1月末に天井の落下事故があり、点検のために約1か月休館したあと、今月はじめから一部のスクリーンで営業を開始したTOHOシネマズ日本橋に「ダンボ」を見に行った。
まだ閉鎖中のスクリーンはあるけれど、全体としては以前と同じ感じに見えた。ただ、上映作品が少ないので非常に閑散としていた。「ダンボ」もガラガラ。
まあ、「ダンボ」はティム・バートン監督、マイケル・キートン、ダニー・デヴィート出演という、往年の「バットマン・リターンズ」の監督と主演の2人なので見に行ったようなもので、ほとんど期待はしていなかったが、それでも少しは見どころがあるんじゃないかと思っていたけれど、全然なかった。
冬の「くるみ割り人形」もだけれど、ストーリーや脚本が最悪。それでも「くるみ割り人形」の方がヴィジュアルや音楽でまだ見どころがあったが、「ダンボ」はまったくだめ。
1919年、第一次世界大戦で片腕を失い、妻は病死で2人の子供が残されたサーカスの曲芸師がサーカスに戻って象の世話をすることになる。団長(デヴィート)が新しく買った象は妊娠中で、小象が人気者になることを期待していたが、耳が大きすぎてだめだと判断されてしまう。母象は売主に返されてしまい、その後、小象のダンボが大きな耳で飛べることがわかり、という出だし。
このあと、サーカスと提携してドリームランドというテーマパークを作った男(キートン)が悪役となるのだけれど、とにかくストーリーがよくこれでOK出たなというシロモノで、これじゃいくら工夫しても面白い映画になるわけないだろうと思う。
ヴィジュアル的にも魅力があまりないし、音楽がいいわけでもない。
特に実写のダンボがかわいくない。
リアルな象だからかわいくない、というのもあるが、動きや表情がかわいくないし、なにより、空を飛ぶダンボに爽快感がない。
なんでこんなに飛ぶシーンに爽快感がないのだろう、と思い、リチャード・ドナーの「スーパーマン」とか、サム・ライミの「スパイダーマン」とか、ジェームズ・キャメロンの「アバター」とか、宮崎駿のアニメとか、飛ぶシーンが魅力的だった映画がいくつも頭をよぎり、ティム・バートンの飛ぶシーンの下手さ、魅力のなさに唖然とする。
思えばティム・バートンは空を飛ぶシーンを魅力的に撮ることがなかった人だったなあと気づく。
バットマンがビルのてっぺんに立って下を見下ろすとか、シザーハンズが山の上の城にいるとか、高い場所にいる人を描くことはあったが、その場合でも決して主人公の視線で高いところからまわりを見ることはなかった。彼らは常に遠くから見られていただけだった。
ダンボも、ダンボ自身が空を飛ぶ爽快さとか楽しさを感じるようにはまったく描かれていない。普通なら、ダンボの視線で飛ぶ風景が描かれるのに。
ダンボがかわいくないのも、ダンボに感情移入させないからだ。
ただ、ティム・バートンの映画を思い起こしてみると、バートンは異形の人々に対する共感を強く描いていたが、彼らの中に入ってまわりを見ていたわけではなかった。バートンは基本的に外からしかキャラクターを見ないのだろう。
だから、耳が大きいので異形の存在にされるダンボの気持ちも、母への思いも、形だけしか描かれていないと感じる。でも、「シザーハンズ」や「バットマン・リターンズ」のような優れた作品では、外からしか描かなくても彼らへの共感は大いにかきたてられていた。「ダンボ」にはそれがない。
異形の存在に対するバートンの興味そのものが形骸化してしまったのだろうか。
と、かなりがっかりの「ダンボ」だったけれど、その前に試写で見た「僕たちのラストステージ」はよかった。
戦前に映画で絶大な人気を誇ったスタン・ローレルとオリヴァー・ハーディのコンビがすっかり落ち目になった頃の、1953年のイギリス巡業を描いた作品。
最初は狭いホールでも客は少なかったが、巡業を続けるうちに人気が沸騰、ソールドアウトが相次ぎ、ついにロンドンで広い劇場を満員にして公演ができるようになる。
その間、ローレルとハーディが仲良しコンビではなく、特にハーディはローレルを仕事仲間としか思っていないことなどから、2人の間にいさかいが起こる。2人の妻たちも相手の夫をよく思っていない。しかし、彼らのけんかも周囲にはコントに見えてしまうという見かけと現実の落差。
