2012年2月9日木曜日

イラン映画「別離」(少しネタバレ、追記2あり)

(追記あり)
(追記2あり)

「彼女が消えた浜辺」が面白かったアスガー・ファルハディ監督の新作「別離」を見ました。
 すでにベルリン映画祭最高賞、ゴールデングローブ賞ほか多数の賞を受賞、アカデミー賞の脚本賞と外国語映画賞にもノミネートされ、たぶん外国語映画賞は本命じゃないかと思われます。
 アッバス・キアロスタミの映画など、イランの映画は世界的に高く評価されていますが、アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたのは「運動靴と赤い金魚」とこの映画だけなのだとか。まあ、それはそうでしょう。だって、外国語映画賞は各国が代表作品を推薦して、そこから候補が決まるわけですから、イラン国内では上映禁止の憂き目にあっている世界的に評価されたイラン映画はイラン代表になれないわけです。
 それに対し、ファルハディ監督の映画はイラン国内でも大ヒットしているようで、つまり、イランの国の制約に即した映画で、なおかつ面白く、国際的にも高く評価される芸術性もある、という、いいとこどりというか何というか、かなりアクロバティックな綱渡りにも見えますが、実際、言動が問題になってお咎めを受けたこともあるようです。
 で、「別離」ですが、とにかく面白いです。「彼女が消えた浜辺」も面白かったのですが、あれよりも人物関係がすっきりしていてわかりやすい。それと、私はどうも、あの、「彼女が消えた浜辺」のお節介なヒロインが許せなくて、その分、引いて見てしまうところがありましたが、「別離」にはそれもないのがよかったです。

 「彼女が消えた浜辺」というのは、いくつかの家族が一緒に海辺の家を借りてバカンスをするのですが、ヒロインの女性がエリという女性を連れてくる。実はエリは婚約者がいるのだが、できれば別れたいと思っていて、それを聞いたヒロインが、ならば知り合いのバツイチの男とお見合いしなさい、と彼女を連れ出したわけです。婚約者がいるのにお見合いって、日本だって許されない、と思うのは私が古いのか? そこがいかにもイランと書いてる人が何人もいるんだけど、このヒロインは、実は、バツイチの男のことしか考えてないと私は思うのです。日本にもいるんですよ、この男になんとか彼女を見つけてやろうと、男の方のことだけ考えて、女の気持ちは全然無視という女。なんか、そういう、日本にもいる、女の敵だろ、おまえ、と言いたくなる女なんですね(結果的にはバツイチ男も迷惑)。*この点についてはあとで意見を変えました。追記2参照。)
 映画を見るとわかりますが、このヒロイン、かなり強引にエリをバツイチとくっつけたがっていて、普通だったらしないだろ、そこまで、ということまでしてるんです。で、結局、タイトルどおり、エリが海で行方不明になり、まさか彼女が別れたがっていたなんて思ってもいなかった婚約者が現れる。さあ、大変だ、婚約中の女性をバツイチと見合いさせたなんて、イランでは日本より重い罪、かどうか知りませんが、それで大変だ、となるのが後半です。日本ならどうなるでしょうね、この場合。

