2012年2月17日金曜日

「裏切りのサーカス」で道に迷わないために

ジョン・ル・カレ作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画化「裏切りのサーカス」を見てきました。
 監督は「ぼくのエリ 200歳の少女」のトーマス・アルフレッドソン。主人公の老スパイ、ジョージ・スマイリーにゲイリー・オールドマン。ほかに「英国王のスピーチ」でオスカー受賞したばかりのコリン・ファース、名優ジョン・ハートなど、渋い俳優がずらり。
 この映画、Yahoo Movies(アメリカ版)では、一般観客の評価が恐ろしく低く、星1つとか2つかそういう状態(YahooはA~Eの評価)。理由は、原作を読んでいない人にはさっぱりわからない、貴重な金と時間を返せ! とのこと。
 うーむ、やはりル・カレの映画化はむずかしいのか、と思い、次にRotten Tomatoesを見てびっくり! 批評家の評価はまったくの逆で、大絶賛の嵐。一般の評価もこちらはよい。
 やがて、ありがたいことに試写状をいただきましたが、その試写状にも、この映画は一筋縄では行きません、表面の解説をお読みください、とかなんとか。
 実は私、「ティンカー~」の原作は読んでません。ル・カレは読んだのは「寒い国から帰ってきたスパイ」、「死者にかかってきた電話」、「鏡の国の戦争」、「リトル・ドラマー・ガール」、「ロシア・ハウス」、「パナマの仕立て屋」このくらいかな。映画化は「寒い国から帰ったスパイ」、「リトル・ドラマー・ガール」、「ロシア・ハウス」、「テイラー・オブ・パナマ」、「ナイロビの蜂」を見ております。
 ル・カレの映画化はとにかくむずかしい。「リトル・ドラマー・ガール」は完全な失敗作。「寒い国から帰ったスパイ」や「テイラー・オブ・パナマ」、「ナイロビの蜂」(これは原作読んでませんが)は映画としてはよくできていたと思いますが、ル・カレのある種の五里霧中な感じ、よくわからない、まさによくわからないスパイ戦の雰囲気が、映画だとさーっと霧が晴れたみたいになってしまうのですね。「テイラー・オブ・パナマ」は元007ピアース・ブロスナンを主役に、スパイもののパロディになっていたので、原作と違う面白い映画になりましたが。
 というわけで、普通の観客にはわけわかめだけど、批評家には高評価の映画「裏切りのサーカス」。これはきっとル・カレの五里霧中な感じ、白か黒かわからないスパイ戦の雰囲気が映画として表現されているのだろう、と思いました。
 しかし、原作を読む暇はないので、予習をせずに試写会へ。渡されたプレスシートのあらすじと人物関係だけはなんとか把握して映画に臨みました。
 結果は、1度だけでもかなりよくわかったと自負しています。
 2度見た方がいいのでしょうが、あるいは原作を読んでからの方がもっといいのでしょうが、なかなかそれもむずかしい、という人に、どこを注目したら、予備知識がなくてもついていけるか、それを書いてみたいと思います。

1 あらすじと人物関係をある程度、把握しておく。
 原作を読むのが一番ですが、その暇はない人、ル・カレはむずかしくて読めん、という人は、たとえば、ウィキペディア日本版に原作のあらすじが出ています。全部読むとネタバレなので、途中まで読むとかね。

2 原題は「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」であることを頭に入れておく。
 「裏切りのサーカス」という題にしたのは、ミステリー・ファン以外に映画を売る必要があるので、ある程度しかたがないのですが、原題を知っているのと知らないのでは予備知識が違ってきます。
 英国情報部サーカスの幹部4人の暗号名がティンカー、テイラー、ソルジャー、プアマンなのですが、この4人に扮する俳優の顔がまるで原題をあらわすように何度も順繰りにアップで出てくるのです。容疑者はこの4人だよ、と、映画が何度も教えてくれているわけで、ここでしっかり顔を覚えないといけない。個性的な顔なので、覚えられると思います。

3 ジョン・ハートが出てきたら回想シーンだと心得よ。
 舞台は1970年代前半。米ソ冷戦時代。ジョン・ハート扮する英国情報部サーカスのチーフ、コントロールは、内部に「もぐら」と呼ばれるソ連のスパイがいるとして、その「もぐら」の正体を明かすかわりに亡命したいという将軍を連れ出しにスパイを派遣するが、失敗、コントロールと右腕スマイリー(ゲイリー・オールドマン)がクビになり、上にあげた暗号名の4人がサーカスの中心となる、という出だし。このシーンのハートはかなりヨボヨボのじいさんで、英国情報部はこんな高齢者に仕事させてんのか、と思うくらいなのですが、これでじいさんはクビ。それから1年がたつのですが、その間、クビになったスマイリーは老眼が進んで眼鏡を新調したり、温泉みたいなところで泳いだりしています。そして、そのスマイリーの日常の合間に、ハート扮するコントロールが病室で死んだシーンがぽっと入るんですね(これを見逃さないように)。ヨボヨボのじいさんだったので、老衰か病死だと思いますが、これでコントロールは死んでしまう。
 そしてその後、新たな展開があり、スマイリーが「もぐら」捜査を依頼され、スパイとしての任務に復帰することになります。そのとき、唐突に、ジョン・ハート(コントロール)が出てくるのです。しかも、ヨボヨボのじいさんじゃなくて、元気溌剌。ジョン・ハートは有名な俳優だから、出てくればすぐにわかります。あれ、コントロールは死んだんじゃなかったの? あ、そうか、これは回想シーンなんだ。
 というわけで、このあと、コントロール(ジョン・ハート)が出てきたら、それは全部回想シーンです。この映画は寒色系のクールな映像のシーンがほとんどですが、この回想シーンだけはいくぶん暖色系の暖かい感じになっています。つまり、古きよき時代の思い出なわけです。
 これ以外にも回想シーンはバンバン出てくるのですが、出方はそれほど唐突ではありません。回想シーンが出てくるリズムみたいなのに乗れれば、あとは自然とわかってきます。