そんなとき、ハーディが倒れ、医者や妻から引退を勧告されたとき、ローレルとハーディはお互いがなくてはならない存在であることに気づく。
ローレルとハーディは、ローレルが脚本を書き、それを2人で演じるという形だったのだけれど、ローレルにとってはハーディの存在がコントを書く触媒になっていたことがわかる。なんとなくコント55号を思い出したが、ローレルとハーディを演じるスティーヴ・クーガンとジョン・C・ライリーの演技がすばらしく、テンポのよい演出もみごと。
映画や日常生活のブログ。記事内の写真はクリックすると大きくなります。別ブログ(ログインできなくなった場合用)http://sabre26.cocolog-nifty.com/blog/
2019年3月29日金曜日
2019年3月25日月曜日
ル・コルビュジエ展
月曜は美術館は普通は休みなのだけれど、今日25日は開館していた西洋美術館でル・コルビュジエ展を見る。閉館後に外から撮った写真。右側奥に彫刻が見える。
チラシなど。
西洋美術館はル・コルビュジエの建築なので、展示物だけでなく建物自体がル・コルビュジエの作品。いつもは企画展は地下で開催されるのだけれど、この企画展はル・コルビュジエの設計した美術館本館(いつもは常設展の場所)で開かれている。最初、いつものつもりで地下へ行こうとしたら閉鎖されていた。
展示物はル・コルビュジエと仲間たちの絵画が中心で、建築関係は少なかった。
絵画としてはそんなにすごくないというか、途中でピカソの絵が数点、展示されているのを見ると、才能の違いを感じてしまう。特にル・コルビュジエの絵は最初の方は、私でも描けそうな絵ばかりだったが、奥の方へ行くとよい絵が出てくる。
月曜だったせいか、あるいは題材が地味だからか、あまり混んでいなかった。
この本館はとても好きで、1階から入って、そこも展示室なのだけれど、スロープを上がって2階へ行くと本格的な展示室になる。ここをまわっていくと、最初に上がってきたところに出る。そこでもう一度まわって見ることが可能。ところどころに細い階段があったり(立ち入り禁止)、他の場所がのぞけたり、下を見下ろせたりと、本当によくできた設計で、外の光を取り入れる窓が目につく。今の美術館は窓もなく、エスカレーターで上がったり下りたりして、もう一度見ようと思うと逆走しないといけないが、この本館は何度でもぐるぐるとまわれるのだ。建築関係の展示は少なかったけれど、この美術館自体がすばらしい展示物なのだ。
そんなわけで、常設展の場所で企画展をやっているので、常設展はいつもよりずっと狭くなっていた。
上野公園はもう花見客でいっぱい。
ベローチェの猫ファイルは関東では一時在庫がまったくなくなっていたが、先週末におそらく最後の入荷が一部店舗であった。それで今日、ネットで在庫がありそうな店へ行って、まず秋葉原の某店で1枚もらい、そのあと上野でル・コルビュジエ展見たら御徒町近辺でもう1枚もらおうとしたら、御徒町近辺は全滅。それでまた秋葉原の某店に入ってもらった。たぶんこれが最後。
チラシなど。
西洋美術館はル・コルビュジエの建築なので、展示物だけでなく建物自体がル・コルビュジエの作品。いつもは企画展は地下で開催されるのだけれど、この企画展はル・コルビュジエの設計した美術館本館(いつもは常設展の場所)で開かれている。最初、いつものつもりで地下へ行こうとしたら閉鎖されていた。
展示物はル・コルビュジエと仲間たちの絵画が中心で、建築関係は少なかった。
絵画としてはそんなにすごくないというか、途中でピカソの絵が数点、展示されているのを見ると、才能の違いを感じてしまう。特にル・コルビュジエの絵は最初の方は、私でも描けそうな絵ばかりだったが、奥の方へ行くとよい絵が出てくる。
月曜だったせいか、あるいは題材が地味だからか、あまり混んでいなかった。
この本館はとても好きで、1階から入って、そこも展示室なのだけれど、スロープを上がって2階へ行くと本格的な展示室になる。ここをまわっていくと、最初に上がってきたところに出る。そこでもう一度まわって見ることが可能。ところどころに細い階段があったり(立ち入り禁止)、他の場所がのぞけたり、下を見下ろせたりと、本当によくできた設計で、外の光を取り入れる窓が目につく。今の美術館は窓もなく、エスカレーターで上がったり下りたりして、もう一度見ようと思うと逆走しないといけないが、この本館は何度でもぐるぐるとまわれるのだ。建築関係の展示は少なかったけれど、この美術館自体がすばらしい展示物なのだ。
