牛丼チェーン店では私はダントツ、松屋でした。
もともと牛丼はあまり好きでないので、それ以外のメニューが豊富でおいしかった松屋。
牛丼ならぬ牛めしも240円のミニがごはんの量が手頃で、牛めしはもっぱらこれを愛食。
しかし、ついに、私の夕食の選択肢から松屋が消える日が来てしまいました。
それはまず、水曜日。プレミアム牛めしなるものとの出会いから始まります。
水曜は夕方にマックでポテトのLが150円だったので、思わずそれを食べてしまい、ちょっとおなかがいっぱい。そこで、遅い夕食では松屋の牛めしミニ240円で軽く行こう、と、某所の松屋へ。
券売機を見ると、なんと、どのサイズも90円高いプレミアム牛めししかない。
ミニは330円もする。
でもとりあえず、その自慢のプレミアム牛めしを食べてみるか、と、ミニを買って中へ。
それまでの牛めしに比べ、肉が厚いが、その分、肉の量が少なく見える。薬味がついているが、別にどうってことのない味。そして、肉の味が以前の牛めしと全然変わらない。
要するに、肉の厚さが少し暑くなって(でも肉の量は少なくなった)、薬味がついているだけで90円値上げか!
かなり怒りを感じましたが、それでも松屋愛は消えず、翌日、今度は別の松屋へ。2週間前に始まったばかりの山かけネギトロ丼を食べようと券売機の前に立つと、
なんと、メニューが激減している!
プレミアム牛めしと、その変化形(ネギと卵が乗っかったやつとか)と、カレーと、定食が3種類しかなかった!
2週間前に始まったばかりのネギトロ丼はどこへ?
鶏肉の甘辛いため定食とか、豚焼肉定食とか、生姜焼き定食とか、すべて消えていた。
定食は牛肉の定食とデミタマハンバーグ定食しかなかった。
私が好きだったメニューがすべて消えていたのでした。
それがわかったので、券売機にお金を入れることもなく、すぐに店を去りました。
もう松屋に行くことはないのか。
あのプレミアム牛めしを食べるくらいなら、なか卯の牛すき焼き丼を食べる。というか、牛すき焼き丼は以前の松屋の牛めしより高いけど、その高さを補うだけのうまさがあるのです。
しかし、プレミアム牛めしはうまくもなんともなくただ高いだけ。
と思ったところ、プレミアム牛めしはきちんと作らないと以前の牛めしと同じ味になる、というサイトを見つけました。
http://news.livedoor.com/article/detail/9034602/
たれとか全然違うって、私が食べたのはまったく同じだったぞ。
松屋は店によってきちんと作るところと手抜きのところがある、というのは経験でわかっていたので、おそらく水曜に行った店は手抜きの店だったのでしょう。私のほかにも次々プレミアム牛めしを食べる人がいましたが、これで松屋の評判はおそらくガタ落ちです。
一方、きちんと作るとバイトが大変っていったい?
いっそ、前の牛めしのまま、やむなく少しだけ値上げ、にした方がよかったのでは?
つか、私の好きなメニュー全滅って、どうよ、つか、許せねえ、松屋!
実は、私は松屋の牛めしの並みを決して食べないのですが、それは、作り置きしたのをレンジでチンしたと思われるのを何度か食べさせられたからです。プレミアムは賞味期限1時間ていうのは、レンジでチンする期間のことか?と思ったのは私だけか?
なんにしても、さらば、松屋。長年世話になったのは忘れないけど、これからはなか卯の牛すき焼き丼です。なか卯は今の時期は冷たいうどんもおいしい。冷たいうどんのミニと牛すき焼き丼のミニの組み合わせで食べるのが好き。
追記
そういや、最近、なか卯が混んでいるのだが、松屋のせいだろうか?
