2019年4月10日水曜日

ある優秀な研究者の悲劇(追記あり)

この記事はある人物のプライバシーについて触れているため、一度非公開にしたあと、実名やリンクを消し、表現を一部改めて再掲します。

今日、朝日新聞に、3年前に自死したある優秀な女性研究者についての記事が出た。
ネットでも話題になり、いろいろなツイートがされているが、彼女の著書を出版した人が今年の2月に書いたブログ記事を読むと、詳しいことがわかる。
それにょると、この研究者は日本思想史、特に仏教史を専攻していて、論文をまとめた本がアカデミズムの世界で2つの大きな賞を取るほど高く評価されたが、大学での専任の職に就くことができず、ついに40歳を迎えてしまった。
20以上の大学に応募したが、すべて落選、書類を見たあとさえないものも多かったという。
アカデミズムの世界でこれほど高く評価されていながら、研究職を得られないまま40代を迎えてしまった彼女は、結婚して夫に養ってもらいながら研究を続けることを考え、医師である男性と結婚するが、男性は実は統合失調症だった。結婚後、症状を抑える薬をやめてしまい、医師の職も失い、結婚生活も破綻、しかし夫はなかなか離婚に同意してくれず、彼女は心を病んでいく。そして、離婚届を出した直後に自殺したとのこと。

ツイッターを見ると、日本の大学の現状についての批判がいろいろ書かれていたり、仏教系の研究の世界は住職の子弟じゃないとだめとかいう実態について触れている人もいるが、それはそのとおりなのだけど、正直、私が感じたのは、結婚に逃げたのが最悪、ということだった。
彼女ほど優秀な人が研究職を得られない背景として、研究職の少なさ、住職の子弟じゃないとだめみたいな縁故の世界、女性差別などがあるけれど、最悪なのは、彼女が結婚したことだと思う。
私の時代には、女性は最終的には結婚すればいいから、と言われ、それで女性を採用しないとか普通にあったが、私より20歳近くも年下の彼女の世代まで、女性は結婚して夫に養ってもらって研究、というところに逃げようとするとは、もう驚くやらショックを受けるやら。
もしも夫の金で研究したいなら、相手を周到に選ばないといけないのに、親にもろくに相談せずに決めてしまったらしい。しかもインターネットで知り合ったとか。やばい。
相手が統合失調症だということは、本人もその親も隠していて、結婚後にわかったというが、相手の男性のメールによる求婚がひんぱんにあり、親まで頼みに来るとか、これは最初から怪しい。

つまり、女性は夫に養ってもらって研究しようと思って結婚。
相手の男性と親は、統合失調症の自分/息子を引き受けてくれる女性を探していた。

いかんだろ、これは!

文系は博士課程に進むと破滅、というのは昨年、九州大学放火自殺事件のときに書いたが(右サイドの2018年9月をクリックすると記事が複数出てくる)、今回の話もそれは同じ。
ただ、この女性研究者は両親の家に住んでいたので、すぐに経済的に困るという状況ではなかった。
アカデミズムの賞を2つも受賞するほど優秀な人なので、30代のうちは、必ず就職できると思っていたが、40代に入って、これは無理だと思うようになったのだろう。
くだんのブログ記事の中に、「自分の業績は就職にプラスになるどころかマイナスにしかならない」という彼女の言葉が引用されているが、アカデミズムの世界は派閥があったり縁故社会だったりして、業績が就職に結びつかないことは非常に多い。業績なしで就職できる人がいまだにかなりいるというツイートもあった。
九州大放火自殺の人もそうだが、30代のうちは必ず就職できるという希望を抱いて研究にまい進し、40代になって現実を知る、というのはものすごく危険。
特に、40歳になって、もう就職は無理だから結婚して研究、ていうのは、もう、絶句してしまう。やばい、やばすぎる。研究者としては優秀でも世間を知らなさすぎる。

九州大事件のときに、研究者として終わるのが一番の絶望、ということを書いた。
九州大の男性研究者の場合、講師職を失い、研究室にも出入りできなくなるので放火自殺したのだが、研究しかない人にとって、研究者として終わるのは死に等しいのだ。九州大の人は、研究をあきらめればほかに仕事はあったと思う。
この女性研究者も、研究以外で仕事を得ることはできたと思うが、あまりにすばらしい業績があり、周囲からも認められていたので、研究以外の道は考えられなかっただろう。仮に結婚に逃げることを考えなくても、これだけの業績がありながら研究者としては終わるということに耐えられなかったかもしれない。そう思うと、結婚があってもなくても結果は同じだったのか? でも、結婚で研究ができなくなるということは考えた方がよかった。世の中DV男もいるわけだし。

2人の研究者の自死の背後にあるアカデミズムの世界の問題はとても大きく、こうすればよかったと言っても始まらないのだが、こういう自死の話が出ないと注目されないというのも、そして、一時的に注目されても何の改善もない、というのも、絶句するしかないが、うまいこと就職できた人たちが改革しようとしてないし、就職できなかった人は生きるか死ぬかだし、またしても絶句。


追記(4月15日)
九州大放火自殺事件に続いて、またまたみわよしこ氏がこの女性研究者の自死についても書いているのだが、本当にこの人は研究の世界のことを知らないというか、その記事自体が非常に歯切れが悪く、中途半端な記事なのだけど、この女性研究者が親元から独立して生活保護を受けていれば、とか、まったく的外れなことを書いているのには驚いた。
この女性研究者は衣食住は親に依存して、非常勤講師などの稼ぎをすべて研究費に充てていたのだそうだ。
だから、親から独立して生活保護を受けたら、研究費が出せないから、研究なんかできなくなる。
非常勤講師などで稼いだ分は生活費に充てることになり、それで足りない分を生活保護となるが、非常勤講師などで月に13万円以上収入があったら生活保護の対象にはならない。
非常勤講師で月に13万円以上の収入ならわりと普通にある。もっとある人もいるけど、講師をたくさんやるとその分研究の時間が減るし、収入が少ないと研究費を出せない。
で、みわよしこ氏はこの研究者は親から独立して生活保護を受けて研究を続ければよかったと言うのだけど、生活保護は必要最低限の生活費しか出さないから、研究のお金なんか出してくれない。生活保護の人はスマホも持てない、パソコン買ってもいけないんだけど、みわ氏はこの辺専門家だからわかってるはずなのに。
みわ氏は研究というのは図書館から本を借りて読むことだと思っているのかもしれない。
研究者としてやっていくには複数の学会に所属し、1つの学会につき1万円近い年会費を払うとか、学会に行く旅費とかが必要とかわかってないんだろう。ここにお金かけないと論文発表できないので、研究者としては死ぬ。
もちろん、論文書くには本をたくさん読んだり、リサーチに出かけたりする必要がある。図書館から借りられる本なんてたかが知れてるんだが。
基本的にはよい活動をしている人なのであまり批判はしたくないんだが、みわ氏のような認識が世間一般の研究に対する認識なんだろうな、と思ってため息つくしかない。