そんなわけで、常設展の場所で企画展をやっているので、常設展はいつもよりずっと狭くなっていた。
上野公園はもう花見客でいっぱい。
ベローチェの猫ファイルは関東では一時在庫がまったくなくなっていたが、先週末におそらく最後の入荷が一部店舗であった。それで今日、ネットで在庫がありそうな店へ行って、まず秋葉原の某店で1枚もらい、そのあと上野でル・コルビュジエ展見たら御徒町近辺でもう1枚もらおうとしたら、御徒町近辺は全滅。それでまた秋葉原の某店に入ってもらった。たぶんこれが最後。
桜の開花
谷中の寺。今月中旬に撮った写真。まだ咲いているのはこれくらいだったが。
桜が次々と開花した先週末。上とは別の寺。
ソメイヨシノも。
最初の寺の枝垂桜。
夜。自宅近くで。
金曜は「ブラック・クランズマン」を見に行ったが、駅へ行く途中で満開に近いくらい開花している桜の木を見て驚いた。木によってはほとんど開花していないものもある。
「ブラック・クランズマン」はKKKの白人たちが黒人へのヘイトを煽るシーンと、ブラックパワーの黒人たちが白人への怒りを煽るシーンを交互に描き、最後にヘイト集団の車が反対派に突っ込んで白人女性が犠牲になる実際のニュース映像を流すなど、人種差別に加えてヘイトを煽ることへの批判がテーマになっている作品だった。最初と最後がなんだかマイケル・ムーアの映画みたいだなと思ったが、間のドラマはスパイク・リーらしいサスペンスとユーモアがまじった面白い映画。狭い集団でヘイトが煽られていく過程を描いているところが現代のインターネットに通じるところがあると指摘しているブログがあった。
そして日曜は23回目の「ボヘミアン・ラプソディ」。亀有で1か月ぶりの最大箱での上映だったので出かけた。
桜が次々と開花した先週末。上とは別の寺。
ソメイヨシノも。
最初の寺の枝垂桜。
夜。自宅近くで。
金曜は「ブラック・クランズマン」を見に行ったが、駅へ行く途中で満開に近いくらい開花している桜の木を見て驚いた。木によってはほとんど開花していないものもある。
「ブラック・クランズマン」はKKKの白人たちが黒人へのヘイトを煽るシーンと、ブラックパワーの黒人たちが白人への怒りを煽るシーンを交互に描き、最後にヘイト集団の車が反対派に突っ込んで白人女性が犠牲になる実際のニュース映像を流すなど、人種差別に加えてヘイトを煽ることへの批判がテーマになっている作品だった。最初と最後がなんだかマイケル・ムーアの映画みたいだなと思ったが、間のドラマはスパイク・リーらしいサスペンスとユーモアがまじった面白い映画。狭い集団でヘイトが煽られていく過程を描いているところが現代のインターネットに通じるところがあると指摘しているブログがあった。
そして日曜は23回目の「ボヘミアン・ラプソディ」。亀有で1か月ぶりの最大箱での上映だったので出かけた。
2019年3月22日金曜日
高須ごときで見るのをやめるな「翔んで埼玉」4回目
亀有で「翔んで埼玉」3回目を見たあと、やっぱり亀有じゃ盛り上がらないな、第一、客が少ない、もう一度さいたま新都心で見たい、と思ったとたん、例のナチス礼賛ホロコースト否定の高須院長が映画とまさかのコラボ。もう見に行く気になれない、と思ったのだけれど、なんであいつのせいで見るのをやめなきゃいけないんだ、という気持ちにだんだん変わっていき、春分の日にMOVIXさいたまに見に行こうと突然思い立った。
思い立ったのが春分の日になった直後で、サイトのスケジュールを見ると、すでに夕方の回まで最大箱が残りわずか。もういい席はない。夜の回とレイトは余裕ありだったので、夜の回を予約。翌朝にはその夜の回も残りわずかになり、夕方までは完売していた。さいたま恐るべし。
3月はじめにMOVIXさいたまに行ったときは夜まですべて完売だったけれど、さすがに少し人気が衰えたのか、夜の回はほとんど埋まってはいたけれど完売にはならなかった。ロビーも3月はじめのようにはごった返してはいなかったし、上映が終わったときの拍手もなかった。やっぱりちょっと熱が冷めてきているのかな?
