2020年11月14日土曜日

「ヒルビリー・エレジー」

 13日の金曜日から始まったネットフリックス映画「ヒルビリー・エレジー」。早速、初日に見てきました。

キネマ旬報シアター。


ネトフリ映画の上映館になっている。


「マンク」もそうなんだけど、ネトフリのポスターって、監督名はガン無視なのね。

映画は、ロン・ハワード監督作としてはかなりよくない出来です。
実話の映画化という点で、イーストウッドの「リチャード・ジュエル」の出来の悪さを連想してしまう。まあ、あれよりはマシだけど。
過去と現在のシーンが交互に出てくるけれど、その編集が全然下手。
ただし、グレン・クローズの演技はうますぎる。これでオスカー取れなかったら何で取るのかというくらいうまい。「天才作家の妻」のような抑えた名演技ではなく、前面に出てくる演技で、彼女の演じるおばあちゃんの好感度が抜群にいい。
ほんと、これで取れなきゃどうする、って感じなんだけど、映画自体がどうもあまりよい出来ではないのがなあ。
そもそも脚本がだめ。実在の人物である主人公のJDの自伝の映画化らしいけれど、コンセプトがよくない。
ヒルビリーというのはアメリカの田舎の無学なプアホワイトのことだけれど、代々無学なプアホワイトの家に生まれた主人公が、薬物依存の母に悩まされながら、それでも祖母の励ましを頼りに名門エール大のロースクールを卒業しようとする、という話で、無学なプアホワイトの不幸の連鎖を断ち切るために努力して成功した人物として主人公を描いている。
つまり、貧困とか、家庭環境とかの背景にある社会問題をまったく追及せず、本人の努力がすべてという、要するに、公助も共助もない自助の世界。共助はまあ、祖父母はしっかりした人で、姉もきちんとしていて、恋人もよい人と、一応共助はあるわけだが。
もともと主人公の母親は勉強ができたのに大学へ行くこともできず、性格的な問題もあって堕落の一途をたどったのだが、主人公も頭はいい。だが、それだけでは大学へ行けなかったようで、軍隊に入ってイラク戦争へ行った見返りにオハイオ州立大に入ることができ、そこからエール大のロースクールに入る。しかし、名門私立大のエール大は学費が高く、奨学金とアルバイトでは払えず、法律事務所のインターンにならねば、ということで、面接を受けようというときに薬物依存の母親が倒れ、母をとるか面接をとるかになる、というのが主なストーリーなのだが、迷う必要などないのだ。なぜなら、彼らの問題はお金がないことであり、主人公が出世すればお金の問題は解決するからである。面接をとれば母を救えるが、母をとれば共倒れだ。
で、結局、この映画が主張しているのは、とにかく出世してお金を稼ごう、そうすればすべて解決ということで、なんとも志の低い、アメリカン・ドリームとさえ言えない、浅はかな教訓なのだ。
主人公は確かに母親に悩まされているが、それでも、彼は頭がいいし、母親以外の家族に恵まれているし、イラク戦争で死んだり障がい者になったり、精神的な後遺症に悩んだりもしていない。無学なプアホワイトの出で、母親は超厄介だけど、それ以外では運がいいのではないか。
軍隊に入れば、そのあと大学へ行けると思って入隊し、心を病んで大学どころでなくなった人はアメリカには多いらしい。あるいは、主人公ほど勉強ができない人は不幸な環境から這い上がれないわけだけど、それは自己責任なのか。主人公のような共助がない人もたくさんいる。だいじなのは公助なのだが、公助があるべきという考え方ははなからないようだ。
主人公の恋人も、親はインドからの移民で、そこからがんばってきたようだが、がんばれば誰でも成功できるなどと誰が信じるのだろう。
ロン・ハワードがこういう映画を作ってしまったということが何より残念だ。プアホワイトの現状をもっとリアルに描いた映画はたくさんあるというのに。