松屋がアレだと、なか卯も手抜きになってしまうのかなあ。
そして、ただでさえ重労働でバイトが集まらないすき屋に客が殺到して、さらにすき屋のバイトが悲惨なことに、とならないだろうか?
松屋の社長がプレミアム牛めしの値段について、これが高いと思う客は来るな、と言ったそうだけど、言われなくても行きません(私の場合は好きなメニュー全滅のせいだけど)。
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2014年7月25日金曜日
2014年7月22日火曜日
かねもちはくしとびんぼうはくし
http://id.fnshr.info/2014/07/21/two-docs/
「おとぎばなし:かねもちはくし と びんぼうはくし」
これって、けんきゅうのせかいだけのこととはおもえないので、はっておきます。
しかし、ひらがなだけって、よみにくい。
「おとぎばなし:かねもちはくし と びんぼうはくし」
これって、けんきゅうのせかいだけのこととはおもえないので、はっておきます。
しかし、ひらがなだけって、よみにくい。
2014年7月20日日曜日
早稲田大学の恐るべき(笑うべき?)言い訳
スタップ問題はもうやめようと思っていましたが、ここに来て、出ました、早稲田大学が小保方氏の博士号をはく奪しないという決定。その理由がすごいので、一部で話題になっていますが、一般人はしらーっとしています。
確かに私も一般人としては、しらーっとせざるを得ない。
もともと早稲田の博士号って、そんなにすごいものだと思ったことなかったし。
早稲田は学部出て一流企業に入るのがすごいので、大学院をすごいと思ったことなかったし。
もともと日本の大学の多くはディプロマミル的で、特に私大はほとんどがディプロマミル的だと思ってたし(そういうところでも立派な論文を出している人はいると思いますが、全体として)。
だから、早稲田は死んだ、と言われても、所詮は大学院の話で。
もともと早稲田の優秀な人は大学院は旧帝大などへ行っていたわけで、学部早稲田の人も別に困らないわけで。
また、早稲田の論理が研究教育倫理を根底から揺るがしているのは事実だとしても、実際、それは現実にすでにあることだよね、と思うのは私だけか?
たとえば、「博士号をはく奪すると就職に影響が」というのは、「出席もしてないし、試験もできてないけど就職が決まったから単位を出してくれ」てな圧力はわりと普通にあるというのと同じ。
カンニングしても、それを報告したりするとあとが面倒なので、その場で注意するにとどめる、なんてこともある。ある短大で、先生の目の前でカンニングした学生がいたので、その学生を不可にしたら、「カンニングなんて誰でもやっているのに私だけ不可はおかしい」と抗議され、全員再試験にしたという事実がある。カンニングを注意するとこれだけ面倒なのだ。
小保方氏の博士号も、剥奪すると、日本全国に波及するので、それを避けるために文科省もグルになってああいうことをした、と予想する人が多い。その文科省が道徳を普通の教科にして成績つけるそうだが、自らの道徳の成績をまずつけろよ。
また、日本の社会は、特に文系では、大学時代、勉強しなかった人が人間力やら何やらで企業で出世しているので、中身のない論文で博士号くらいでは一般人は驚かない。
だいたい、一般人にとっては、というか、文系は博士号を出さなかった時代に院生だった私にとっても、博士号ってどの程度の重要性があるのかわからない。なんだかよくわからないけど、ある特殊な業界では必要な免許証らしいな、くらい。
末は博士か大臣か、なんていうのは昔の話で、今や博士は雲の上の人でもなんでもなく、博士になってもコンビニのアルバイトしか仕事がない時代。
それにしても、博士号はく奪されて仕事を失った人は日本にもいるのだが、小保方氏くらい有名になり、バックに文科省とかついていると何でも許されてしまう、という実例が当分続いていくようだ。
再現実験についても、小保方氏はもともと実験ができなかったのに、いいかげんな早稲田が修士号も博士号も与え、文科省は返還不要の多額の奨学金を与え、理研はユニットリーダーに採用してしまったということを隠すために、小保方氏に今、実験の練習をさせ、2カ月後に実験できるところを見せようという目的だ、という予想がある。小保方氏を守ることによって守られる人がいかに多いかということだろう。
確かに私も一般人としては、しらーっとせざるを得ない。
もともと早稲田の博士号って、そんなにすごいものだと思ったことなかったし。
早稲田は学部出て一流企業に入るのがすごいので、大学院をすごいと思ったことなかったし。
もともと日本の大学の多くはディプロマミル的で、特に私大はほとんどがディプロマミル的だと思ってたし(そういうところでも立派な論文を出している人はいると思いますが、全体として)。
だから、早稲田は死んだ、と言われても、所詮は大学院の話で。
もともと早稲田の優秀な人は大学院は旧帝大などへ行っていたわけで、学部早稲田の人も別に困らないわけで。
また、早稲田の論理が研究教育倫理を根底から揺るがしているのは事実だとしても、実際、それは現実にすでにあることだよね、と思うのは私だけか?