で、MOVIXさいたまの壁一面はこのようになっております。
左右に縦長のバナー、その間に上のようなポスターが10枚並んでいますが、全体を撮ろうとするとかなり後ろに下がらねばならず、そうなると前を通る人が入ってしまうので、全体はあきらめて部分的に撮りました。
まず、一番右に二階堂ふみのバナー。
右から左にポスターが10枚続きます。もう薄暗くなっていて、バナーは光が足りなくてぼけてますが、こちらはバックライトがあるのできれいに撮れました。
「埼玉の皆様」がかぶってしまった。
一番左がGACKTのバナー。
右わきから全体を撮ってみました。
それでもこのときはまだ人が少なかったのですが、このあと前の回が終わって人がたくさん出てきて、すごい人だかりになってしまいました。みんな写真撮ってます。
そして映画を見終わり、「与野は引っ込んでろ」の与野を通り、大宮とけんかしていた浦和を通り、武蔵野線に乗りかえて、流山決戦の川を越えて帰宅したあと、ネットを見ていたらこんな記事が。
「な、な、なにこのコラボ……」心地よい自虐作『翔んで埼玉』が翔べなくなった日
https://bunshun.jp/articles/-/11120
例の高須院長のコラボについて書いている記事ですが、この方もコラボに衝撃を受けながら、でも、また映画を見に行ったのですね。
一部引用。
アカウントのツイートを遡ると、実は今回の企画のために作られたアカウントではなく、昨年の5月には東宝映画『のみとり侍』とのコラボ企画に使われていたことがわかる。映画『翔んで埼玉』の公開日は2019年2月22日で、高須クリニックのコラボについて最初にツイートされているのは3月13日だから、おそらくは初登場1位という予想を覆すヒットが話題になったあとに決まったコラボのために、以前別の映画でコラボした際に作ったアカウントを流用したのだろう。
(中略:ここで筆者は高須院長の過去の問題発言について解説)
映画『翔んで埼玉』の広報担当者(東映配給である)にしてみれば、去年同じように東宝さんとコラボした時は何も言われなかったじゃないですか、なんでうちだけという思いはあるだろう。そもそも高須クリニックのCMはTV雑誌問わず豊富な資金力で全面展開されているし、高須院長本人もテレビ番組に自ら出演している。ピーピー言ってる邦画、それも東映(ごめん)の広報担当者が担当者の一存で政治性を理由に断る方が困難なのかもしれない。法的に問題は何もなく、他社もみんなやってるのだ。少なくとも日本のメディアにおいては。
へえ、「のみとり侍」ともコラボしてたんだ。知らなかった。
つか、「のみとり侍」って爆死したよね。あの阿部寛が貴公子然として登場する「空海」(妖猫傳)の前に必ずこの映画の予告をやって、阿倍仲麻呂のイメージをだいなしにしてくれた映画だったから、爆死してざまあみろとしか思わなかったが。
まあ高須院長が乗ってもだめだったわけです。つか、あまりにもだめだったので、コラボしてたことも知られてなかった?
