2013年12月25日水曜日

”お一人様”を描くイタリア映画

クリスマスイヴの日も特別なことは何もせず、イタリア映画「はじまりは5つ星ホテルから」の試写を見に行った(以下、ネタバレありです)。
日本でなじみのスターが出ているわけでもなく、内容も地味そうなので、あまり混まないかな、と思っていたら、けっこうお客さんが入っていた感じ。
主人公は超一流の高級ホテルをチェックする覆面調査員の女性イレーネ。給料は安いがひんぱんに飛行機に乗ってヨーロッパ各地や北アフリカへ行き、普通の客を装って5つ星の高級ホテルに泊まり、ホテルのサービスをチェックするのが仕事。フランス、イタリア、スイス、ドイツ、モロッコ、そして最後は中国と、実在する世界の高級ホテルがそのまま登場する。
イレーネは40代のイタリア女性で、独身。若い頃には婚約者がいたが別れ、その後は結婚する気もなく、独身生活を謳歌している。
この手の映画だとだいたい、主人公が恋に落ちる、というのがお決まりのコースなのだが、この映画はそういう展開にはならず、ひたすらリアル。というか、これ、2013年の映画なの?と思うくらい、なんというか、うーん、古い、発想が古い(別に悪い意味ではないですが)。
イレーネのような覆面調査員というのは、女性が長続きしないらしい。というのも、ひんぱんに旅行に出ないといけないので、女性は結婚するとやめてしまうようなのだ。でも、女性の調査員は必要なので、イレーネは雇い主からはありがたがられている。
まあ、確かに、こういう仕事は女性は結婚とは両立しがたいというのはわかるのだが、なんとなく、話が、結婚して家庭に入るかどうかみたいな路線になっているのが気になる。
実際、結婚するとやめてしまうという話が出るシーンでは、字幕には寿退社とか、結婚して専業主婦になるのが普通みたいな雰囲気。イタリアって、そうなのか?
そして、結婚しないイレーネを心配するのが妹のシルヴィア。夫と2人の娘がいるが、夫とはすでに夫婦関係はない。それでも、「あと20年たったら誰があなたの面倒を見るの?」と妹に言われ、「姪っ子に見てもらう」とイレーネが答えるとか、うーん、イタリアもやっぱり老後は家族が面倒見る社会なのか? 二言目には、欧米と比べて日本は、と社会学などの人たちが言うけれど、この映画見たら、日本より遅れてないか、イタリアは?
もちろん、この映画はイタリアのある面だけを描いている可能性はあるわけで、これがすべてではないのかもしれない。フランス映画だが、「愛、アムール」では老いた夫が妻を病院に入れずに自宅で介護するが、実際は、ヨーロッパでは施設に入れるのが普通だとプレスシートに書いてあった。
ともあれ、この映画は、独身のお一人様の中年女性の不安や戸惑いを描きながら、最後はお一人様という選択もありだという結論に達するので、結婚して家庭を築くのが一番、という映画ではない。原題も「一人旅」だそうで、まさにお一人様がテーマの映画なのだ。
映画の後半、ドイツのホテルで知り合った初老の女性学者がテレビに出演し、そこで「ふれあい」の大切さを説くのを見たイレーネが感動して、学者の泊まる部屋のドアの下から感動のメモを差し込むが、翌日、学者の姿が見えず、フロントで尋ねると実は、という展開になり、孤独なお一人様の現実をイレーネが痛感するエピソード。そして、同じくお一人様を通してきたかつての婚約者が恋人の妊娠をきっかけに家庭を持つ決意をするのを、イレーネは最初は素直に喜べずにいるが、最後には元婚約者とその恋人を祝福するエピソード。このあたりからラストまでのイレーネの変化、そして、人と人との「ふれあい」を大事にしながらお一人様として生きていこうとするイレーネの決意。このあたりは率直に感動できる。
監督のマリア・ソーレ・トニャッツイは、「自由というのは、何をあきらめるかを選択できること」と言っている(プレスシートより)。それはそのとおりなのだが、お一人様になることが何かをあきらめること、というのは、自分の生き方、考え方からすると、どうも受け入れがたい。でも、世間一般では、やはり、結婚して家庭を持ち、老後は家族に囲まれて、というのが普通で、お一人様はそれをあきらめることを選択した、ということになるのだろうな。もちろん、結婚のために何かをあきらめる人もいるわけだけど、この映画はやはり、お一人様が何かをあきらめる方に力点が置かれている気がする。映画自体はとてもいい映画だと思うけれど、そこがちょっとひっかかる。

そういえば、クリスマスイヴなのに特別なことは何もせず、というのがお一人様なのだな、と思ったけど、試写のあと、プールに行ったら、けっこう人がいたし、そのあと町に出てもみんな普通で、特別クリスマスっぽくなかったぞ。以前はクリスマスイヴの夜のプールはほとんど人がいなかったけど、イヴに特別なことをしない人が増えたのだろうか。