たとえば、「博士号をはく奪すると就職に影響が」というのは、「出席もしてないし、試験もできてないけど就職が決まったから単位を出してくれ」てな圧力はわりと普通にあるというのと同じ。
カンニングしても、それを報告したりするとあとが面倒なので、その場で注意するにとどめる、なんてこともある。ある短大で、先生の目の前でカンニングした学生がいたので、その学生を不可にしたら、「カンニングなんて誰でもやっているのに私だけ不可はおかしい」と抗議され、全員再試験にしたという事実がある。カンニングを注意するとこれだけ面倒なのだ。
小保方氏の博士号も、剥奪すると、日本全国に波及するので、それを避けるために文科省もグルになってああいうことをした、と予想する人が多い。その文科省が道徳を普通の教科にして成績つけるそうだが、自らの道徳の成績をまずつけろよ。
また、日本の社会は、特に文系では、大学時代、勉強しなかった人が人間力やら何やらで企業で出世しているので、中身のない論文で博士号くらいでは一般人は驚かない。
だいたい、一般人にとっては、というか、文系は博士号を出さなかった時代に院生だった私にとっても、博士号ってどの程度の重要性があるのかわからない。なんだかよくわからないけど、ある特殊な業界では必要な免許証らしいな、くらい。
末は博士か大臣か、なんていうのは昔の話で、今や博士は雲の上の人でもなんでもなく、博士になってもコンビニのアルバイトしか仕事がない時代。
それにしても、博士号はく奪されて仕事を失った人は日本にもいるのだが、小保方氏くらい有名になり、バックに文科省とかついていると何でも許されてしまう、という実例が当分続いていくようだ。
再現実験についても、小保方氏はもともと実験ができなかったのに、いいかげんな早稲田が修士号も博士号も与え、文科省は返還不要の多額の奨学金を与え、理研はユニットリーダーに採用してしまったということを隠すために、小保方氏に今、実験の練習をさせ、2カ月後に実験できるところを見せようという目的だ、という予想がある。小保方氏を守ることによって守られる人がいかに多いかということだろう。
2014年7月12日土曜日
教訓
前回の記事ではもちろん、具体的なことはほとんど書いていないが、教訓として、非常勤講師の仕事に弊害が出るようなことだけは避けるべきだということを骨身に感じた。
これまでは出版関係で何かトラブルがあっても、他の仕事に影響することはなかった。
しかし、今回は、期末試験の近いこの大事な時期に、講師の仕事に大影響を与えるような事態に発展した。実際はなんとか影響を避けることができたが、自分は複数の大学で合計数百人の学生を預かっているのであり、何かあったら学生が迷惑するということを肝に銘じるべきだと真剣に思った。
これまで、評論家・翻訳家としての自分が本来の自分で、非常勤講師は生活費を稼ぐためと思っていたが、非常勤講師は1年契約で、給料も安く、何の保証もなく、責任だけは重いという不公平な仕事ではあるけれど、人を預かっているということは忘れてはならない。
もうすぐ夏休みだ。某大学から非常勤講師にも紀要への執筆依頼がメールで来た。夏休みに何か考えてみてもいい(でも、書かないかな←ダメだろ、自分)。
これまでは出版関係で何かトラブルがあっても、他の仕事に影響することはなかった。
しかし、今回は、期末試験の近いこの大事な時期に、講師の仕事に大影響を与えるような事態に発展した。実際はなんとか影響を避けることができたが、自分は複数の大学で合計数百人の学生を預かっているのであり、何かあったら学生が迷惑するということを肝に銘じるべきだと真剣に思った。