まあ、上の記事の筆者も書いているように、担当者が断れなかったってのもあるでしょうね。
あのコラボへの批判殺到の中で、映画を見ると高須院長に金が入るから見ない、というのがあったのですが、高須院長は金を出す側なので、映画を見ると院長に金が入るというのはないと思います。
それに、今回MOVIXさいたまへ行ったけど、別に高須クリニックのたの字もなかったし。
実際、お客さんの大部分は高須クリニックとのコラボのことなんか頭にないのではないかと思います。
高須クリニックとのコラボの与えた影響については、上の記事を読んでもらうとして、でも、上の記事でも書かれているけれど、コラボのあとに映画を見ても、映画自体は以前と変わっていない。映画が違って見えるなんてことはまったくない。
高須クリニックとのコラボなんて、「のみとり侍」とのコラボと同じで、いずれ消えてなくなる。映画は残る。差別を茶化すことで批判し、革命とか解放戦線とかいったなつかしい左翼用語をふりかざし、まるで国会を取り囲む市民のように、埼玉解放戦線と千葉解放戦線が都庁を取り囲む絵を作ってしまった映画。これを見るべき人が見なくなるのこそ、ああいう人たちの思うつぼ。
実際、左翼が注目しそうな映画だから高須とコラボしてカムフラージュしたんでは?といううがった見方も一部にはある(私もちょっとそう思った)。
ところで、上の記事の筆者のブログに、この映画の神奈川県の扱いに触れたものがあって、これも面白かった。
https://www.cinema2d.net/entry/2019/02/26/232341
私も、崎陽軒のシウマイは神奈川県知事の悪事がバレる証拠として使われているのに、よく許可したなあ、と感心していたけど、まあ、あれは都知事が崎陽軒のシウマイが好きで、それで神奈川県知事がお土産に持って行っただけで、崎陽軒は無関係なんだろう(でも金のひょうちゃんが入ってるから崎陽軒も仲間では、というツッコミはありうる)。
神奈川県に関しては、あの映画では知事だけが悪役で、神奈川県民は別ということなのでしょう。
もうひとつ、このブログでは「フォルトゥナの瞳」についても書いていて、こちらも興味深い。
https://www.cinema2d.net/entry/2019/03/17/090539
「フォルトゥナの瞳」は百田尚樹が原作だというだけで見る気をなくすのだが、この筆者は百田センセイに対しては批判的だけど、それでも見るし、原作も読む、というのがすごい。
原作にはヘイト色がまったくない、とか、百田センセイはウヨると受けるからウヨになったのでは、と書いていて、たぶんそうだと思うし、ウヨった方が稼げる時代になっているのは確かだ。
で、おまけ。
MOVIXさいたまのロビーには例のピエール瀧出演の「麻雀放浪記2020」の大きなバナーが飾ってある。それを見ていたお客さんたち。
「ピエール瀧の名前消してないね」
「ああいうことがあったからって、やめたりしなくてもいいよね」
そういうこと。
ちなみにこっちも東映。
思い立ったのが春分の日になった直後で、サイトのスケジュールを見ると、すでに夕方の回まで最大箱が残りわずか。もういい席はない。夜の回とレイトは余裕ありだったので、夜の回を予約。翌朝にはその夜の回も残りわずかになり、夕方までは完売していた。さいたま恐るべし。
3月はじめにMOVIXさいたまに行ったときは夜まですべて完売だったけれど、さすがに少し人気が衰えたのか、夜の回はほとんど埋まってはいたけれど完売にはならなかった。ロビーも3月はじめのようにはごった返してはいなかったし、上映が終わったときの拍手もなかった。やっぱりちょっと熱が冷めてきているのかな?
