2015年1月14日水曜日

ハシェックの永久欠番セレモニー

日本時間の今日午前にバッファローで行われたドミニク・ハシェックの永久欠番セレモニーの動画です。リック・ジャネレットの紹介で氷上に登場し、スピーチをしたあと、ダニー・ゲアとルネ・ロベールに付き添われて39番のバナーが上がるのを見ています。登場する子供たちは、ハシェックが2001年から行っているバッファローの恵まれない子供たちのホッケーを支援する活動、ハシェックス・ヒーローズの子供たち。最初にハート・トロフィーやヴェジナ・トロフィーが出てきますが、わざわざ持ってきたのですね。
http://video.sabres.nhl.com/videocenter/console?id=725162&lang=en
こちらは記事(英語)。
http://sabres.nhl.com/club/news.htm?id=748499
それからバッファロー・ニュースに載った記事(英語)。
http://www.buffalonews.com/city-region/hasek-still-a-dom-inant-figure-20150113
これによると、例の1999年のスタンレーカップ・ファイナル、もしもセイバーズが第6戦に勝っていれば、セイバーズが優勝しただろう、と、例の優勝を決めた疑惑のゴールのブレット・ハルが言っていたのだとか。というのも、ハルはけがで第7戦は出場不能だったらしい。もしそうなれば、デレク・プラントの棚ぼたカップ獲得もなかったのだ。そして、ハシェックはカップほしさにデトロイトに行くこともなかったのだろう。
この記事では現役時代のハシェックの起こしたトラブルや、デトロイト移籍のときにファンの心をフローズンさせてしまったいきさつについても書いている。こういうことが書けるのはバッファロー・ニュースだからだが、こうしたさまざまなことがあって、でも歳月が流れ、ハシェックはよい年の取り方をしているということが書かれている。ファンの心を凍らせたことのひとつに、ハシェックが、ホッケーの殿堂入りはデトロイト・レッドウィングスのジャージで入りたいと言ったことがあるが、これはテレビレポーターの挑発に載せられての発言だったらしい(殿堂入りはあくまで個人のものでチームは無関係)。
もうひとつ、バッファロー・ニュースから。
http://www.buffalonews.com/sports/sabres-nhl/dominik-hasek-notebook-post-olympic-welcome-his-finest-memory-20150113
こちらはハシェックにとっての一番の思い出は、長野五輪で金メダルをとったあと、バッファローに帰ってきたら、まるでそこが母国のチェコであるかのように、大勢の人がチェコの国旗を振って迎えてくれたことだった、ということ。そして、翌日の試合では、観客がチェコの国歌を歌ってくれたのだという。また、記事の後半では、ハシェックガ39番をつけたいきさつが書かれている。ハシェックはチェコでは16歳のときから9番をつけていたが、これはコーチが決めた番号。NHLの最初のチーム、シカゴでもチームが番号を決めた(34番と31番)。ところがセイバーズに来たとき、初めて何番をつけたいかと聞かれ、セイバーズは自分を本気で使うつもりなのだな、と思ったのだそうだ。そして、最初はチェコ時代の9番にしようと思ったが、9番はチェコに残して新しい番号にしようと決め、39番をえらんだのだという。9番はチェコ時代のチームですでに永久欠番になっているとのこと。

というわけで、セイバーズの39番の永久欠番はずっと前から決まっていたのですが、いろいろと紆余曲折があり、ハシェック自身が引退すると言っては戻ってきたりしたこともあって、欠番セレモニーまでにはずいぶんと時間がかかってしまいましたが、その間にフローズンしていたファンの心の氷も溶け、昨年はNHLの殿堂入りも果たし、「アナ雪」の結末のようにハッピーエンドになりました、って感じかな?
このセレモニーのためにセイバーズの元チームメイトなどがバッファローに来ているはずなのだけど、ハシェックの元チームメイト、デレクも来たのかな? 大学の試合がなければ行くよね、と思って大学の試合の日程を見たら、試合はありませんでした。デレクも今、バッファローにいるのかもしれない(と思ったけど、違うような気がしました→追記)。

追記 ハシェックの永久欠番セレモニーについて、ファンの掲示板では、あまりに地味だ、地味すぎる、という声があがっています。私も以前、ラフォンテーヌのセレモニーを見て、あのときはいろいろ趣向があったので、今度のはほんとに地味。家族も元チームメイトも出てこない。ハシェックのジャージもない。ハシェックのスピーチとバナーの掲揚だけのあっけないものでした。
ハシェックが派手なセレモニーをいやがったのだろう、とファンは予想しているし、そうでなければ納得できないと書いています。
元チームメイトではジトニクが来ていたようですが、彼がセレモニーに顔を出すこともなし。ただ、ロブ・レイやブラッド・メイなどと一緒にハシェックと並んで写っている写真が掲示板にアップされているくらいです。
このことについて、あるファンのコメント(この人はデレク・プラントのファンで、以前、私にメールくれたことがあります)。
「セレモニーについてあとから思ったこと。この種のセレモニーの大部分に比べて軽いと思わざるを得ない。特にドム(ハシェックの愛称)のセレモニーだと思うと! でも、ペグラ(オーナー)のもとの新しいセイバーズは、こういう祝い事をやりすぎている。私もハシェックがこういう(地味な)セレモニーを望んだのだと信じる。彼は自分のショーをやって満足したように見える。そうでなければレイやメイやZ(ジトニク)、ララ(ラフォンテーヌ)、それにプラント、ホルジンガー、ペカなどなどの元チームメイトを抜きにしてやる理由はない。いくらでも名前を連ねることはできる。それに家族などなど。
とてもつつましいセレモニーで、これはドムのパーソナリティだ。ひとつ気に入ったのは、彼がスピーチを読むのを聞くことだった。それが彼のすべてを表している。余計な飾りがない。彼は観客から期待どおりの喝采を受けた。
もしも彼の口から最後に出た言葉が「ノーゴール」で、そのあと彼がマイクを置いて立ち去ったなら、それは伝説になっただろうに。」

試合はセイバーズがレッドウィングスに敗れてセイバーズ8連敗だそうですが、3ピリにハシェックがレッドウィングス側の放送に出演したそうです。