2010年10月12日火曜日

オーストラリア・バレエ団「白鳥の湖」

 結婚間近の王子が愛人と密会し、ベッドを共にするという、衝撃のシーンから始まるオーストラリア・バレエ団「白鳥の湖」を見てきました。
 場所は上野の東京文化会館大ホール。小ホールは最近行ったけど、大ホールは久しぶり、もしかして20年以上? 今回は安いD席だったので、4階のサイド。舞台の一部が隠れて見えない。が、舞台はすばらしかったです。
 「白鳥の湖」というと、中世の王国を舞台に、王子が白鳥に姿を変えたオデット姫と出会い、というファンタジーで、チャイコフスキーの名曲に乗って、白い衣装をつけたバレリーナが群舞をするというイメージ。だが、このオーストラリア・バレエ団のグレアム・マーフィの演出は英国王室のチャールズ皇太子とダイアナ元妃にヒントを得て、時代もたぶん、19世紀末くらい。王子と結婚したオデットが、やがて王子に愛人がいることに気づき、精神を病んで精神病院に閉じ込められ、そこで白鳥の湖の幻想の世界に生きる、という物語に生まれ変わりました。
 ということで、以下、ネタバレありで話を続けていきます。さしつかえない人のみ、お読みください。

 王子と愛人の男爵夫人が一夜をすごすプロローグのあと、舞台は第一幕へ。白を基調とした舞台の奥には湖があり、その手前では王子とオデットの結婚式を祝うダンスが繰り広げられています。女王とおぼしき威厳のある女性とその夫も登場。が、やがて、白いドレスの人々にまじって、黒い衣装のダンサーが次々と登場し、そして、愛人の男爵夫人が王子に近づき、オデットから王子を奪っていきます。王子を奪われたオデットはショックを受け、周囲の人々、特に女王に訴えかけますが、冷たくあしらわれてしまいます。そして、狂気に陥ったオデットは大きな白い帽子をかぶった看護婦たちに連れていかれてしまいます。
 オデットと男爵夫人がどちらも白っぽい衣装を着ているので、遠くの席からだとちょっと見分けがつきにくかったのですが、背の高い方が男爵夫人とわかり、そのあとは大丈夫でした。オリジナルの「白鳥の湖」ではオデットは白い衣装、魔女とその娘は黒い衣装、というふうに、白と黒(白鳥と黒鳥)とはっきりしていたのですが、この演出ではそういう分け方はしていません。登場人物に白黒をつけない、という意図とも思われますが、このモチーフは最後まで続きます。特にプロローグの男爵夫人は真っ白な衣装で登場しています。
 第ニ幕は精神病院。すぐ前に壁があり、真ん中に出窓のような部屋があって、そこにオデットがいる、というセット。非常に狭くて窮屈なセットですが、その壁と出窓が取り払われると、そこは青を基調とする白鳥の湖。第一幕と同じセットですが、照明や美術で印象が変わっています。そこで繰り広げられる白鳥たちの踊りは、従来の「白鳥の湖」に限りなく近く、衣装も、第一幕はモダンな衣装で、女性たちはくるぶしまで隠れる長いスカートをはいていましたが、ここでは従来の「白鳥の湖」に近い白鳥の衣装になっています。やがてそこに王子がやってくるが、男爵夫人が現れ、王子を連れ去ってしまう、というのはオデットの見た夢なのか、やがて、舞台上にはまた精神病院の壁と出窓のような部屋が現れます。
 そして黒を基調とする第三幕。男爵夫人が自宅で主催する夜会。ダンサーたちはここではみな、黒い衣装を着ています。が、そこへ、まぶしい白い光とともに現れる白い衣装のオデット。正気を取り戻した彼女が王子を取り戻しにやってきたのです。しかも、王子は、戻ってきたオデットを見て、彼女が好きになってしまい、袖にされた男爵夫人はオデットを精神病院に戻してしまうが、王子はそのあとを追い、捨てられた男爵夫人は泣き伏す、というところで、場面は変わって白鳥の湖へ。
 第一幕では白基調、第ニ幕では青基調だった白鳥の湖は、ここでは黒基調に変わっています。白鳥はみな黒鳥になり、オデットも黒い衣装で登場。美術も照明も黒っぽいので、ちと、舞台が見づらかったですが、善人を白、悪人を黒としない演出、白黒をつけるのではなく、白から黒へと物語自体が色彩を変えていく演出なのだと思いました。
 いまや黒鳥の湖となったその舞台へ、王子がやってきます。あとを追って男爵夫人も登場しますが、王子の心がオデットにあるとわかって、ついに男爵夫人もあきらめ、帰っていきます。湖畔で結ばれるオデットと王子。しかし、オデットは、黒い湖の中に吸い込まれていき、あとには白い光だけが残り、そして、王子は悲しみのあまり、その場に崩れ落ちる、という結末。
 最後まで書いてしまいましたけど、今日、10月11日が最後の公演だったので。今日の公演でオデットと王子を踊ったマドレーヌ・イーストーとロバート・カランが出演しているDVDを会場で売っていましたが、5040円もするので買いませんでした(衝動買いは禁物)。そして、帰宅してからアマゾンで調べてみたら、アマゾンだと10パーセント以上安く買えます。しかも、買って見た人のコメントによると、映像がひどいらしい。うーん、それは困る。買わなくてよかったかも。男爵夫人は、今日の舞台ではルシンダ・ダンでしたが、DVDは別の人らしいです。オケの指揮者は女性でしたが、このDVDでも同じ人です。