で、MOVIXさいたまの壁一面はこのようになっております。
左右に縦長のバナー、その間に上のようなポスターが10枚並んでいますが、全体を撮ろうとするとかなり後ろに下がらねばならず、そうなると前を通る人が入ってしまうので、全体はあきらめて部分的に撮りました。
まず、一番右に二階堂ふみのバナー。
右から左にポスターが10枚続きます。もう薄暗くなっていて、バナーは光が足りなくてぼけてますが、こちらはバックライトがあるのできれいに撮れました。
「埼玉の皆様」がかぶってしまった。
一番左がGACKTのバナー。
右わきから全体を撮ってみました。
それでもこのときはまだ人が少なかったのですが、このあと前の回が終わって人がたくさん出てきて、すごい人だかりになってしまいました。みんな写真撮ってます。
そして映画を見終わり、「与野は引っ込んでろ」の与野を通り、大宮とけんかしていた浦和を通り、武蔵野線に乗りかえて、流山決戦の川を越えて帰宅したあと、ネットを見ていたらこんな記事が。
「な、な、なにこのコラボ……」心地よい自虐作『翔んで埼玉』が翔べなくなった日
https://bunshun.jp/articles/-/11120
例の高須院長のコラボについて書いている記事ですが、この方もコラボに衝撃を受けながら、でも、また映画を見に行ったのですね。
一部引用。
アカウントのツイートを遡ると、実は今回の企画のために作られたアカウントではなく、昨年の5月には東宝映画『のみとり侍』とのコラボ企画に使われていたことがわかる。映画『翔んで埼玉』の公開日は2019年2月22日で、高須クリニックのコラボについて最初にツイートされているのは3月13日だから、おそらくは初登場1位という予想を覆すヒットが話題になったあとに決まったコラボのために、以前別の映画でコラボした際に作ったアカウントを流用したのだろう。
(中略:ここで筆者は高須院長の過去の問題発言について解説)
映画『翔んで埼玉』の広報担当者(東映配給である)にしてみれば、去年同じように東宝さんとコラボした時は何も言われなかったじゃないですか、なんでうちだけという思いはあるだろう。そもそも高須クリニックのCMはTV雑誌問わず豊富な資金力で全面展開されているし、高須院長本人もテレビ番組に自ら出演している。ピーピー言ってる邦画、それも東映(ごめん)の広報担当者が担当者の一存で政治性を理由に断る方が困難なのかもしれない。法的に問題は何もなく、他社もみんなやってるのだ。少なくとも日本のメディアにおいては。
へえ、「のみとり侍」ともコラボしてたんだ。知らなかった。
つか、「のみとり侍」って爆死したよね。あの阿部寛が貴公子然として登場する「空海」(妖猫傳)の前に必ずこの映画の予告をやって、阿倍仲麻呂のイメージをだいなしにしてくれた映画だったから、爆死してざまあみろとしか思わなかったが。
まあ高須院長が乗ってもだめだったわけです。つか、あまりにもだめだったので、コラボしてたことも知られてなかった?
まあ、上の記事の筆者も書いているように、担当者が断れなかったってのもあるでしょうね。
あのコラボへの批判殺到の中で、映画を見ると高須院長に金が入るから見ない、というのがあったのですが、高須院長は金を出す側なので、映画を見ると院長に金が入るというのはないと思います。
それに、今回MOVIXさいたまへ行ったけど、別に高須クリニックのたの字もなかったし。
実際、お客さんの大部分は高須クリニックとのコラボのことなんか頭にないのではないかと思います。
高須クリニックとのコラボの与えた影響については、上の記事を読んでもらうとして、でも、上の記事でも書かれているけれど、コラボのあとに映画を見ても、映画自体は以前と変わっていない。映画が違って見えるなんてことはまったくない。
高須クリニックとのコラボなんて、「のみとり侍」とのコラボと同じで、いずれ消えてなくなる。映画は残る。差別を茶化すことで批判し、革命とか解放戦線とかいったなつかしい左翼用語をふりかざし、まるで国会を取り囲む市民のように、埼玉解放戦線と千葉解放戦線が都庁を取り囲む絵を作ってしまった映画。これを見るべき人が見なくなるのこそ、ああいう人たちの思うつぼ。
実際、左翼が注目しそうな映画だから高須とコラボしてカムフラージュしたんでは?といううがった見方も一部にはある(私もちょっとそう思った)。
ところで、上の記事の筆者のブログに、この映画の神奈川県の扱いに触れたものがあって、これも面白かった。
https://www.cinema2d.net/entry/2019/02/26/232341
