2023年10月29日日曜日

「映画芸術」館内閲覧

 県立図書館では郷土資料になっているので、館内閲覧のみの「映画芸術」(「福田村事件」特集)。所蔵館が別の図書館なので、近所の図書館に取り寄せてもらい、18日に読みにいったが、あまりの量の多さに半分ほどしか読めず。29日まで取り置きしておいてくれるので、28日に残りを読みに行った。


残りとはいっても全部ではなく、気になっていたところを読み、これで閲覧終了。

「福田村事件」はパンフレットもこの「映画芸術」も、映画に対する批判的な意見もきちんと載せているのがえらいのだが、「映画芸術」では特にコムアイのインタビューがよかった。

このコムアイの視点は、パンフレットにはなかったものだと思う。

4ページにわたるインタビュー、コピーをとってもよかったのだけど、以前、某市の図書館でコピーをとったら、なんかいろいろ書類を書かされた上、とったコピーまでいちいち確認されて、非常に面倒だったので(しかも私が書いたところコピーしたのに)、著作権の関係もあってうるさいのだろうと思い、古いガラケーのカメラで撮影。このガラケー、もう使えないけど、カメラは非常に優秀で、デジカメ持たないときはこれを持っていく。

このコムアイのインタビューで注目すべきなのは、虐殺を止めようとした人が何人もいたのに、なぜ止められなかったかについて。

朝鮮人を虐殺から救った日本人の美談は、辻野弥生の本にも書かれているが、彼らはみな命がけだったそうだ。辻野の本にも、2人の警察官が、「自分を殺してからやれ」と言ったと書いてあるが、自分が殺されても守る、というくらいでないとだめなのだ。この2人の警察官以外でも、朝鮮人を守った人たちはみな、命がけだったという。

コムアイは、自分も、自分が演じた女性も、そこまではできない、と言っている。

また、タイトルを「福田村事件」としてしまうことで、あれは福田村だけの話と思われるのではないかという危惧も述べている。



写真を撮るときの押さえに使ったのは「哀れなるものたち」。1月に映画公開とのことで、ハヤカワ文庫が出たけど、各地の図書館では以前に出た単行本がたくさん眠っている。これも地元の図書館の書庫にあったものを予約で借り出してきた。2008年に出版されたときはよく借りられたようで、汚れがかなり目立つのだけど、その後は借りられず、書庫行きだったみたい。

で、早川書房は来年1月に、クリストファー・ノーランの「オッペンハイマー」の原作を文庫化する。これはPHPから単行本が2007年に出たのだけど、翻訳に問題が多かったらしい。そこで早川では映画化の話が伝わったときから文庫化権を手に入れて、専門家をつけて改訳したようだ。だから来年1月に出る文庫を読んだ方がいいのだろうが、とりあえず、これまた各地の図書館に眠っている単行本を予約しました。

1月に文庫が出るってことは、来年2月か3月に映画公開では?と思うのだけど、早川では、それは関係ありません、との答えとか。まあ、情報が入ってても言わないよね。

普通に考えたら、アカデミー賞の時期に公開が一番いいわけで。

「オッペンハイマー」がなんでまだ公開されないかっていうと、私はお金の問題だと思うよ。

世界的大ヒット作だから上映権料が高いと思うが、日本じゃそれほどのヒットは望めない。アカデミー賞でも取ってくれれば少しはいいかも、という程度。

で、上映権料というのは、時間がたつと安くなるのだと思う。

あと、本国からIMAX劇場の確保の条件が出ているからでは、というのをネットでちらっと読んだが、日本でも映画館で見たいという人の中には、IMAXで核爆発の大迫力が見たいという人がいるんですわ。

実際、ノーランがなんでIMAXで作ったかって、そりゃ、核爆発の大迫力をIMAXで見せたいというのがあるでしょ、絶対。

「福田村事件」みたいにミニシアター中心で小さな画面で、という映画じゃないのよ。

そして、マスコミの一部がいくら「オッペハイマー」は日本人が見るべき映画だとか、日本で公開されないことを問題にしても、9月1日に「福田村事件」が出てしまうと、日本人が見るべき映画は「福田村事件」だとわかってしまったのだ。

