2011年12月21日水曜日

ロバート・レッドフォードと「追憶」

ここ3年間、大学の授業で「グレート・ギャツビー」を扱っていたので、ロバート・レッドフォード主演の「華麗なるギャツビー」を見る機会がかなりありました。
 この映画、脇役のカレン・ブラック、ブルース・ダーンなどはすばらしい名演技をしていて、ヒロインのミア・ファローもデイジーの軽薄なところがよく出ていて、悪くないのですが、主役のギャツビーを演じるレッドフォードだけが完璧な大根。全然演技してないみたいなのです。
 やっぱりレッドフォードは美男なだけの俳優だったのかな、と思ってしまうところなのですが、先日、「追憶」を、本当に、本当に久しぶりに見直しました。
 レッドフォード、うまいじゃないか!
 うーむ、やっぱりギャツビーは、演技に身が入ってなかったんですね。「追憶」の演技は、本当に、身が入った、みごとな演技です。
 「追憶」を見たのは、大学に入った年で、試写会に何度も応募して、試写会で2回見て、映画館でも2回見て、その後はレーザーディスクを持っていた時期もあり、何度も見ているので、かなりのシーンを記憶していました。冒頭、バーブラ・ストライサンドのボーイフレンド役でジェームズ・ウッズが出ていたりして、そういう面からも、何度も見た映画でした。
 で、今回、DVDで見直して、そのあと、監督のシドニー・ポラックや、脚本のアーサー・ローレンツや、ストライサンドなどが回想するドキュメンタリーの映像特典を見て、なるほどなあ、と思ったところがありました。
 実は、ポラックは重要なシーンを2つカットしてしまっていて、ストライサンドとローレンツは残念に思っているのだということ。1つは、ストライサンドのヒロインが、UCLAのキャンパスのそばを通りかかり、そこで、赤狩りで職を失う教師たちのために戦おう、という女子大生の姿を見て、若い頃の自分を思い出すシーン。赤狩りというと、ハリウッドの映画人が仕事を失ったことばかりが言われますが、教師など、他の職業でも仕事を失う人が多かったのだそうです。
 そして、もう1つは、冒頭のシーンでウッズが演じたボーイフレンドが、赤狩りで、自己保身のためにヒロインを密告し、そのために夫のレッドフォードがハリウッドでの仕事を失う危機となり、ヒロインは自分の信念を守り、なおかつ夫を守るために離婚する決心をしたというシーン。このシーンがないと、夫婦は夫の不倫のせいで離婚したようにしか見えない、とストライサンドは言っています。
 公開当時、夫婦が離婚したのは、不倫のせいではなく、妻の活動によって夫の立場が不利になるから、ということは、日本の映画雑誌にも書かれていました。だから、私は、離婚の原因は、妻の政治活動だと思っていました。つまり、公開当時、すでに、カットされた部分が言わんとしていたことはわかっていたわけです。
 ポラックは、政治的なシーンをカットしたら、観客に受けた、と言っています。カットしても、当時の観客には政治的な意味はわかったのでしょう。でも、今はどうだろうか、と思います。
 その一方で、政治的な部分を強調しすぎると、映画の魅力が損なわれる、というのも理解できます。どこかあいまいな方が魅力的になる場合も多いのです。
 それにしても、UCLAで、赤狩りの犠牲になる教師を救おうと叫ぶ女子大生のシーンはショックでした。かつて、ヒロインが大学で演説したときは、多くの学生が聞きに来ていたのに、この女子大生の意見を聞く人は誰もいない、ということに愕然とします。この時代のアメリカがいかに危機的であったかということを示すシーンなのかもしれません。