4 頭を使う映画、でも心を全開に。
 チラシには、鑑賞は頭脳戦になる、と書いてあります。確かに頭を使う映画です。でも、頭ばっかりだと疲れるだけです。
 映画の後半、元スパイが教師をしているシーンが出てきます。この教師を慕う少年がいて、2人の交流が描かれます。親が離婚したため、心が鋭くなっている少年は、スマイリーのような眼鏡をかけています。彼はスマイリーの分身なのか? それはともかく、この元スパイと少年のエピソードは、あまり長くは描かれていません。普通だったら、この2人の関係が十分に描かれていないと批判されてしまうくらい短いです。でも、トーマス・アルフレッドソン監督はこのわずかなシーンで、元スパイと少年のドラマを、彼らの人生を、十二分に描き出しているのです。
 このシーンだけではありません。たとえば、2人の男がゲイっぽい会話をする短いシーンがあります。ゲイなのか、単なる友情なのかわかりませんが、主要人物の中にゲイかそれに近い友情で結ばれた男と男がいると、ほんのわずかなシーンでわからせるのです。こういうのは頭でわかるのではない、心でわかるのです。心でピンと来るのです。ほかにもこうした、短いシーンなのにそこに登場する人物の人生や生き様がまざまざと伝わってくるシーンがいくつもあります。それをしっかり感じていくと、自然と、映画全体がわかってくるのです。
 アルフレッドソン監督は「ぼくのエリ」で世界的に有名になり、英語映画は今回が初めてとのこと。しかし、「ぼくのエリ」でも、短いシーンに人物の人生や生き様が十二分に描かれていて、観客の心を動かすということがありました。たとえば、吸血鬼になってしまったとわかった中年の女性が、その運命を拒否するためにカーテンを開けて、日光に自分の身をさらすシーン。あるいは、エリを守ってきた中年男が、エリに血を吸わせて落ちていくシーン。どちらの人物も、映画の中では十分には描かれていない、どういう人なのか描かれていないにもかかわらず、このシーンだけで、彼らの人生や生き様を観客は感じ、感動してしまうのです(リメイク「モールス」は中年女性の扱いが薄っぺらだった)。
 「ぼくのエリ」のそういうところに感動した人は、たぶん、この映画の細かいシーン、短いシーンから、人物の人生や生き様を感じとり、映画全体を理解できるでしょう。これがアルフレッドソンの演出の魅力なのだと思います。
 ゲイリー・オールドマンはとにかくすばらしい。「シド・アンド・ナンシー」の頃からのファンで、シネアルバム「ゲーリー・オールドマン」にバイオグラフィーを書いたこともあるので、彼について語るときりがないので、今日はやめておきますが、これまでとはまったく違う演技。しかも、イギリスのスパイはみんな中産階級出身で、それがイギリスのスパイの特徴を作っているというのに、オールドマンは労働者階級の出身で、若い頃はその労働者階級のパワーとバイタリティが魅力だった人なので、そういう彼が寡黙でソフトな中産階級のスパイを演じているのがなんとも不思議な、新しい魅力を感じます。

 最後に。プレスシートに評論家の方が寄稿していて、そこで、スマイリーが泳いでいるシーンについて触れています。水が茶色く濁っている、こんなところで泳ぐことはないのに、と書いていますが、ここは露天の温泉ではないかと思います。ヨーロッパには露天の温泉があって、水着を着て入る、というシーンを別の映画で見たことがあるのですが、このシーンではスマイリー以外にも高齢者が泳いだり水につかったりしているのですね。つまり、ここは温泉で、老人が湯治に来てるのではないかと。多分、温水プールくらいの水温(30度)なので、湯気が出ないのでしょう。濁っているのは温泉の成分では、と思います。日本でも温泉がすべて温かいわけではなく、わかして温泉にしているところもあります。
 もちろん、この評論家の方は、濁って見えない水の中を、首だけ出して泳いでいるスマイリーに、ものごとがはっきりしないスパイの世界を泳ぐことの寓意を見ているわけで、これは正しいと思います。
 その一方で、このシーンはスマイリーが老人が行くような温泉に行くような年で、でも、泳ぐくらいには元気で現役だということを表しているとも思います。

追記 翌日に関連記事「ケンブリッジ・ファイヴ」を書きました。