2012年6月25日月曜日

DVDの選択を間違えた…

ツタヤの無料レンタル券を1枚持っていたので、「ドラゴン・タトゥーの女」のリメイクでも借りようと思って出かけ、新作の棚を見たら、スウェーデン版の完全版が並んでいた。試写で見た作品だが、30分長いという。これは見たい! と思ったのだが、その前に評判イマイチのリメイクを見ておいた方が、と思い、デイヴィッド・フィンチャー監督のリメイクの方を借りた。
 画面がやたら暗い。こりゃ、映画館で見ろという確信犯か。確かに映画館で見た方がよいのだろうとは思うが、それにしても……はっきり言ってつまらない。最初から最後までずっとスウェーデン版が頭を離れず、スウェーデン版はなんてよかったのだろうとずっと思いながら見ていた。こんな思いで2時間半て、拷問です。途中でやめられない性格なので余計困る。
 画面が暗いのは、スウェーデン版が北欧の澄んだ明るい光に満たされていたからだろう。逆にいうと、フィンチャーは、スウェーデン版とはすべて違うことをするぞ、と意気込んではいるわけだ。
 でもそれがまたすべて裏目。ミカエルもリスベットもミカエルの恋人も、みんな干からびたミイラみたいに見える。あのスウェーデン版の血の通った人間たちはどこへ行った? 単にクールだとか冷たいとかいうんじゃない、冷たくさえない。とにかく水分が干上がった感じというか、ほんと、ミイラみたいだった。
 それに、なんでアメリカを舞台にしなかったのだろう。あれじゃスウェーデンに全然見えない。
 これを見ながら、「ぼくのエリ」のリメイク「モールス」も何度も頭をよぎった。あれもオリジナルの足元にも及ばない映画だが、できるだけオリジナルと同じやり方で撮ろうという姿勢にある種のリスペクトを感じた。この映画にはそれ(リスペクト)もない。なんたって、天下のフィンチャーだ、世界的には名の知れてないスウェーデンの監督の映画のリメイクなのだ、「モールス」みたいにオリジナルに敬意を表して全部模倣というわけにはいかない。でも、「モールス」が模倣が裏目だった以上に、いや、その何倍も、フィンチャーの差別化は恨め、いや裏目(うちのパソコンは正直で、ここだけ恨めと出やがった)。
 原作小説の映画化なのだからスウェーデン映画にリスペクトする必要はないといえばないんだけど、でも、フィンチャーの映画がスウェーデン版を意識していないわけがない。
 ノオミ・ラパスに比べてあまりにも存在感のないルーニー・マーラのリスベット。最後になっていきなり世界をまたにかけるグローバルキャリアウーマン風詐欺師に変貌し、ラストはふられてかわいい女の子になっちまうのだが、これって、いかにもハリウッド映画のワンパターンヒロインの造型。悪いのは彼女じゃなくて監督ですけどね。
 それ以上につまんなくてしょうがないのがミカエルのダニエル・クレイグ。こんな魅力のないクレイグは初めてだ。スウェーデン版の包容力のあるおじさんミカエルがなつかしいぞ。
 はっきりいって、この映画のルーニー・マーラとダニエル・クレイグだったら、恋愛してもネットをログアウトするような感覚で別れるだろうなって、そんな感じ、と思ったら、これがまた、旧態依然のハリウッド調メロドラマのお別れ。愛人はつらいよ、だって、男はクリスマスは家族とすごすから~って、もろ、これなんだもの。リスベットが自分から去っていくスウェーデン版はよかったなあ。
 と、どのシーンを見ても、スウェーデン版はよかったなあ、のオンパレードなのです。
 まあ、メインタイトルだけは昔のフィンチャー調で、ホラー時代のフィンチャー好きな人にはよいと思う。でも、あれを「今の若い人はあのメインタイトルをかっこいいと思わない」と某映画雑誌が書いているのには首をかしげる。あれがかっこいいって? どこが? 第一、日本では「ミレニアム」の原作は若い人にはあまり受けてないのだけど、それを知らないのだろうか? 「リスベットみたいな女はアニメや漫画にはいくらでもいる、おじさん世代はそれを知らないから驚いて夢中になる」と若いミステリファンが言っているんですけどねえ。
 んなわけで、DVDの選択を間違えました。でもまだスウェーデン版の完全版を見る楽しみがある。あの映画のミカエルやリスベットとなら何時間すごしてもいいです。