2021年5月25日火曜日

「ファーザー」(ネタバレあり)

 アカデミー賞主演男優賞と脚色賞を受賞した「ファーザー」を見てきた。


南船橋。平日なのですいていたが、帰りの電車が激混み。
久々にポケモンセンターものぞく。

「ファーザー」はフランスのフロリアン・ゼレールの舞台劇を、ゼレール自身が監督し、脚色に同じく劇作家のクリストファー・ハンプトンが加わっている。

やたら評判がよくて、絶賛の嵐なのだが、私は疑問に思うところが多かった。

確かに舞台劇だったら非常によくできた作品なのだろうと思う。舞台は抽象的な空間なので、認知症の主人公アンソニーの見た現実と、本当の現実の違いが演出でくっきりと際立ち、効果的になるに違いない。

だが、映画はリアルな映像でできているので、それをアンソニーの見た現実と本当の現実として描くには、たとえばデイヴィッド・リンチのような才能が必要だ。

この映画にはそれが決定的に欠けている。舞台劇の作家の初監督作だから当然といえば当然なのだが。

ラスト、それまで別の人物を演じていた俳優たちが介護施設のスタッフとして登場するとき、「シャッター・アイランド」が頭をよぎったのは私だけだろうか。

スコセッシの「シャッター・アイランド」でも、主人公の見た現実と本当の現実が映像としてうまく表現されていた。それがこの映画にはない。

もちろん、この作品の性格上、そういう映像表現はふさわしくないのかもしれない。でも、非常に不十分な描写だということは事実だ。

最後の最後で、アンソニーが母を慕う子どもに戻ってしまうというのも、なんかありきたりな結末で、なんだかなあ。

アンソニーは2人の娘と一緒に写っている写真を飾っているけど、妻のことは1ミリも出てこない。他の人物の会話にすら出てこない。なにこの妻の不在。もとの舞台を見ればわかるのか?

「ミナリ」と「パラサイト」について、主人公の姉や妹の存在感が薄いという指摘をしていた人がいて、「パラサイト」の妹は存在感が薄いとは思わないが、「ミナリ」は本当にそうで、この種の薄さは確かに欠点なのだ。

アンソニーの認知症の描写も、私は認知症の人を何人も知っているわけではないが、ちょっと違うんじゃない?という感じはする。サッチャーを演じたメリル・ストリープの方がリアルに感じた。

そんなわけで、アンソニー・ホプキンスの演じるドラマとして作られた認知症患者を見るわけで、認知症の問題を提議するとかそういう意図はなさそうで、ただ、作られた認知症患者の見た現実と、本当の現実のドラマを見せるだけで、その描写も映画としてはたいしたことがないと思ってしまう。

ホプキンスはアカデミー賞を複数回受賞していてもおかしくないが、この演技がこれまでの彼の演技に比べて特別際立っているとも思えない。受賞してもおかしくないが、助演女優賞と監督賞をアジア女性にあげたから主演男優賞は黒人じゃなくて白人にしよう、みたいな意識がアカデミー会員にあったのではないかと思ってしまう。そして、ホプキンスなら誰も文句は言わないだろう、と。

そんなわけで、私にはかなり不満な映画だった。


追記 監督賞と助演女優賞がアジア人に加えて、助演男優賞が黒人だった。やはり、それで主演男優賞は白人に、ってなったと疑ってしまう。また、「ファーザー」の脚色で主人公をアンソニー・ホプキンスにあて書きしたようで、どうりでいつものホプキンスの演技そのものなわけだ。