2023年9月14日木曜日

「福田村事件」再見(ネタバレあり)

 水曜サービスデーに「福田村事件」をまた見に行く。

UC松戸は今週はIMAXの次に大きなスクリーンで上映。新しめのシネコンなので音響もよく、大満足。しかもここはサービスデーは1200円。


そして、パンフレットが再入荷していた。シネコンはパンフ完売すると再入荷しない場合が多いと聞いていたけど、さすがに公開してすぐ完売なので、また入ったのだろう。キネマ旬報シアターと千葉劇場は再入荷してもすぐ完売したらしいけど、こちらはまだあります。


1回目見に行ったとき、登場人物が多いので、すべての人物を把握できていない、だからわからない部分がある、と思い、もう一度見なければと思っていた。なので、UC松戸が大きいスクリーンでやっているうちに見ようと。

パンフレットのシナリオをところどころ拾い読みしていたけれど、完成した映画の台本ではないようで、私の記憶と違うところがあった。そして、2回目見てみたら、私の記憶の方が正しかった。完成した映画の台本というのは完成した映画を見てせりふを拾って作らないといけないので、普通はこういうところに出てくるシナリオは完成した映画の台本ではないです。

2回目を見て、この映画、森監督が嫌がっていた時代遅れな昭和の濡れ場以外はすべて完璧だと思った。あの昭和の濡れ場も、表現をもっと今の時代に合うようにすればよいのだが、その辺は荒井氏の趣味なのだろう。不倫する3人の女性はみな、夫を愛していて、戦争や植民地での虐殺がなければ夫婦円満だっただろうと思われる。だから不倫を入れること自体はいいのだが、表現が。

それ以外は脚本も役者の演技も完璧で、特に脚本はほんとうに考え抜かれていることが今回再見してさらによくわかった。地震の前の登場人物の描写もわかりやすくて面白い。2回目見るとほんとうに人物がていねいに描かれていることがよくわかる。この辺、演出と編集もいいのだ。

で、以下、クライマックスからラストについてのネタバレ大有りの解説。


行商団が朝鮮人と疑われたとき、田中村から来ていた在郷軍人会の人物が、福田村の軍人会の分会長(水道橋博士の人物)をたきつけたために、分会長がエキセントリックになったのだとわかった。分会長を臆病だと言ったのが彼に火をつけたのだ。この事件は福田村田中村事件と呼ぶべきだという意見があり、途中、軍人会に入る若者の儀式のときに田中村の軍人会の人が3人来ていたことがわかる。実際、虐殺で逮捕されたのは福田村と田中村の自警団の人々だった。

つまり、この映画は田中村の方もしっかり描いていたのだ。

いきりたつ村人を、村長、元教師夫妻、船頭などが必死に止めるのだが、船頭が、「おまえたち、日本人を殺すことになるのだぞ」と言うと、行商団のリーダーが「朝鮮人なら殺してもいいのか」と言う。

この直後、村人たちは黙る。村人たちにも「人を殺してはいけない」という理性が働いたのだろう。しかし、このあと、出稼ぎに出た夫が朝鮮人に殺されたと信じ込んでしまった妻が、リーダーを殺してしまう。

「人殺し」と叫ぶリーダーの妻を、今度は、自分が出征中に妻と父に不倫されてしまった男が彼女を殺す。

駆けよる2人の幼い子どもを、今度は、軍人会に入ったばかりの若者が殺してしまう(シナリオでは竹槍で殺すと書いてあるが、私の最初の記憶どおり、刀だった)。

妻と父に不倫された男は妻が止めようとする。軍人会に入った若者は母親が止めようとする。が、止めることはできない。

妻と父に不倫された男はそのことで怒りをため込んでいて、船頭に八つ当たりするなど、彼が闇を抱えてしまっていることが描かれていた。

軍人会に入った若者は「お国のために死ぬ」という考えにとりつかれ、狂信的になっているが、この人物についてはこれ以外の描写がない。ただ、彼もまた闇を抱えてしまった人物なのだろう。

つまり、虐殺のきっかけとなった3人は、いずれも心の闇を抱えていたということになる。最初に殺人を犯した若妻は、夫が朝鮮人に殺されたと思い込むという闇を抱えていた(事件の直後に夫が帰ってくるという皮肉)。

2回目を見ると、軍人会の若者以外は、地震のデマや戦争のために闇を抱えてしまっていることがわかる描写がきちんとある。

主人公の元教師も朝鮮での出来事で闇を抱えているのだが、彼の場合は妻の助けもあり、その闇を乗り越えていきそうに見える。

一方、事件のあと、「おれたちはここで生きていかなければならない」と新聞記者に言う村長は、これから闇を抱えることになるだろう。そして他の人々も。

元教師夫妻が舟に乗っているシーンのあと、画面は暗転し、白い文字で、逮捕された人々は実刑になったが、大正天皇の崩御の恩赦で釈放されたこと、被害者たちはこの事件について語ることはなかったことが示される。

そして香川に帰ってきた生き残りの人々、その中の少年が迎えに来た少女と見つめ合うラストシーンになる。

君たちはどう生きるか、ではなく、私たちはどう生きるか。

例の昭和の濡れ場以外は、これ以上ない完璧な仕上がりの映画。1回目に見たときに感じた不満のほとんどは解消した。傑作です。

パンフレットでは、映画で元教師が言う朝鮮語の意味が日本語で書いてある。ここを読むためだけでも買う価値がある。