2013年9月23日月曜日

ジュディ・デンチに花道を

ツタヤ閉店の日に1週間レンタルで借りたDVDは月曜が返却日。ということで、最後に残っていた「ドラゴン・タトゥーの女・完全版」と「007スカイフォール」を見る。
「ドラゴン・タトゥーの女」はスウェーデンのオリジナルの方だけど、やはりノオミ・ラパスはよい。劇場版もよかったが、3時間のロング版も細かいところまでていねいに描いて、一気に見ても全然飽きない。このスウェーデン版ミレニアムは第2部第3部は監督が替わり、第1部よりも軽い映画になってしまったが、この第1部は映像もいいし、話の展開などもきめ細かく、非常に見ごたえがある。リスベットのラパスだけでなく、ミカエル役の俳優はじめ、役者もみんないい。
特典映像でラパスの来日インタビューが入っていたが、素顔の彼女はまったくおだやかな表情の女性らしい柔和さを感じさせる人で、彼女自身、自分が女らしい女優なのでリスベットには選ばれないと思ってすごく腹が立った、と言っていた(でも、彼女が選ばれた)。演劇学校出身ではないそうだが、リスベットの役の演技は奥行きが深く、人間としてのリスベットをよく表現している。

「スカイフォール」はダニエル・クレイグの007第3作だが、クレイグのボンドがすごく老けているのにびっくり。「カジノ・ロワイヤル」ではMに甘えるマザコン少年のようだった彼が「慰めの報酬」では大人に成長、そして「スカイフォール」では早くも無精ひげに白いものがまじる初老(?)のボンドになっていた。Mも「お互い年をとった」みたいなことを言っているが、Mのジュディ・デンチはあんまり変わらないような。
この映画はボンド・ガールらしいヒロインがいないのも驚きで、ボンドとロマンチックな関係になる女性は非常に短い出番しかない。かわりに全編を通じてヒロインになっているのがデンチのM。Mを母親のように慕う諜報員に対して非情な態度をとるM、というのがまずあって、それでボンドは撃たれて九死に一生というのが出だし(これ、どうやって助かったのか描かれてないんですけど)。そして、今度は、昔、母のように慕っていたMに裏切られたという男シルヴァ(ハビエル・バルデム)がMに復讐にやってくる。ボンドは女王を守る騎士のようにMを連れて両親の残した屋敷にたてこもり、そこへシルヴァが、というのがクライマックス。
この映画、ものすごく評判がよくて、確かにこれまでの007の常識を破るようなドラマツルギーを感じるが、同時に、でもねえ、と、冷めた目で見ている自分がいるのを感じる。
途中まではインターネットを駆使した大規模な陰謀に見えるのですが、クライマックスは田舎の屋敷にボンドとMがたてこもって、武器はライフルとダイナマイトがあるくらい。そこへ攻めてくるシルヴァも、別に重装備じゃないし、仲間も案外少ない。シルヴァはただMと心中したいだけで、そのお膳立てをボンドが作ってるみたいな感じさえある(ボンドも仲間を呼んだりしない)。その辺割り引いても、これは西部劇のたてこもりと同じレベルなのだ。
そしてラスト、Mがレイフ・ファインズに交代し、登場人物の1人がミス・マネーペニーであることがわかり、それ以前に「シャーロック」のカンバーバッチみたいな(つか、パクリか?)若いQが出てきているので、この「スカイフォール」で007はリセットされ、新たなシリーズになっていくのだろうということが予想できる。
つまり、この映画は、90年代半ばのピアース・ブロスナンのシリーズから20年近くにわたってMを演じてきたジュディ・デンチの花道なのではないかと思う。
デンチは若い頃はシェイクスピアの舞台で活躍し、映画によく出るようになったのは80年代で、そのときすでに50代。何度もアカデミー賞候補になり、「恋におちたシェイクスピア」で受賞も果たし、その他、さまざまな賞を受賞している名優だが、最近になって、目の病気で視力が衰えて台本が読めないことを告白したのだという。Mを演じ続けるのも限界と、その引き際として「スカイフォール」が企画されたのではないか、と感じる。
「カジノ・ロワイヤル」でMに対してマザコンのように振舞うボンドを描いていたので、その路線で、Mを母親のように愛する2人の男のストーリーにしたのだろう。ダニエル・クレイグとハビエル・バルデムに愛されるヒロイン(母親のように、だけれど)としてのMの物語となったのだ。惜しいのは、バルデムのMへの執着がわりとあっさりしてるというか、「ノーカントリー」みたいな狂気がないのが物足りない気がする。あと、「カジノ・ロワイヤル」のときはMはベッドで夫と寝ていたけど、この映画では夫はもう死んでいるのだね。
デンチがMになったとき、Mは影の女王となり、エリザベス女王やサッチャー元首相のようなイギリスを支配する女性と重なったことだろう。実際、デンチはエリザベス一世とヴィクトリア女王を演じている。もっとも、彼女のMは鉄の女サッチャーに近いかもしれないが。
007では主要メンバーに引き際を用意するということはこれまでなく、いつのまにか人が変わるというのが普通だったと思うが、今回は特別なケースに思える。50周年という節目もあってのことだろうが、次はクレイグがまた若返って、新たなメンバーとシリーズ再開となるのだろうが、クレイグは007になってから演技や個性がわりと同じ方向のものばかりになっているので、昔のファンとしてはちょっと残念。監督のサム・メンデスは「ロード・トゥ・パーディション」の監督で、あの映画ではクレイグはバカ息子だったのに(あれが好きだったのだ)。クレイグもいつまでも007をやってはいないだろうけれど、まだしばらくはやるかな、という気がする。レイフ・ファインズとの対決シーンとか、名優激突で見ごたえがあった。007もだんだんシェイクスピア劇みたいになっていくのだろうか?

この映画のデンチについての英語のインタビュー記事。
http://www.huffingtonpost.com/2012/11/09/judi-dench-skyfall-007-bond_n_2102516.html
最後に彼女は、「幽霊になってまた出てくるかもよ。シェイクスピア劇みたいに」と言っている。
なお、Mは引退しても、彼女の映画出演はまだまだ続くようだ。