私も、崎陽軒のシウマイは神奈川県知事の悪事がバレる証拠として使われているのに、よく許可したなあ、と感心していたけど、まあ、あれは都知事が崎陽軒のシウマイが好きで、それで神奈川県知事がお土産に持って行っただけで、崎陽軒は無関係なんだろう(でも金のひょうちゃんが入ってるから崎陽軒も仲間では、というツッコミはありうる)。
神奈川県に関しては、あの映画では知事だけが悪役で、神奈川県民は別ということなのでしょう。
もうひとつ、このブログでは「フォルトゥナの瞳」についても書いていて、こちらも興味深い。
https://www.cinema2d.net/entry/2019/03/17/090539
「フォルトゥナの瞳」は百田尚樹が原作だというだけで見る気をなくすのだが、この筆者は百田センセイに対しては批判的だけど、それでも見るし、原作も読む、というのがすごい。
原作にはヘイト色がまったくない、とか、百田センセイはウヨると受けるからウヨになったのでは、と書いていて、たぶんそうだと思うし、ウヨった方が稼げる時代になっているのは確かだ。
で、おまけ。
MOVIXさいたまのロビーには例のピエール瀧出演の「麻雀放浪記2020」の大きなバナーが飾ってある。それを見ていたお客さんたち。
「ピエール瀧の名前消してないね」
「ああいうことがあったからって、やめたりしなくてもいいよね」
そういうこと。
ちなみにこっちも東映。
2019年3月19日火曜日
猫めあてで「キャプテン・マーベル」
アメコミ映画化はまったくフォローしていないのでほとんど見ていない、特にマーベル・コミックの方は見てないのだけれど、「キャプテン・マーベル」は猫がかわいいというので見に行った。
いくら猫がかわいいといっても見に行くほどなのかは非常に疑問だったが、MOVIXの6回見たら1回無料の回だったし、アベンジャーズ以前の話ということで、まったくフォローしてなくても大丈夫だろうと思ったので見ることにした。
で、感想。
猫はあまり出てこない。
後半まあまあ出てくる。
猫はかわいい。
しかも笑わせてくれる。
ただ、SFの猫なのでただの猫ではない。でも、笑わせてくれる。
長い長いエンドロールのあとにも猫が出てくるので、猫めあての人は最後まで席を立たないように。
お話の方はとっちらかった感じで、脚本があまりうまくできていない感じがした。
途中で(以下ネタバレ)善人と悪人がチェンジしてしまうのだが、なんだかご都合主義っぽい。
キャプテン・マーベルはシン・ゴジラの第一形態、第二形態みたいにどんどん強くなっていく。
アクションはそこそこの出来。
全体として明るくて肩が凝らないし、笑いがあるのはよかった。
しかし、舞台となるのが1995年の地球で、まだDVDではないレンタルビデオ店が出てきて、「トゥルー・ライズ」とか「ライトスタッフ」が出てきたり、コンピューターがなつかしい時代のもので、データがなかなか出てこないとか、その辺はちょっと面白かったけれど、一時的なネタで終わってしまう。
いろいろ中途半端で物足りなく、猫、もっと出てきてほしかった。
いくら猫がかわいいといっても見に行くほどなのかは非常に疑問だったが、MOVIXの6回見たら1回無料の回だったし、アベンジャーズ以前の話ということで、まったくフォローしてなくても大丈夫だろうと思ったので見ることにした。
で、感想。
猫はあまり出てこない。
後半まあまあ出てくる。
猫はかわいい。
しかも笑わせてくれる。
ただ、SFの猫なのでただの猫ではない。でも、笑わせてくれる。
長い長いエンドロールのあとにも猫が出てくるので、猫めあての人は最後まで席を立たないように。
お話の方はとっちらかった感じで、脚本があまりうまくできていない感じがした。
途中で(以下ネタバレ)善人と悪人がチェンジしてしまうのだが、なんだかご都合主義っぽい。
キャプテン・マーベルはシン・ゴジラの第一形態、第二形態みたいにどんどん強くなっていく。
アクションはそこそこの出来。
全体として明るくて肩が凝らないし、笑いがあるのはよかった。
しかし、舞台となるのが1995年の地球で、まだDVDではないレンタルビデオ店が出てきて、「トゥルー・ライズ」とか「ライトスタッフ」が出てきたり、コンピューターがなつかしい時代のもので、データがなかなか出てこないとか、その辺はちょっと面白かったけれど、一時的なネタで終わってしまう。
いろいろ中途半端で物足りなく、猫、もっと出てきてほしかった。
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