2023年9月12日火曜日

「熊は、いない」(ネタバレあり)

 9月15日公開のイラン映画「熊は、いない」。オンライン試写で見せていただきました。

傑作です。


試写状の解説から。

”2010年に映画撮影と出国の禁止をイラン国家から言い渡されるも、圧力に屈せず、映画撮影を続ける《闘う映画監督》ジャファル・パナヒの最新作。”

世界中から注目されるイラン映画ですが、いろいろと制約も多く、政府ににらまれる監督あり、ということも知られています。

この映画も政府にとって都合の悪いことを描いているので、イラン国内では上映禁止、でもヴェネチア映画祭では審査員特別賞受賞。

内容は、田舎の村の因習と同調圧力を描いていますが、それと同時に、ドキュメンタリードラマを作る監督のやっていることが、村の同調圧力と重なるように見えてくるという、その二重構造がみごと。

田舎の村の人々は本質的にはみな善人なのに、同調圧力がある、というところはどこか「福田村事件」につながる気がするし、また、映画監督のやっていることは、ドキュメンタリー出身の森達也監督が以前、あるドキュメンタリー監督が出演者の男性に性加害したことが問題になったときにした発言とちょっと通じるところがあるような、それは映画を作る側としては常にある危険性なのだけど、それを擁護したことで森監督を許せないと思っている人もいるらしい。その辺のこともちょっと連想してしまった。

公開はこれからなので、はっきりとしたネタバレはしませんが、ある程度のネタバレはしないと語れないので、その点は注意してください。

映画はまず、町の中で、偽のパスポートで国外脱出しようとしている男女の様子を描きますが、それが実は映画の撮影で、しかも監督は現場におらず、遠方からパソコンの画面を見て指示を出していることがわかります。

監督はパナヒ監督自身が演じる本人役。もちろんフィクションなのですが。

イラン出国が禁じられているパナヒ監督は、トルコで撮影している映画をイランの国境近くの村からパソコンで指示を出しています。そこは電波がよく届かず、圏外になってしまうことはしょっちゅう。それでいざというときはこっそり国境を越えてトルコの撮影場所へ行けるようにしているのです。

一方、監督の滞在する村ではある問題が起きています。この村では女の子が生まれるとへその緒を切る前に許嫁を決める風習があるのですが、女性が別の男性を好きになってしまう。それで長老たちは2人を別れさせ、許嫁と結婚させるために監督に協力させようとします。しかし、監督はそんなことはしたくない。

この愛し合う男女は画面にはほとんど登場しません。かわりに許嫁の男が登場し、好きな女性がいたのにあきらめさせられた過去があることがわかります。この許嫁の男も被害者なわけです。

村人たちはほんとうにいい人ばかりで、監督に対してもとても親切です。監督に協力を強制する長老たちも悪い人には見えません。でも、村の風習は絶対に守らないといけないので、同調圧力があるわけです。また、村の同調圧力だけでなく、その外の権力の圧力もそれとなく感じさせる描写があります。監督の行動に当局が目を光らせているのです。

監督がある場所へ行くように言われたとき、そこは熊が出ると言われているのですが、実際は熊はいない、というのが映画のタイトルの由来。でも、そのいない熊が人々を支配しているわけです。

一方、トルコの町で撮影中の映画は、女性の方は偽造パスポートが手に入るけれど、男性の方は手に入らないという問題を抱えています。この映画はドキュメンタリードラマなので、主役の男女は国外脱出したい本人たちで、女性の方は過去に拷問を受けたことがあると言うので、政治的なことで危うい立場にいる人のようです。

監督は、女性がとにかく国外脱出する絵を撮りたい。だから女性だけ旅立たせようとする。でも、女性は男性と一緒でないと絶対いや。

(ネタバレ)監督が彼女の気持ちよりも映画を優先にした結果、悲劇が起こります。そして、田舎の村でも。そして、どちらも水辺のできごと。

村の因習や政府の圧力を描くだけなら普通の社会派映画ですが、映画製作の中で監督が権力者と同じことをしているのではないか、という視点が何よりも深く考えさせられます。

「福田村事件」と一緒に考えたい傑作。