これまで、評論家・翻訳家としての自分が本来の自分で、非常勤講師は生活費を稼ぐためと思っていたが、非常勤講師は1年契約で、給料も安く、何の保証もなく、責任だけは重いという不公平な仕事ではあるけれど、人を預かっているということは忘れてはならない。
もうすぐ夏休みだ。某大学から非常勤講師にも紀要への執筆依頼がメールで来た。夏休みに何か考えてみてもいい(でも、書かないかな←ダメだろ、自分)。
2014年7月11日金曜日
身の程知らず
ネットのどこかに書いてあった記事。世間の評価と自分の評価がまったく違うのに、それに気づかない身の程知らずな例。
それまで仕事で何の実績もなかった中高年の男性がコンビニでアルバイトを始めたが、若いバイトはいい時間帯にシフトしてもらえるのに自分は深夜や早朝のような不利な時間帯しかシフトしてもらえない、という愚痴をこぼす男性について、身の程知らずと書かれていた。
確かに中高年でもコンビニやマックで責任のある仕事について、若いバイトたちと生き生きと仕事している人もいるようなので、身の程知らずなのだろうとは思う。
そして自分のことだけれど、私もこの中高年男性のように身の程知らずなのだろうと思う。
たとえば、私の書く文章をほしがる人など誰もいないのに、私の文章は世に出す価値があると信じていたりする。そういう私に、それなりの長い文章を書く仕事の話が来ると、一生懸命書いてしまう。が、依頼した相手は私の文章がほしいわけではなく、誰かが断って短い期間にかわりをしてくれる人がほしいだけだったりするのだ。だから、私がうれしくて一生懸命書いた原稿を、勝手に書き直してしまう。
そういう依頼をうれしいと思って受けてしまうのが身の程知らずなのだ。それをいやというほどわかっているのに、たまに依頼が来るとうれしくて受けてしまい、結局、後悔する。
たかが数万円のために、編集者が勝手に書き直した文章を活字にしたくはない。
そういう可能性がある仕事しか私には来ない、ということを認識すべきだ。
そうではない仕事が自分に来ると思う身の程知らず、それをしっかり頭に刻むべきだ。
ある雑誌に、もう長いこと、まともな文章を出していないのに、そこから別の会社の仕事の依頼が来るっていうのがそもそもおかしいと気づくべきだった(いや、気づいていたのに、たまに来るからうれしくて引き受けてしまう自分がバカ)。
いいかげん、向こうから来る仕事はおかしいと疑えよ、自分。
本当にやりたいことは、こっちから行かないとできない。
追記
結局、私が引き受けたことで、私も損害を受けるし、依頼した方もいやな思いをするので、引き受けること自体が双方に悪い影響をもたらすのだ。
しかも、報酬はわずか数万円で、これがなくても私の生活は困らない。ただ、久々の活字媒体で好きなことが書けると誤解した自分が間違っていたし、私の原稿を利用できると思った依頼主も間違っていたということになる。
だいたい、50歳をすぎると有名人以外は書けなくなるのだから、それにはそれなりの理由があるわけで、そこを勘違いしている自分が悪い。
どこまで行っても自分が悪いので、どうしようもないのだが、期待してしまった自分がもうどうにも我慢がならないのだ。
期待しないでただの小遣い稼ぎと思って適当に書いていたなら。
たくさん依頼がある人ならそう割り切って書くのだろう。
このブログだって少数だけど読者がいるんだから、こっちを大事にして、たまにおかしな活字媒体の依頼があっても断固断るくらいでちょうどいいのだろう。
