2017年6月28日水曜日

「セールスマン」(少しネタバレ)

「別離」に続いて2度目のアカデミー賞外国語映画賞となったアスガー・ファルハディ監督のイラン映画「セールスマン」を見てきた。
劇場はキネマ旬報シアターで、存在は当然知っていたけど、行ったのは初めて。柏駅からすぐのわかりやすい場所(案内板が中央改札を出たところからずっとある)。
柏は10代の頃に7年間住んでいたけれど、先だっての川崎と同じく、最後に行ってから数十年が経過しているので、昔の面影はまったくない。

さて、「セールスマン」だけど、実はアーサー・ミラーの「セールスマンの死」を読んでいないので、この劇とのつながりはわからなかった。
そこでググってみたら、なかなかためになるサイトが出てきた。
http://france-chebunbun.com/2017/06/11/post-11490/
この記事はネタバレ全開なので、これから見る人は読まない方がいいと思う。
でも、「セールスマンの死」との関連について詳しく書いてあるので、私にとっては役に立った。
特に、後半、主人公がウィリー・ローマン化するというあたり、実際に戯曲と比べて確かめないといけないけど、とりあえず、なるほど、そうなのか、と感じた。
また、性犯罪の被害者に寄り添った意見や、最後の結論も大いに納得できる。見終わって、なんとなくモヤモヤが残る人はこれを読むといいと思う。

実は私自身が見終わってモヤモヤが残ったのだけど、上の記事に書いていないことを少し書いておこう。

主人公は「セールスマンの死」を上演する劇団の俳優夫婦。倒壊寸前のアパートから新しいアパートへ転居するが、ある夜、自宅でシャワーを浴びていた妻が何者かに襲われ、レイプされる。
そのアパートの部屋は前の住人が自宅で売春をしていたのだが、夫婦には知らされていなかった。妻はインターフォンが鳴ったとき、夫だと思い、確認せずにドアの鍵を開けて浴室に入ってしまう。しかし、現れたのは前の住人の客だった男で、シャワーを浴びているのが別人だとわかったにもかかわらず、襲ったのだ。
遺留品は多く、車、そのキー、携帯、金など。携帯はすでに契約解除されていた(これが最後に決め手となる)。
夫は警察に行こうと言うが、妻はかたくなに拒む。上の記事では、警察に行くと妻が逮捕されると書いているが、確かにイスラム教の国の中にはレイプの被害者の方が逮捕されたり、時には死刑にされたりすることもあるけれど、この映画の場合はそれはなさそうに感じる。
妻が警察に行きたくない理由は、いろいろ事情を話さなければならないのがつらいからであり、また、彼女はレイプされたことを人に知られたくないという気持ちが強い。
日本でもレイプ被害者は泣き寝入りが多く、特に相手が顔見知りだと立証が大変だと聞くが、この場合は赤の他人なので、立証は簡単だろう。遺留品も多いので、犯人はすぐに捕まると思われる。
しかし、たとえそうでも、世間はなぜインターフォンの相手を確かめずに鍵を開けたのかと言って、被害者の落ち度を述べ立てるだろう。日本でも性犯罪の被害者には必ず落ち度があったと責める人がいる。鍵をかけ忘れた人はレイプされてもしかたない、と言わんばかりの言説が平然と行われる。鍵をかけ忘れた人は殺されてもしかたない、とは絶対に言われないのに。
夫は、警察に行かないのなら自分が見つけ出して復讐してやる、と、犯人探しに奔走する。その間も劇団の公演は続き、妻は無理して舞台に立つが、途中で退場してしまう。
一方、妻を助けて病院へ連れていったアパートの人々から劇団員に事件のことが伝わってしまう。妻は顔の傷を見られるから実家にも帰れないと言っていたのに、である。妻がいかにレイプ被害を知られたくないかがよくわかる。夫が復讐に走れば走るほど、妻は救われず、夫婦の溝は深まるばかり。
別の人の感想に、夫の復讐は自己満足にすぎない、と書いているものがあったが、まったくそのとおりだろう。妻を救うには何をしたらいいのか、ということを考えていない。というか、これはとてもむずかしくて、考えられない夫を責められない。
ただ、復讐したい夫の心理もまた、レイプ犯と同じく、男性原理みたいなものじゃないか、という気はする。男のメンツであり、また、女を見下している。
最後に意外な人物が犯人だとわかるのだが、この犯人を見て、「午後8時の訪問者」の移民の女性を死なせた男を思い出した。移民の若い女性にしつようにつきまとい、彼女を死に至らしめた男は、一見、ごく普通の平凡な男だった。極悪人ではまったくない。が、彼は女を思い通りにすることをよくやっていて、だから、逃げる女にもしつこくつきまとったのだ。
「セールスマン」の犯人も一見、善良で無害な男に見えるが、彼は売春をする女のところに通い、そして、売春婦ではないとわかって凶行に及んだ。
2人とも、後悔し、反省しているようなところも似ている。
ただ、疑問なのは、妻がこの犯人と同じ場所にいても動揺しないことだ。彼女は赦しの境地に至っているのだろうか。この辺がどうにもモヤモヤする。