「福田村事件」を見た人の中に、「日本人による日本人のための映画」と言った人がいたと聞いて、うん、たしかに、そして、その言い方で言うと、「オッペンハイマー」は英米人による英米人のための映画、なのでしょう。(ついでに言うと、日本の原爆被害を描くと、それなら日本軍の虐殺などを同時に描かなければつり合いがとれない、という、例のスミソニアン博物館と同じことが出てくる。「オッペンハイマー」で南京大虐殺も描けという話になってくる。)

「福田村事件」の関係者は韓国での上映を希望し、釜山映画祭に出品して受賞もしたが、「オッペンハイマー」の関係者は日本人に見てほしいとはさほど思ってないだろう。そして、日本でも、「オッペンハイマー」反対運動みたいなのは全然起きていない。

当初から私は、「オッペンハイマー」が日本公開されないでいるのは問題みたいな記事に違和感を感じてきた。しかも、どこが問題なのか記事は明らかにしない。単に「公開してほしい、日本人が見るべき映画」みたいな素人の感想。そこへ来て「バービー」騒動。もともと、私は時間がかかっても公開されると思っていたし、遅れているのは大人の事情で、別に政治社会の問題じゃないと思っている。実際、「福田村事件」が出てからは「オッペンハイマー」の話は下火になっていたが、ハヤカワ文庫出版予告でまたいろいろ出てくるんだろうけど、素人の感想しか出てこないんではね。まあ、事情を暴露、とか日本じゃまずやらないだろうから。

県立図書館のあと、近くの公園へ。コキアに夕方の斜めの光がさして、いい感じ。


今週末と来週末はイベントがあり、キッチンカーも出ていた。


離れたところのシラサギもこのくらい撮れてしまう優秀なガラケーのカメラ。


「哀れなるものたち」読み始めてますが、もろ、あの監督の世界。さっさと読まないと1000ページの「オッペンハイマー」が来る。

2023年10月27日金曜日

「アル中女の肖像」

 ウルリケ・オッティンガーの三部作、「アル中女の肖像」を見てきた。これで3作すべて鑑賞。

金曜と土曜に作品が入れ替わるので、先日とはポスターが代わっていた。



「アル中女の肖像」は、ベルリンへやってきた裕福な女性がしだいに酒に溺れていく様子を描く。タベア・ブルーメンシャイン演じる女性がファッションショーのように華麗な衣装を次々と着て、最初は全然アル中じゃないのだが、だんだんアル中になっていって、衣装も乱れていく。途中でホームレスのおばさんと仲良くなり、2人で飲み歩くのだが、このコンビがまるでドン・キホーテとサンチョパンサのよう。が、若い女主人公の方がどんどん酩酊状態になって、最後は、という、これまで見た中では一番わかりやすい。

「フリーク・オルランド」、「タブロイド紙が映したドリアン・グレイ」と、英文学がらみだったけれど、今回は「マイ・フェア・レディ」の「君住む街で」のドイツ語の替え歌を歌う女性が出てきたり、モビー・ディックという名の鯨のような形の船が登場したり(船からはすぐにおろされてしまう)。

飲酒について議論する3人の女性がコーラスのように登場し、その中の1人が「~オルランド」の主役で「~ドリアン・グレイ」にも出ていたマグダレーナ・モンテツマ。

3作ともに女性が男装するのだけど、その男装の麗人の姿をはじめ、当時のヨーロッパ映画にあったデカダンな雰囲気が映像にあふれている。

ドリアン・グレイを演じたヴェルーシュカ・フォン・レーンドルフは名前から女性だろうと思っていたが、映画を見ると、肩から腕にかけて筋肉質で、男女どっち?と思ってしまったが、女性だった。アントニオーニの「欲望」に本人役で出演、スティングとジェニファー・ビールスの「ブライド」やダニエル・クレイグの「カジノ・ロワイヤル」にも出てたのだそうだ(全部見てる)。

3本全部出ているモンテツマや、「アル中女の肖像」に出てるニナ・ハーゲンとか、ずっと以前から名前は知っていた女優たちだけど、どこで知ったのだろう。

なんにしろ、私好みの世界で、3作とも楽しめた。

追記

ニナ・ハーゲンは歌手で、「君住む街で」の替え歌を歌っていた人だった。歌手で有名だったから知っていたのだろう。モンテツマはドイツ語のタイトルくらいしか出てこなくて困ったが、「フリーク・オルランド」が初公開されたときに名前を覚えたのかもしれない。