 ところで、上のストーリーは、私が見て、たぶんこうだと思ったストーリーなので、実際は違う、あるいは見る人によって解釈が違うところがあるかもしれません。第三幕の後半、黒基調の湖のシーンは、手元のチラシによると、精神病院に戻されそうになったオデットが逃げてきたところとなっているのですが、第2幕と同じく、ここは精神病院に入れられたオデットの夢とも取れると思います。王子はオデットの夢の中まで追いかけてきて、男爵夫人もそのあとを追ってくるのですが、男爵夫人は結局、現実に戻り、オデットは死の世界へ旅立ち、そして、二股かけて悲劇を生んだ王子は夢と現実の間で泣き崩れる、そういう話じゃないかと、私は思いました。
 だって、黒基調のこのシーン、「シャッター・アイランド」と「インセプション」を思い出してしまったのだもの。
 妻を追って夢の中に行く夫、妻に対する夫の罪の意識、そして悲劇と、あの2つの映画にあまりにもモチーフが近いような。影響関係とかはなくて、むしろ、普遍的な物語だということなのだと思うけど(バレエの初演は2002年)。
 王子をめぐる2人の女性、オデットと男爵夫人の思いがみごとに表現されていて、第一幕でのオデットの孤立と狂気、第2幕での捨てられた男爵夫人の悲痛さが、まるで演劇のように胸に迫ります。特に第一幕は、舞台上でいろいろな人がいろいろな動きをしていて、そこで男爵夫人に夫と子供がいることがわかったりします。王室の人たちが、王子の愛人を認めないオデットに冷たいのもよくわかります。
 そんなわけで、大満足の「白鳥の湖」でしたが、そういえば、たぶん、20年くらい前に、この同じ文化会館大ホールで、英国ロイヤルバレエ団の「白鳥の湖」を見たのを思い出しました。あのときはもちろん、オーソドックスな演出で、とにかく、バレリーナの群舞で、みんなが足をあげると、それが全員、ぴったり合ってるのに驚きましたが、今回のはそういう精密なテクニックで見せるバレエではなかったですが、登場人物の感情を表現する踊りという点では、こちらの方が見応えがありました。
 今週末はもう1つの演目、「くるみ割り人形」を見る予定です。こちらも20世紀のバレエの歴史になっているとかで、楽しみ。このオーストラリア・バレエ団の公演を知ったのは、7月に井上バレエ団の「コッペリア」を見に行ったとき、チラシをもらったからです。井上バレエ団の「コッペリア」も、主役のバレリーナがすばらしくて、拍手喝采でした。