2019年8月31日土曜日

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(ネタバレ大有り)

タランティーノの新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を見てきた。
クライマックスまではかなり退屈。
シャロン・テート事件の1969年には私は中学生で、すでに映画ファンだったから、当時のことはリアルタイムで知っているのだけれど、なにか、60年代の雰囲気があまり出ていないような気がするのだ。
もちろん、当時のアメリカをじかに知っていたわけではないので、アメリカはああだったのかもしれないが、なにか違うという感じがぬぐえない。
タランティーノの考えた60年代に見えてしまう。
そして、なんか面白くないんだよ、この映画。
ブルース・リーとかスティーヴ・マックイーンが出てくるんだけど、本物に比べてあまりにしょぼい。
なんつうか、この、本物に比べてしょぼい感じがずっとあるんだよね、映画全体に。
もしもこれで、クライマックスがアレじゃなかったら、もう、金と時間返せ、であったのだが、あのクライマックスには大爆笑、いや、いくらなんでも笑っちゃいけないだろうと思ったので、必死で笑いをこらえていたが、「翔んで埼玉」以来の大爆笑だったです。

で、以下、ネタバレしないと詳しく書けないので、ネタバレ大有りで行きます。
ネタバレ困る人はこのあとは読まないでください。




実はキネマ旬報のこの映画の特集がネタバレ全開だったので、見る前からネタバレはわかっていた。
シャロン・テート事件をもとにしているが、完全にフィクションになっている。
で、それを描くクライマックスまでは、落ち目の俳優リックとスタントマン・クリフを中心とするハリウッドのエピソードで、これがどうもあまり面白くないので退屈してしまうのだけど(部分的には面白いものもあるが、全体として面白くならない)、クライマックスになったら俄然、タランティーノ本領発揮。
シャロン・テート事件をそのまま映画化したら悲劇の惨劇になるところを、タランティーノはなんと、喜劇の惨劇にしてしまっているのだ!
いやもう、笑えます、って、笑っちゃいけないと思って必死で笑いをこらえていたんですが。
まあ、とにかく、マンソン・ファミリーの連中が突然、考えを変えて、リックの家を襲いに行くのだが、そこにいたのは妻を殺したと噂され、ブルース・リーよりも強いクリフ。LSDでラリった彼がマンソン・ファミリーをコテンパンにやっつけてしまうのだけど、このクリフの凶暴さがすごい。これでもかっていうくらい徹底的に暴力をふるう。そして、それにつられたように、リックもまた火炎放射器を持ち出して、狂気の沙汰の暴力に。
これ、笑っちゃいけないだろうとは思うのだが、爆笑してしまう。まあ、そういう作りになってるシーンなのでお察し(でも、私以外は笑わないのだろうな)。
というわけで、クリフとリックの狂気が炸裂する大バイオレンスのクライマックスなのだが、マンソン・ファミリーの連中が滅ぼされたあと、2人はそんな狂気の暴力などなかったかのように、もとの日常に戻っていく。
リックもクリフもクライマックスまではわりといい人っぽい感じで、こんな狂気の人物には見えなかったのだが、クライマックスで狂気の暴力の限りを尽くしたあと、まるで何もなかったかのように、またいい人っぽい人に戻る(互いに相手を気遣う)。
クライマックスの狂気はまったく一時的なものにしか見えないし、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの演技がまた、一時的な狂気とその前後の普通をみごとに表現していて、狂気と普通がなめらかにつながっている。だから、突然の狂気の暴力に驚くことはない(むしろ笑ってしまう)。
逆にいうと、クリフとリックの狂気の暴力は映画の中のワンシーンにすぎないようにも見える。だから、彼らの狂気はショッキングではない。本当の意味でのすごい狂気を表現しているわけではない。
だから、このクライマックスが映画全体の中で重要な意味を持つとか、そういうことはない。クライマックスは喜劇の惨劇で爆笑だけど、やっぱりそれまでは退屈だったよね、という感想。
そして、少し冷静になってみると、この映画では凶悪なマンソン・ファミリーの若者たちがそれほど凶悪でなくなっていると気づく。凶悪なことをする以前に、もっと凶悪なクリフとリックにやられてしまうのだから。
この映画では、本当に凶悪なのはクライマックスのクリフとリックであって、マンソン・ファミリーはちょっと怪しげな連中にすぎないのだ。
もちろん、史実はそうではないので、それをこういうふうに描いてしまうことについてはやはり批判的な気持ちになるのだけれど。