2017年5月31日水曜日

「君の名は。」17回目

3月から「君の名は。」ばかり見に行っていて、他の映画がおろそかになっているが、5月中旬のあと、しばらく見に行っていなかった。
が、池袋シネマ・ロサがまだ上映していて、今週は夕方4時台なので、行ってみた。
平日の夕方4時台にしては入っている。
若者からシニアまでいろいろな客層。
この前行ったときと同じ最前列の席にしたのだけど、2列目の斜め後ろにシニアっぽい人がいた。
前に行ったときも斜め後ろに同じような年恰好の人がいたのだけど。
けっこうシニアのリピーターがいそうな感じは以前からしていた。
さて、この映画、実は非常に細かく緻密に論理的に構成されていて、いろいろなモチーフを指摘しても、結局、それは新海誠の意図を説明することにしかならないと気づいた。
新海が意識的には考えていなかったが、無意識的に実現した芸術的な要素を批評家が見つけるというのが非常にむずかしい映画なのだ。
観客は感性で理解し、感動するが、映画自体は新海の緻密な論理で出来上がっている。だから、何を指摘してもそれは新海の意図でしかない。
ある意味、批評の無力を感じさせる映画だ。
で、作者のつまらない意図なんかどうでもいい、と、気鋭の研究者が書いた論考が書き手の願望でしかないトンデモだったりしたわけだけど(これについての批判記事に最近、突然、80近いアクセスが)、この映画は本当に新海が隅々まで支配している映画だなあと痛感した。
批評家だの研究者だのが勝手に自分の願望全開したって、エビデンスが何もない。エビデンスで批評すれば、新海の意図を代弁するだけ。
でも、この映画のすごいところは、そういう緻密な論理ではなく、感性で観客を感動させたこと。
いろいろと深い作品だとあらためて思う。

さて、せっかく池袋に行くんだから、昔よく服を買った東口の地下街のショッピングセンターに行きたい、と思ったら、場所がわからなくなっていた。
食品売り場の北側にあることがわかり、行ってみたけれど、昔とはだいぶ違っていた。
池袋はとにかく人がトロイのでせっかちな私はイライラするばかり。
自動改札をスイカだかパスモだかで出る客もトロイんでもう、イライラ。
うーん、昔は池袋、好きだった時期もあったんだけどな。
キンカ堂と、サンシャインのあたりが好きだっただけなんだろう。