2023年10月26日木曜日

仕事前に上野動物園

 23日は月曜だけれど、この日は開園の上野動物園。月曜は午後仕事だけど、その前に少し立ち寄ってみた。

この2つ、見たいのだけど、入場料が高いのよね。



年間パスポートでお金のかからない上野動物園へ。


久々、象母子。アルンは牙が長くなったな。


アビシニアコロブスの4頭の赤ちゃんのうち、3頭を確認。売店側の檻に2頭、サル山側の檻に2頭いて、サル山側は9月14日と16日にあいついで生まれたせいか仲がいい。


売店側は10日と28日に生まれた。こちらは29日に見たときは2頭見られたけれど、今回は1頭しか見えなかった(親が見えないようにしていたのかも)。


月曜とはいえ、学校は運動会の代休が多いので、かなり混んでいた。幼稚園児の遠足も多数。パンダのもり、リーリーとシンシンはすいているとのことで中に入ったら、シンシンは庭の奥にいて姿が見えにくいというので、まずリーリーを。


そのあと、双子に並ぶ。ちょうどお昼頃で、双子は茂みの奥で寝ていてよく見えないらしく、列も40分待ちと比較的短い。途中でリーリーがばっちり見える(ズームです)。


双子、並んでいる途中で、シャオシャオの横顔が一瞬、はっきり見えたのだけど、カメラの準備をしていなかった。庭の前に来てもほとんど見えない。シャオシャオの緑の線が見えたのと、シャオシャオの左側、薄茶色のふわふわしたのがレイレイかな?と思っただけで終わり。この時間帯はだめです。



シンシンとリーリーの方へ行くと、シンシンはぐっすり。リーリーは絶賛お食事中。そのあと、寝ました。




ハシビロコウ。手前に1羽と、向こう側の放飼場にもう1羽。向こう側のはあちらから見たときは後ろ姿だったので、こっちにまわって顔を見られた。



ツーショット。


このあと借りていた「月」を返しに根津の図書館へ行ったら(根津はパンダのもりに一番近い駅)、臨時休館になっていた。返却ポストに入れればいいので別によかったが、開いていると思って来たのにがっかりした人たちがいた。文京区の図書館は月に1度が休館日で、ここは先週月曜が正規の休館日だったのだ。

2023年10月24日火曜日

「タブロイド紙が映したドリアン・グレイ」

 「フリーク・オルランド」に続いて、ウルリケ・オッティンガー監督のベルリン三部作の1編、「タブロイド紙が映したドリアン・グレイ」。



オスカー・ワイルドの原作は、美青年ドリアン・グレイは年をとらないけれど、肖像画が醜く老いていくという話。が、映画はそのモチーフは全然使っていない。

デルフィーヌ・セイリグ演じるタブロイド紙の元締めみたいな女性、マブゼ博士がタブロイド紙の売上向上のために美青年ドリアン・グレイのスキャンダルを掲載することにする、という設定で、最初に世界のいろいろなタブロイド紙が登場して、日本の代表は「夕刊フジ」。

とはいっても、特にストーリーがあるわけではなく、オペラのシーンがえんえんと続くと思えば、マブゼとドリアン・グレイがいろいろな情景を見たりと、いろいろ。

「フリーク・オルランド」は5つの時代を旅するという設定で、わりと描いているものがわかりやすかったが、こちらはこのエピソードにどういう意味があるのかとかさっぱりわからない。ただ、映像は相変わらずユニークでカラフル。

セイリグの衣装の肩にトランシーバーのアンテナがあって、通信があると肩が光るとか、ブラウン管がいくつも並んだ部屋とか、製作された時代のSFチックな映像が今見るとキッチュな感じ。というか、製作は1984年なので、それよりも前の時代のSFチックなのだが。ブラウン管の映像もモノクロで、60年代かな、と思う。

キャストやスタッフを示す文字も当時のSF映画のコンピューター文字みたいな感じで、SFっぽさを出しているのだろう。古代や中世を感じさせた「フリーク・オルラント」に対して、SFっぽい世界ということかもしれないけれど、SFっぽいところはどうしても古びて見える。一方、地下水道をビニールの舟が行くシーンとかは神話的世界のパロディのようだ。

