり出てくる。お問い合わせのところだけ出てこない。

なにかの怪談ですか?

数日後、別の店へ行ってみます。確かに券売機の期間限定でありました(前の店は期間限定にもなかった)。

やっと食べられる!

しかし、その味は……。

シュクメルリとは似ても似つかない。

松屋のシュクメルリは鍋だったので、熱々でした。が、ごろチキカルボナーラは全然熱くない。ものすごくぬるい。味もかつてのシュクメルリの味とは似ていない。

ニンニクがたっぷりだからシュクメルリと言われてるみたいだけど、チーズがね。チーズの味がしない。

シュクメルリはニンニクとチーズです。チーズ重要。

これがシュクメルリの再来って、ジョージアに失礼だろう。

でもまあ、シュクメルリの再来でなくてもおいしければいいのですが、まずい。

ぬるいのがまずい最大の理由だけど、熱くてもあまりおいしくないような気がする。

ニンニクのきいたカルボナーラソースにチキンとベーコンが入っているのですが、シュクメルリはなにげにサツマイモがよかったんだ、と納得。

780円でこのまずさ、正直、後悔しましたが、食べてみないとわからないので、一度はしかたないでしょう。リピートはない。

ネットでは、まずいとまでは書いていないけれど、期待はずれ、ごろごろチキンカレーがなつかしい、あれをやめてなぜこれを、という意見があるようです。

私もごろごろチキンカレーが好きだったのですが、このごろごろチキンカレーもある時期からぬるくなって、前ほどおいしくなくなってました。

松屋は1月からカレーをリニューアルしていますが、去年の暮、ごろチキカレーを食べようとしたらカレーが全部売り切れだったことがあった。

ああ、もう食べられないのかな、と思ったら、大晦日に食べることができました。

例によってぬるかったけど、ルーがやたら多かったです。近くに座った人もごろチキカレーを食べていて、終わってしまうから食べに来た人、けっこういたのかもしれない。

追記

シュクメルリの再来、というのはごく一部の人が書いているだけで、松屋がそう言っているのではありません。

検索すると、やはりぬるいという感想がありました。その人はカルボナーラとしてもあまりよくないみたいなことを書いていました。