2015年1月22日木曜日

フェイス・オブ・ラブ

今年の試写3本目はアネット・ベニング、エド・ハリス、ロビン・ウィリアムズ主演「フェイス・オブ・ラブ」。ウィリアムズは昨年8月に亡くなったが、アメリカではその前に公開されている。
内容はフランソワ・オゾンの名作「まぼろし」によく似ていて、リメイクではないにしてもヒントになったのでは、と思ったが、監督の母親の体験にヒントを得たものらしい。
ベニングとハリスは結婚30年の熟年夫婦。一人娘はとうに巣立っているが、いまだにラブラブな夫婦。が、メキシコの海辺に滞在していたときに夫が海で亡くなる(うーん、やっぱ「まぼろし」じゃないの?)。
それから5年後、夫を忘れられず、自分に恋心を抱く隣人(ウィリアムズ)とは恋人未満の友人のまま。ところがある日、夫に瓜二つの男(ハリス二役)と出会う。男は10年前に妻に逃げられ、以来画家としての活動をやめてしまい、今は大学で絵画の講師をしている。絵を教えてほしいといって近づいた彼女は、彼を夫の代わりとして愛する。男の方は彼女のそんな事情は知らず、でも、彼女が好きになって、創作意欲をかきたてられ、再び筆をとる。
という具合に、どこまでも夫のまぼろしを求め、夫の死を受け入れなかった「まぼろし」のヒロインとは違って、ベニングの演じる女性は夫の死は理解しているけれど、夫の代わりを瓜二つの男性に求めてしまう。しかし、彼が死んだ夫に瓜二つだから愛している、と彼に知れたら、彼は気持ち悪がって逃げてしまうだろうから、彼女は娘にも隣人にも会わせたくない。とはいっても、娘は家に帰ってくるし、隣人とも顔を合わせるしで、いずれはバレてしまうのだが、この辺がちょっとヒロイン自分勝手すぎて共感できない。
で、結局、バレてしまう過程で、ヒロインが「まぼろし」のように半狂乱になって、少し頭がおかしくなるのだけど、そこはやはり「まぼろし」と違って、また現実に戻ってくる。この辺がまあ、「まぼろし」に比べると平凡だなあと思うのだが、最後にある事実がわかり、ちょっとそこはうるっと来ます。というか、最後に出てくる「フェイス・オブ・ラブ」という絵がものすごくいいのだ。この映画の内容そのものを表す絵になっている。
エド・ハリスはジャクソン・ポロックを演じたことがあるので、画家には似合っている。ウィリアムズが「エドはいい役を手に入れたね」と言ったというが、熟年男女の恋を演じられるというのは年をとった俳優にとってはうらやましいことだろう。女優は年をとると母親役ばかりになるが、男優もまたいい役が減る。脇役が多くなっていた晩年のウィリアムズにはそんな悩みもあったに違いない。
そのウィリアムズは、撮影現場では例によってみんなを笑わせていたようだ。映画では地味に脇を固める役柄で、この役がウィリアムズだからよい、とは思うけれど、やはり役不足な感もある(役不足とは、その人の力量に比べてたいしたことのない役、という意味)。