 話がそれましたが、中流の人々だけの物語「彼女が消えた浜辺」に対し、「別離」は中流の裕福な家族と貧しい庶民の家族の物語です。
 ある中流の一家が、娘の将来を考えて外国へ移住することにし、ようやくその許可が出たとき、夫の父親がアルツハイマーになってしまう。夫は父親を置いて移住できない、妻は離婚してでも娘と移住したい、ということで夫婦の間に溝ができ、結果、妻は夫のもとに娘を置いて実家に帰る。昼間は留守の夫は、父親の介護のためにヘルパーを頼む。ヘルパーになったのは妻の義姉の知り合いの貧しい主婦。幼い娘を抱え、しかも妊娠中。しかし、夫は借金まみれで、働かないと食べていけないので、ヘルパーになるのですが、イスラムの戒律があるので男性の介護を女性がやるのはもともと無理。そこをなんとか無理してやるのですが、ヘルパーが介護する老人をベッドに縛って外出し、そこへ一家の主人が帰ってきて激怒、ヘルパーを突き飛ばしてしまい、それが原因でヘルパーは流産。ヘルパーの旦那がここぞとばかりに現れて裁判に持ち込み、慰謝料を取ろうとする。ヘルパーの旦那が娘の学校にまで押しかけるので心配な妻は、なんとか示談に持ち込もうとするが、夫は妊娠中とは知らなかったと嘘をつき、流産を自分のせいではないと言い張る。そして、ヘルパー自身は、流産の原因は実は別の出来事ではなかったかという疑いを持つ。
 というふうにして、もともと別居なんかしなければこんなにことにならなかったのに、あるいは、ヘルパーが原因だと疑ったある出来事が起きたとき、すぐにそのことを話すか何かしていればそのあとのことは何も起こらなかったのに、と、「彼女が消えた浜辺」同様のタラレバがいろいろと頭に浮かぶのですが、しかし、起こったことは起こってしまったこと。このあと、2つの家族が、子供まで巻き込んで、ぐちゃぐちゃの関係になっていくのです。
 というわけで、これ以上のネタバレはしませんが、1つ言えることは、どちらの家族も、母親は娘のことを第一に考えています。が、父親は、中流の方はメンツが大事、庶民の方は金が大事。そして、流産で死んだ胎児は男の子だったということ。
 うーん、たぶん、ここがイランなんですね。イランでは、女性はがんばっても限界がある。だから中流の母親は娘のために外国へ移住したいと思った。庶民の母は信心深く、自分の行動が娘に災いをもたらすことを恐れる。どちらも母は娘のことを第一に考えています。が、父親は……まるでだめ。特に中流の方。粗野で金のことばかりの庶民の父より、この中流のオヤジの方がひどいね。ま、どっちも娘にとっていい父親ではないが。でも、それでも、あのラスト、娘の涙……ああ、ネタバレはできないから書けない……というより、あのラストは見る人によって、取り方が違うかもしれない。うまい映画です。

追記 「別離」のストーリーの部分、少し間違えた部分があったので書き直しました。
 日本では奥さんが実家に帰るときは子供を連れていくというのが普通、という考えがあったせいか、思わず、間違って、そう書いてしまいましたが、この映画では、奥さんが実家に帰っても娘は父親のところに残っているのがミソなのです。イランだから、というだけでなく、娘自身の考え方という点で重要なのです。それがラストシーンにも、おそらく、つながっているのでしょう。
 また、中流の娘と貧しいヘルパーの娘の関係が大人の関係に影響されていくシーンもみごとです。

追記2 最初に書いてからまだ12時間もたっていないのにまたまた追記ですが、「彼女が消えた浜辺」、お節介なヒロインのことを、日本にもいる、と書きましたが、よく考えたら、この映画の場合、バツイチ男がドイツに出稼ぎしている男性で、現在帰国中ながら、すぐにドイツに戻らなければいけない、という設定がいかにもイランなのだということに気づきました。
 つまり、「別離」との関連で言うと、ヒロインはバツイチ男のことだけ考えていたのではなく、イランでは女性はがんばっても幸福になれない、だからバツイチ男と結婚してドイツへ行った方がいいと思った、のかもしれないのです。「別離」も、最初に、中流家庭の妻が娘のために外国へ移住、という設定がなくても成立する話ながら、ここが実は肝心、そこが実はイラン、だったりするのですが、「彼女が消えた浜辺」も、バツイチ男がドイツに出稼ぎ、というのが実は肝心、実はイラン、だったりしたわけですね(今頃気づいたか、と言われそうですが)。
 となると、ヒロインは単に、男の側しか考えず、女をそれに合わせようとする女の敵、ではなかったわけです(んなわけで、本文のあの件は撤回しよう)。
 もちろん、ヒロインはエリの気持ちなどよく知らず、それどころかエリのこと自体よく知らないのに、勝手に、イランの女は外国へ行った方が幸せと思っているのだとしたら、それはそれで自分勝手な考えなのですが、このことと「別離」の娘のために外国へ移住という部分を考えると、これはやはりイランならではの問題と思えます。これがたとえば、日本に出稼ぎに来ている東アジア人や南米の日系人だったら、こういう話にはならない。なぜなら、東アジアや南米の女性は自分だけで日本に行けるから。そこがイラン、そして中東イスラム世界と他の世界の違いかもしれません(そうじゃない場合もあるでしょうが)。
 で、監督は、イランの女性は外国へ行った方が幸せ、ということをどう考えているのかですが、それははっきり言わないところがミソ。「別離」も、ラストの娘の涙の意味は観客に想像させる。
 それにしても、「別離」というタイトルはあまりよくない感じです。原題は「別居」くらいの意味でしょう。むしろ、「彼女の涙の理由(わけ)」とかいうタイトルの方がよかったんじゃないかな。それだとネタバレですか?