確かに、某媒体経由の依頼って、断る割合が圧倒的多数だった。ただ、昔は会って話をして、これは自分に向かないと思って、円満にお断りできたのだが。
まあ、後悔先に立たずってことで、もう、忘れて先に進むべき、だろうね(でも相当なショックです)。
それまで仕事で何の実績もなかった中高年の男性がコンビニでアルバイトを始めたが、若いバイトはいい時間帯にシフトしてもらえるのに自分は深夜や早朝のような不利な時間帯しかシフトしてもらえない、という愚痴をこぼす男性について、身の程知らずと書かれていた。
確かに中高年でもコンビニやマックで責任のある仕事について、若いバイトたちと生き生きと仕事している人もいるようなので、身の程知らずなのだろうとは思う。
そして自分のことだけれど、私もこの中高年男性のように身の程知らずなのだろうと思う。
たとえば、私の書く文章をほしがる人など誰もいないのに、私の文章は世に出す価値があると信じていたりする。そういう私に、それなりの長い文章を書く仕事の話が来ると、一生懸命書いてしまう。が、依頼した相手は私の文章がほしいわけではなく、誰かが断って短い期間にかわりをしてくれる人がほしいだけだったりするのだ。だから、私がうれしくて一生懸命書いた原稿を、勝手に書き直してしまう。
そういう依頼をうれしいと思って受けてしまうのが身の程知らずなのだ。それをいやというほどわかっているのに、たまに依頼が来るとうれしくて受けてしまい、結局、後悔する。
たかが数万円のために、編集者が勝手に書き直した文章を活字にしたくはない。
そういう可能性がある仕事しか私には来ない、ということを認識すべきだ。
そうではない仕事が自分に来ると思う身の程知らず、それをしっかり頭に刻むべきだ。
ある雑誌に、もう長いこと、まともな文章を出していないのに、そこから別の会社の仕事の依頼が来るっていうのがそもそもおかしいと気づくべきだった(いや、気づいていたのに、たまに来るからうれしくて引き受けてしまう自分がバカ)。
いいかげん、向こうから来る仕事はおかしいと疑えよ、自分。
本当にやりたいことは、こっちから行かないとできない。
追記
結局、私が引き受けたことで、私も損害を受けるし、依頼した方もいやな思いをするので、引き受けること自体が双方に悪い影響をもたらすのだ。
しかも、報酬はわずか数万円で、これがなくても私の生活は困らない。ただ、久々の活字媒体で好きなことが書けると誤解した自分が間違っていたし、私の原稿を利用できると思った依頼主も間違っていたということになる。
だいたい、50歳をすぎると有名人以外は書けなくなるのだから、それにはそれなりの理由があるわけで、そこを勘違いしている自分が悪い。
どこまで行っても自分が悪いので、どうしようもないのだが、期待してしまった自分がもうどうにも我慢がならないのだ。
期待しないでただの小遣い稼ぎと思って適当に書いていたなら。
たくさん依頼がある人ならそう割り切って書くのだろう。
このブログだって少数だけど読者がいるんだから、こっちを大事にして、たまにおかしな活字媒体の依頼があっても断固断るくらいでちょうどいいのだろう。
確かに、某媒体経由の依頼って、断る割合が圧倒的多数だった。ただ、昔は会って話をして、これは自分に向かないと思って、円満にお断りできたのだが。
まあ、後悔先に立たずってことで、もう、忘れて先に進むべき、だろうね(でも相当なショックです)。
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