2010年10月23日土曜日

どうしても読めない本

 先日、図書館から「グーテンベルクからグーグルへ」という本を借りてきた。アメリカの編集文献学者ピーター・シリングスバーグという研究者の書いた本で、翻訳は昨年秋に出版され、グーグル・ショックに関連づけられて話題になったが、実際は、グーグル・ショックとは無関係な本だったという本。
 実は、私は、某大学で英語圏文学入門という講義を行なっているのだが、その最初の回でアーサー王伝説を取り上げ、トマス・マロリーの「アーサー王の死」をキャクストンという人物が、ドイツからグーテンベルクの活版印刷を持ち込んで印刷した、という話をしている。今の学生には活字を拾う活版印刷は理解できないかもしれないが、グーテンベルクが15世紀に活版印刷を発明してから、20世紀後半までの500年間、本を読む人はすべて、活版印刷のお世話になっていたのである。それはものすごいことだと思う。
 が、しかし、20世紀後半にワープロが発明され、私の記憶では1970年代あたりから活版印刷はしだいに過去のものとなり、ワープロで打ち込まれたテキストがコンピューターで版下に組まれ、それが印刷されるというふうになっていったのだと思う。
 私の初めての翻訳書(下訳)は、1981年に出た集英社世界文学全集のジョージ・エリオット作「ロモラ」で、もちろん、全体の6分の1の下訳にすぎず、名前は出ていないが、このときすでに本はコンピューターで作られていた。
 だから、20世紀後半に起こった、活版印刷からコンピューターによる版下作りは画期的なことであり、その後、私自身も80年代後半以降は出版社にテキストファイルで原稿を提出するようになった。そして、今、今度は書物が印刷された本ではなく、電子書籍となる可能性が出てきている。
 「グーテンベルクからグーグルへ」は、そうした電子書籍の時代を肯定的にとらえ、古典の文学作品の成立過程などを電子書籍ならつぶさに収録できるという利点に注目した本らしい。しかも、著者は私がかつて研究していたウィリアム・メイクピース・サッカレーの研究者だという。ならば期待するしかない、ってことで本を借りたのだが……読めません!
 なんで読めないんだかよくわからない。部分的には読んだのだけど、全然頭に入らない。読んだ箇所をあとで読み返しても記憶にない。翻訳が悪いのか? 確かにうまい翻訳とは言えない。サッカレーに詳しい人は翻訳者の中にいないらしく、サッカレーの著作の題名の訳がおかしい。が、それを差し引いても、読めない本だ。
 なんでだろう。3人の翻訳者の内、中心的な明星聖子の解説はとても面白いのだが、結局、この解説を読むと、シリングスバーグのやっていること自体が否定されている感じ。わからん。明星聖子はカフカの研究者で、カフカは編集文献学が必要な作家なので、この分野に興味を持ったようだが、はたしてこの分野を紹介するのにこの本は適切なのか。
 だが、とにかく、読めないのだ。わからん。若い頃はけっこうむずかしい本を読んでいたのに、年をとったせいなのだろうか。この本について他の人はどう書いているのかと思い、検索してみたが、面白かったのは1つだけで、あとはどうにもよくわからない。サッカレーについても、元研究家として興味を持てるところがないのだ。