2013年11月15日金曜日

テッド・ノーランの帰還

ただ今NHLをぶっちぎりで最下位独走中のセイバーズ。さすがになんとかしなきゃってんで、ついにオーナーはGMとHCを解雇。かわりに90年代のセイバーズのスター、パット・ラフォンテーヌと、歴代のセイバーズHCの中で最も人気があったテッド・ノーランを起用。ラフォンテーヌはプレジデント・オブ・ホッケー・オペレーションズという肩書きで、GMではなく、次のGMを探すのだとか。そして、ノーランは、肩書きこそインテリム・コーチだが、事実上のHCのようで、97年にジャック・アダムズ(最優秀ヘッドコーチ賞)を受賞しながらハシェックとの確執からチームを去って以来のリターンとあいなりました。
ノーランは現在、ラトヴィアのナショナルチームのHCで、ソチ五輪でも指揮を執る予定だそうですが、とにかく彼はいまだにバッファローで、あるいはセイバーズ・ファンの間で、大人気なので、ノーランの帰還はおそらく、アリーナのスタンドから大拍手で迎えられるであろうと言われています。当時のオーナー夫人(初代オーナーの夫人。今のオーナーは4代目)もノーラン支持だったとか。
このノーランとハシェックの確執時代というのは、あのデレク・プラントがまさに目の前で見ていたもので、デレクは当時、ラフォンテーヌに次ぐセカンド・センターで活躍、ノーランに生かされた選手の1人と言われています。
このノーランとハシェックの確執の話は初期のさーべる倶楽部で何度も書いたし、あれから長い年月がたって、もう今さらなので、詳しく書きませんが、とにかく、GMのマックラーとHCのノーランの間でまず確執が起こり、そこにマックラー支持のハシェックが加わり、もうえらいぐちゃぐちゃの人間関係になっていたのです(選手もノーラン派かハシェック派かで分かれてたらしい)。
んでもって97年のプレーオフ、ファーストラウンド。ハシェックがケガしてセイバーズ絶体絶命の第7戦、デレクがOTゴールしてセイバーズが勝ち抜けたという劇的なことがあって、もう、デレクはこれだけで記憶に残る選手になっているのですが、その後、オフになって、まずマックラーがクビになり(ノーランのせいで去った)、かわりにGMになったダーシー・リギアがノーランに出した契約の内容が気に食わず、ノーランは去り、かわりにリンディ・ラフがHCに就任。以後、リギアとラフの体制が実に15年くらい続いていたのでした。
そして昨季途中でラフが解雇、かわりにロン・ロルストンがHC就任。しかし、今季、あまりのぶっちぎり最下位ぶりに、ついに長年GMしていたリギアと、そしてロルストンが解雇とあいなったのでした(テッポ・ヌンミネンはじめコーチ陣は続投)。
んなわけで、ノーランが去ったあと、ほとんどラフがやっていたようなものだったので、マックラーとノーランのかわりに入ったリギアとラフが退いて、またノーランが来たという、間に長い年月があるものの、なんだかよほど人材がいないみたいなセイバーズであります(選手はしょっちゅう替わるのに)。それに、ラフォンテーヌもノーランもセイバーズ・ファンに大人気の人たちなので、これは要するにファンの怒りを鎮めるためではないかという説が有力。これでも変わらなかったら、というか、あまり変わりそうな気はしないのだけど、どうでしょうね。
というわけで、デレク・プラントの時代のスター選手とHCが戻ってきたわけだけど、母校のホッケー部でコーチをしているデレクはこのニュースをどんなふうに見たのでしょうか(自分の仕事に忙しくてそんな暇ないか)。