2023年10月22日日曜日

「フリーク・オルランド」

 初公開時に見逃していて、気になっていた「フリーク・オルランド」がリバイバル。

ヴァージニア・ウルフの小説やサリー・ポッターの映画化はあまり好きではなかったけれど、こちらは奇想に満ちた私好みの映画っぽいので、気になっていた。

40年以上前の映画なのに、映像はきれい。予想どおりのキッチュな世界で、カラフルな衣装が美しい。

主人公のオルランドは原作とは違い、女から男になり、また女になる。他の人物も女にひげが生えたり男性器がついてしまったり、老いた男性たちが女性化したりと、トランスジェンダーというよりは肉体が勝手に変化してしまう感じ。アーシュラ・K・ル・グインの「闇の左手」の両性具有に近いかもしれない。

オルランドは神話の時代から現代まで5つの時代を生きるが、真ん中のナチスの暗喩みたいなのはわかったけれど、他はドイツにとってどういう時代なのかイマイチ不明。最後のブサイク・コンテストは風刺に満ちているが、ポリコレ的にはけっこうやばいのでは、と思わなくもない。今なら描けただろうか?

全体としてとても満足したので、同じ監督の他の2作もぜひ見たい。




このベルリン三部作は壁崩壊前のベルリンで撮影されたそうで、その辺もわかる人だと面白いのだろうなあ。

上の真ん中の写真、オンエアとは放送中という意味ではないのだろうか?

2023年10月20日金曜日

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」原作と映画(ネタバレあり)

 初日に「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」へ行ってきました。

「翔んで埼玉」続編のポスターがずらり。


そして


原作は映画を見る前になんとか読み終えたので、映画は細かいところまでわりとよくわかりましたが、原作読んでない人はわからないところ多数なのでは?

で、原作について書くと当然ネタバレになるので、ご注意。

原作は3部形式で、第1部は1920年代、居留地に出た石油のおかげで裕福になったオセージ族の人々が次々と殺されたり謎の病死をしたりする様子が描かれます。殺人があってもろくに捜査は行われず、真相究明をしようとした白人たちは殺され、居留地の人々は恐怖に包まれます。

特にモリーという女性は妹が病死、姉が殺され、母が病死、そしてもう1人の妹も夫とともに殺される。モリーの夫は白人のアーネストという男で、彼の叔父ヘイルは長年オセージ族に貢献し、王とまで呼ばれる男。

第1部ではアーネストは怪しい、でもヘイルは善人に見えるのですが、第2部になり、FBIの前身にあたる捜査局からホワイトという捜査官が来たことで、事件が明るみになります。この捜査局は(「J・エドガー」でディカプリオが演じた)有名なJ・エドガー・フーヴァーがトップで、彼が功名心からホワイトを派遣したのでした。

で、第1部でアーネストは怪しい、ヘイルは善人、かと思ったら、第2部ではどっちもワルだが、ヘイルの方が極悪、モリーの家族だけでなく他の人々も殺す陰謀をめぐらしていたことがわかるのです。その後の展開は映画と同じ。

そして第3部、21世紀になり、のちにFBIとなったその捜査局の資料が公開され、石油の利権を手に入れようと殺人をしていたのはヘイルだけではなく、当時の規則で先住民の後見人になった人々が担当した先住民が異常にたくさん死んでいること、医者など立場のある人々が隠ぺいに加担していたことがわかるのです。

この第3部の部分は、この事件がヘイルという1人の極悪人だけによるものではなく、規模は違えど、ヘイル以外にも多数の人がオセージ族を食い物にし、殺していたことを示していて、先住民を人間扱いせず、利用し、殺しまでする当時のアメリカ社会の暗部が暴かれるのですが、この部分、映画ではたぶん、最後にテロップが出て終わりだろうな、と思っていたら、テロップさえ出なかった!

