2014年8月14日木曜日

「リスボンに誘われて」映画と原作

8月9日付の記事「最近見た映画から」で少し紹介した「リスボンに誘われて」の原作「リスボンへの夜行列車」を読み終えた。
映画とはだいぶ違う内容というか、映画よりも原作の方がはるかに奥の深い作品だった。
映画は原作の中の映画になりやすいところをピックアップして、映画として見やすいように改変した作品、という感じである。
原作では、主人公のスイスのギムナジウムの教師、57歳のグレゴリウスの人生と、1970年代にリスボンで死んだポルトガル人医師、アマデウの人生が重なるように描かれている。学校で古典を教えるグレゴリウスはかなり前に妻と離婚、子供もなく、親しい友人はギリシャ人の医師だけ。ただ、非常に優秀な古典学者で、教え方もうまく、生徒から人気もあるので、学校では重宝がられている先生。本人も、教師としての仕事と書物に囲まれた生活に満足しきっている。
そんな彼がポルトガル女性を飛び降り自殺から救ったあと、ポルトガルの言葉にひかれて偶然、手に取ったのがアマデウというポルトガル人の書いた自費出版の本。それを読むうちにアマデウという人物について知りたいと思い、仕事を捨ててリスボンへ旅立つ。
原作ではこのアマデウの書いた本の言葉が何度も引用されている。アマデウは裕福な貴族の生まれで、誰もが尊敬するような立派な青年。裁判官の父を批判したり、キリスト教会を批判したりと、体制批判もする。当時、ポルトガルは独裁政権下にあり、反体制運動をする人々は秘密警察によって逮捕され拷問されていた。そして、アマデウは秘密警察の将校であるメンデスという男が死にかかっていたとき、医師のつとめとして、彼の命を救った。それにより、アマデウは人々の怒りを買う。
アマデウの人生のもう1つの汚点は、親友ジョルジェの恋人エステファニアに一目ぼれしてしまったことだ。映画ではこのアマデウ、ジョルジェ、エステファニアの三角関係を物語の柱にしている。しかも、映画ではこの3人は若い男女なのだが、原作ではエステファニアは20代なかば、アマデウとジョルジェは彼女より30歳近く年上なのだ。
だから、映画では、この3人の関係は若い男女の愛のもつれ、エステファニアを愛するジョルジェと、エステファニアに一目ぼれしてしまったアマデウ、そして、アマデウに一目ぼれしてしまったエステファニアの3人が、独裁政権下の反対制運動の中で、危機に直面していく、といった内容になっている。
しかし、原作では、3人の関係はそのとおりで、反体制運動の中での危機も同じなのだが、アマデウがエステファニアより30歳近く年上なので、アマデウのエステファニアへの思いは単なる男女の愛ではなく、死が間近に迫った男が生を取り戻したいという思いから彼女に熱情を燃やす、というふうになっているのである。
アマデウは脳に病気を抱えており、このあと、脳内出血で死んでしまう。アマデウが理想を燃やし、人生について、社会についての哲学を持っていたことは彼の手記でわかるが、その彼が結局、50年以上生きて、ほとんど何もなしえなかった、ということが、原作から浮かび上がってくる。そして、それは現代のスイス人、グレゴリウスも同じなのだ。
映画では、グレゴリウスがアマデウの知り合いだった人々に会うことで、アマデウとジョルジェとエステファニアの物語が浮かび上がり、メンデスを助けたこともあとで役に立つということになり(これは原作にはない)、最初のポルトガル女性が誰かもわかり(これも原作にはない)、そして、アマデウについて調べるうちにグレゴリウスが反体制運動家だった男性の姪と親しくなって、新たな可能性が生まれるという結果になっているが(これも原作とは違う)、原作に比べると人物模様中心になったという感が否めない。ただ、ポルトガルの現代史を浮かび上がらせるという点は、映画の方が優れている。
原作では、人生の終わりに近づき、めまいなど体調不良もあって重い病気の可能性もあるグレゴリウスが、すばらしい人物であったが何もなせずに死んだアマデウの人生を知ることで、自分の人生を振り返る、という構成になっている。原作の方がずっと内省的で、これを映画にするのはむずかしいから、映画と原作はポイントが別、と思えばいいのだろう。ただ、グレゴリウスと同じ世代であり、同じように自分の人生を振り返ることが多い私には、やはり原作の方が心に残る。
なお、原作はけっこうわかりづらいところもあって、映画を先に見ていたおかげでとっつきやすかった。そういう点では、映画を見てから原作を読むのもよいかもしれない。


最後に、アマデウの言葉から。
「魂とは、事実の宿る場所だろうか? それとも、いわゆる事実と呼ばれるものは、ただ我々が語る話の見せ掛けの影にすぎないのだろうか?」
「人生とは、我々の現に生きているものではなく、生きていると想像しているものだ。」




訃報
ロビン・ウィリアムズに続いて、ローレン・バコールの訃報があった。
バコールは好きな女優だったが、89歳とのことなので、大往生だろう。
デビュー作「脱出」の彼女はまだ20歳だったという。20歳にはとても見えないが。
モデルのアルバイトをしながら演劇学校に通っていたが、モデル出身ということ、そしてわりとタイプ化された役が多かったので、はじめのうちは演技派とは思われていなかったが、年とともに演技派として認められ、大女優の貫録を得た人だった。
それでも、「脱出」、「三つ数えろ」など、クールなハスキーボイスのハードボイルド・ヒロインが一番印象に残っている。