原作は、第1部ではオセージ族の連続殺人や怪死事件を誰が犯人なのかわからないままに描き、第2部では探偵役のホワイトが登場して謎を解き、犯人を捕まえ、有罪にするというミステリーの手法で描かれていて、さらにそれに加えて第3部で、この事件の黒幕は多数いたという事実を明らかにします。アメリカ探偵クラブ賞受賞もうなずける構成ですが、映画は最初からヘイルとアーネストがワルとして登場。人相の悪いデ・ニーロとディカプリオがのっけから、オセージ族の女性と結婚し、殺人を犯して石油の利権をわがものにする陰謀をさかんに話している。

原作が被害者のオセージ族から見た物語なのに対し、映画は加害者から見た物語になっているのです。

原作では第1部ではヘイルはオセージ族に尽くしてきた男に見えるし、アーネストはハンサムな好青年ですが、映画は見るからにワルなデ・ニーロとディカプリオ。他の白人たちもずるそうなやつらばかり。1920年代とはいえ、オクラホマの田舎はまだ無法地帯みたいなところがあり、無法者みたいな白人がたくさんいたのだろうけど、同じ1920年代が舞台の「福田村事件」が加害者を悪に描かないようにしたというのとは対照的で、考えてしまった。

この映画みたいにワルな白人男ばかりが出てくると、この人たちは特別な時代の特別な地域の特別な人たちなのだろうと思ってしまう。「福田村事件」はそれを避けたかったのだ。

実際、この実話は人種差別が根底にある事件だから「福田村事件」と呼応する部分もあるし、これまで隠されてきた国の暗部でもあるわけです。

原作の冒頭で、オセージ族の住む地域では4月に小さい花が咲き乱れ、5月になると大きな草花が生えてきて、小さい花はしおれてしまうので、彼らは5月を「フラワー・キリング・ムーン」と呼ぶ、という記述があります。単行本の邦題「花殺し月の殺人」はここから来ているので、「フラワームーンを殺す者たち」という原題に沿った邦題です。小さい花は弱い先住民であり、あとから咲く大きな草花はあとからやってきて先住民を滅ぼしてしまう白人たちでしょう。(映画はここも、単に花が咲き乱れるだけの描写ですませています。)

原作ではヘイルという極悪人だけを悪とするのではなく、先住民を人間と思わず、だから殺してもそれは殺人ではないと思ったり、彼らを食い物にしようとしたりする白人たちの社会全体を問題にしているのですが、映画は部分的にモリーの家と無関係な人の死を見せてはいるものの、全体としてはヘイルという極悪人とそれに従ったアーネストにだけ物語が集中していて、原作に比べると非常に物足りないと感じてしまいます。

とはいっても、3時間半、まったく飽きずに見られたので、映画としてはきちんとできているとは思います。

シネコンの入っているショッピングセンターでガス展をやっていて、福引の券を持っていたので、やってみたら、なんと3等が当たってしまいました。250ccのボトルです。


京葉ガスと千葉ジェッツのロゴ入り。下はシネコンウォーカー。


福引の券はこれまでも時々ポストに入っていたけれど、会場に行くのが面倒で行ったことがなかったのですが、今回は映画のついでだし、はずれでもビスケットがもらえるらしいので行ってみたら、当たってしまった。この種の福引で何か当たることはめったにないのですが。

2023年10月18日水曜日

読んでいる本

 辺見庸の「月」は火曜日中に読んでしまいました。

タイトルの月は、たぶん、「肉づきへん」の月なのだろう。ラスト、月と虹というのは肉体についた血のことで、それにカゲロウがたかっている、というのはーーこのカゲロウの意味がまだちとわからん。ただ、全体に、肉体の重要性が描かれていると感じた。殺人犯は「心があるか」を問題にしているが、それ以前に肉体であると、人間の存在は。そのラストのすぐ手前に描かれているのは、内臓を露出させている女性の姿だ。内臓も含めた、生きた肉体であると。

フォークナーの「響きと怒り」は知的障碍者の語りだったけれど、「月」は重度障碍者の語り。ただ、重度障碍者の意識とは思えない内容がかなりある。健常者の片割れがいるという設定なので、完全な重度障碍者の意識ではないのだろう。

描写は完全に純文学で、まあ、これを映画化するのはむずかしいだろうなと思った。

水曜日は県立図書館へ。予約していた本と雑誌が届いていた。

雑誌は「映画芸術」の「福田村事件」特集。例によってこれは郷土資料で、館内閲覧のみ。


「福田村事件」と、「怪物」とクイア映画の特集、それと後ろの方の常設コーナーっぽいところを読んだだけですでに3時間。真ん中の追悼特集とかインタビューとか全然読めてない。さすがに1回じゃ無理なので、また来ることにした。2週間くらいは読める。


大昔のキネ旬並みの細かい字でびっしり書いてあるので、読むのに時間がかかる。執筆者1人当たりの文章量がとにかく多くて、近頃これだけ長いのを書ける紙媒体ってあまりないだろうと思うけど、その一方で、長くて冗漫だと感じる文章も少なくない。いくらでも自由に長く書いていい、みたいな感じだと(実際はどうだか知らないが)書くことに緊張感がなくなるのではないかとさえ思った。もちろん、長さを感じさせない文章もあった。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の原作は、借りることができた。図書館の近くの喫茶店で3分の1くらい読みました。


映画は初日に予約してしまったけど、明日は遠方まで仕事だし、映画の前に全部読むのは無理そう。

2023年10月17日火曜日

これから読む本

 土曜日に渋谷に「ヨーロッパ新世紀」を見に行った帰り、なつかしの文京区の真砂中央図書館に行って辺見庸の「月」を借りた。

その前に地元で借りていた、リチャード三世は悪人ではなかったという推理小説「時の娘」は昨日読み終わった。


「月」は映画はちょっと気になってはいるものの、出来がイマイチらしいので二の足を踏んでいる。かわりに原作を読もうと思った。

前日にカーリルで調べたら、映画公開ということでけっこう借りられていたが、文庫本は出たばかりで図書館にはあまり入っていない。単行本は、その真砂中央図書館に在庫があった。

おお、まだ借りられてない、と思い、すぐに予約。真砂中央図書館は文京区に住んでいるときはよく利用したけれど、引越してからは行っておらず、その間に改修工事をしたので、それを見るのも目的で出かけた。

うーん、改修前の方が広々としていたような。明るくなったけれど、前の方が昔の図書館の匂いがしてよかったなあ。

で、すぐに借りられたのだけど、その後、予約が4件も入っていた。

映画が公開されると原作本が図書館で貸出中ばかりになる、というのは、スコセッシの新作「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の原作も同じです。

こちらも「花殺し月の殺人」というタイトルで単行本が出て、最近、映画と同じタイトルの文庫本が出た。文庫は出たばかりなので、入っている図書館は非常に少ない。単行本は、まだ公開前なので、貸出中ばかりというほどではないけれど、徐々に予約殺到の気配。



そこで日曜の夜にカーリルで検索すると、県立図書館に単行本が在庫あり。ここは穴場なんです。

で、予約して、近くの図書館に届くのを待っています。

ほかにも予約中の本があるので、さっさと読まないと大変だ。順番待ちの人もいることだし。

2023年10月15日日曜日

「ヨーロッパ新世紀」&監督質疑応答(ネタバレあり)

 10月14日公開のルーマニア映画「ヨーロッパ新世紀」を見に、渋谷まで行った。

監督のクリスティアン・ムンジウの映画は「4ヶ月、3週と2日」も「汚れなき祈り」も好きで、特に「汚れなき祈り」はキネ旬ベストテンで1位に投票したほど好き。私以外の評論家はガン無視だったけど、このブログに書いた映画評はアクセスが多く、多数の人に読んでもらえた。

この2作は試写で見たのだけど、今回は試写を見る機会もなく、しかも上映館があまりにも少なく、苦手な渋谷に行くっきゃなくなったのだった。

ユーロスペースは同じ建物の中の映画美学校試写室に何度か行ったが、映画館は初めて。あのブンカムラ通りの混雑した歩道を歩くことを考えただけでうんざりだったが、しかたない。

が、なぜか、土曜日というのに以前ほど人がいない。歩道もわりとすいすい歩ける。何年も来ていなかったけどどうしたの? 東急本店が閉店したから? その閉店して外観が見えなくなった東急本店の隣にブンカムラの建物があるのだけど、この2つ、つながっているのだよね。

で、そのブンカムラの信号のところを左に折れるとユーロスペース。外から見た様子と、3階のロビー。



実は夕方4時の回が都合がよかったので、そこを予約したのだけど、あとになって監督のオンラインでの質疑応答が上映終了後にあることがわかった。そのせいか、けっこうな入り。

映画はドラキュラ伝説で有名なトランシルヴァニア地方の村が舞台。ルーマニアだがハンガリー人が多い地域で、ドイツ系の人々もいる。地元によい仕事がないのでドイツなどへ出稼ぎに行く人が多く、主人公マティアスもドイツに出稼ぎに行ってトラブって帰ってきたところ。

一方、地元のパン工場は少し前まではサービス残業をさせるブラック企業で、今はそこは治ったが、最低賃金だから地元の人は求人に応募しない。日本同様、最賃で働くくらいなら生活保護の方が割がいいようだ。

そこで工場長シーラはアジア人を雇う。スリランカ人を2人雇うが、とてもよく働くよい人たちなので、さらに増やそうとする。が、非ヨーロッパ人の移民が増えることを村民は快く思わない。やがて、シーラとスリランカ人がパーティをしていると、そこに松明が放り込まれるといった事件が起こる。

シーラは実はマティアスの元恋人で、マティアスは妻とうまくいっていないので、シーラとよりを戻そうとしている。マティアスの幼い息子が森で何かを目撃した、というのが映画の最初のシーンで、この幼い息子をめぐる何やらシンボリックな話と、マティアスとシーラの話と、そしてパン工場のスリランカ人をめぐる騒動の3つの物語が柱なのだが、いまひとつ焦点が定まらず、惹きつけるものを感じない。

多言語文化の村を反映して、せりふはルーマニア語、ハンガリー語、ドイツ語、フランス語、英語、それにスリランカ人の話す母語などで語られ、ヨーロッパ言語は字幕がつき、言語によって色を変えるという工夫がされている。スリランカ人は主に英語で話しているが、母語と思われる言語のときは字幕がつかない。

「福田村事件」で標準語、利根川弁、讃岐弁が混在していたのを思い出すが、字幕で色を変えた程度ではこの多言語がルーマニアの人々にはどう聞こえるのかはわからない。

スリランカ人を追い出せという村人たちは集会を開き、そこで村人たちとシーラたちが対立する。マティアスは中立的というか、どっちにもつかない、どっちつかずの立場。

この集会シーンがカメラをほとんど固定した長回しで、それぞれの主張のやりとりが面白く、日本と重なる部分もとても多くて納得してしまう。スリランカ人のことよりも最賃が安すぎること、まともな仕事がないことを村人が主張すると、工場の経営者は賃金を上げるとパンの値段が上がるといい、すると村人は経営者はベンツに乗っているといい、まんま日本と同じ。

スリランカ人については、彼らがどんどん増えるという危惧、まったく別の世界の人たちは未知の病気を持ち込むかもしれないという不安を村人は語る。

このクライマックスの集会シーンはいろいろな問題が提議されて面白いのだが、それ以前の部分がどうもとりとめのないような感じで、ムンジウの映画としては今回初めて、うーん、イマイチ、と思った。

このあとの展開については、監督の質疑応答で話されたことを含めて書きます。ネタバレ大有りなので注意。

2023年10月11日水曜日

松戸市立博物館の写真展

今年はコキアがあまりきれいにならない近所の公園。



赤とんぼがいっぱいいました。蝶も。




レストランでビールで休憩。ラグビー・ワールドカップの文字が。


木々はしだいに秋の色に。


アオサギ。鳥はあまり見られなかった。


すぐそばの博物館で松戸の写真展をやっていて、入場無料だったので、閉館まであと30分ほどだったけど入ってみた。




緑色のパネルに貼ってある写真は撮影不可で、それ以外は撮影OKでしたが、この撮影不可の緑色のパネルの写真が19世紀から終戦までの貴重な写真。戦後の写真と展示物は撮影OK。





8年前に引っ越してくるまで、松戸に足を踏み入れたことはなかったので、いろいろ興味深い。すぐやる課は有名だったので知っていた。なつかしのオート三輪。


入場無料ですが、こんなパンフレットをただでくれます。下は松戸市制80周年のチラシなど。


30ページ以上ある立派なパンフレットです。お客さん、ほとんどいなかったけれど、パンフレットは早めに行かないとなくなるかも。撮影不可の写真をはじめ、展示物の写真が掲載されています(全部ではない)。


公園や博物館、ホールを紹介する小冊子2冊と、無料の入場券。写真展を見たいと受付に言うと、この入場券と上のパンフレットをくれます。小冊子等は入口に置いてある。


11月3日は有料の常設展も無料ですが、毎年混雑するので、この無料の写真展は別の日に行った方がいいでしょう。