2018年3月24日土曜日

「空海」インターナショナル版

本日24日から公開の「空海」(妖怪猫傳)インターナショナル版(中国語音声日本語字幕)。もう楽しみで楽しみで、前の晩よく眠れなかった。
首都圏では一都三県6劇場で上映なのだが、六本木と新宿が1日2回、他は1日1回で、レイトショーだったり夜の部だったり午前中だったりとひどい時間割。なんかもう、劇場側が、今頃字幕とかやりやがって、と意地悪しているみたいな時間割なのだ。
結局、午後の時間で、駅のそばで、「リメンバー・ミー」字幕版とハシゴできるという理由で選んだのがさいたま新都心のMOVIXさいたま。1時間ちょっとで行けると思ったら1時間20分くらいかかり、交通費がバカ高い。レイトしかない近場のシネコンの3倍近い交通費。しかしレイトのシネコンだと帰りの電車がほとんどない状態なので、ここはあきらめるしかない。
というわけで、行ってきました、さいたま新都心。新都心っていうわりにはパッとしない雰囲気だった。
それはともかく。
インターナショナル版、おそらく日本語吹替え版の最初の歴史解説はそのまま入っているだろうと思ったら、そのとおりだった。
そして、それが終わると、メインタイトルは中国国内版と同じ、キャストが中国語で出てくる。こちらはホアン・シュアンが最初で次が染谷将太。松坂慶子の漢字が中国語になっているあたり、とても味がある。
キャストのメインタイトルが終わると、黒猫と春琴のプロローグ。ここで中国語のせりふが出てきて、中国語版を実感する。そのあとの空海の独白「なつかしい太鼓の響き」は中国版でも日本語だったが、これにかぶさるスタッフの文字が日本語になっていて、ここは残念。中国語で見たかった。
また、エンドロールも日本語吹替え版がそのまま使われていて、最後に翻訳と字幕の担当者の名前が出る。ここは中国版だともっと情報量が多く、中国のスポンサーのロゴもたくさん出てくる。主題歌「マウンテン・トップ」はどちらも同じで、これは空海と白居易のことにもとれるし、黒猫=白龍にもとれる。
楊貴妃と阿倍仲麻呂が語り合うシーンで、日本語吹替え版はRADWIMPSの挿入歌を入れてしまっているが、インターナショナル版ではこれはなし。かわりに他のシーンでも流れている曲が流れ、2人のせりふやナレーションに集中できる。吹替え版もここに歌を入れさえしなければよいのだが。2人の阿吽の呼吸みたいなのが歌でだいなし。インターナショナル版でやっと2人の心情が心にしみた。
字幕は急いだのか誤植が少しある。字幕の大部分は吹き替えとほぼ同じなのだが、一部に違っているところもあり、そういうところは字幕の方がよかった。ただ、黒猫の最後のせりふ「わかっていたよ、あきらめきれなかっただけだ」(吹替え)が字幕では「死んだのはわかっていた。あきらめきれなかっただけだ」となっているのは吹き替えの方がいい。黒猫の声優の演技がここはとてもよいのだが、字幕でも「死んだのは」を入れなくてもわかる。ちょっと余計な感じになってしまった。
丹龍が白龍に言う「おまえを理解しているのは俺だけだ」(吹替え)が字幕では「おまえには俺しかいない」になっていて、このあと白龍が「俺には貴妃様がいる」となるのは字幕の方が効果的な気がした。また、李白が楊貴妃に会ったあと、吹替えでは「俺の詠んだ詩のとおりの人だ」というようなせりふだが、字幕では李白が詠んだ詩をもう一度暗唱する。これは口の開きに合わせると吹き替えのようにせざるを得ないのだろう。これ以外にも字幕の方がよいと思うところがいくつかあった。
インターナショナル版は日本人俳優のせりふの多くが中国語吹替えなのだが、吹替えの技術を比べてみて、日本がかなり劣っていると思わざるを得なかった。空海が楊貴妃の棺に入ったあと、楽天の名を呼ぶのだが、中国語ではこのせりふがいかにも棺の中からの声になっていたが、日本語吹替え版ではそういう音作りがまるでなされておらず、ただ同じ音量で声を入れているだけだということがわかった。日本の吹替えの問題は俳優の演技よりはむしろ、音響効果をきちんとやっていないことではないかと思う。日本語吹替えではたまに聞き取れないせりふもあったが、こういうのも音響効果でなおせるのではないか。

今まで見た吹替え版4回はすべて大きなスクリーンで、美しい映像を堪能したが、今回は小さいスクリーンなので映像的には少し見劣りした。が、そのかわり音声的には文句なくすばらしかった。白楽天が「李白になれないのはわかっているが、長恨歌を偽りとは言わせない」と涙ながらに語るシーンは、ホアン・シュアンの声と映像の一体感がすごくて、これは吹替えではだめ。染谷と松坂は自分の日本語と中国語吹替えがあるが、どちらも違和感ないのもすごい。口も声とよく合っている。阿部寛の吹替えは阿部が中国語しゃべったらこういう声だろうと思わせる声(毎回思うのだが、「空海」の前に「蚤取り侍」の予告は見たくない)。
あと2回は見に行きたいが、来週は少しは見やすい時間にしてくれるのだろうか。また、いつまでやっているのかも気になる。今日はお客さん、けっこう入っていたけれど。

内容についてはこれまでも何度も書いてきたけれど、この映画、主人公は空海、白楽天(白居易)、白龍、丹龍の4人なのだな、と思った。
ネットを見ていると、「楊貴妃は生きているのか死んでいるのか、死体はあるのかないのか、というのは弘法大師信仰につながるものだから、これは空海映画だ」という意見があった。確かに空海は楊貴妃の生と死に密教を感じ取ったと言っている。また、「白居易は鶴と関係が深かったから主役は白楽天」という意見もあった。私はプロローグのあとすぐに空海のアップとモノローグがあるので、どちらかというと空海の方が主役としてやや上かな、と思っているが、ラストは長恨歌についての悩みから解放されて昼寝する白楽天で、そのあと、楊貴妃に抱かれた黒猫の絵で終わる。空海と白楽天は対等の主役、で、本当の主役は猫=白龍ということにもなる。
ちなみに、空海と丹龍は仏の道に教えを見出そうとするという共通点があり、白楽天と白龍は楊貴妃を愛するという共通点がある。白楽天と白龍が世俗の愛という信仰にとらわれているのに対し、空海と丹龍は仏の道の信仰に生きる。世俗と仏門という違いはあるが、信仰であるという点では同じ。中国版ポスターでは空海の側に丹龍、白楽天の側に白龍がいるのはそれを表している。
また、空海が白楽天を見守るのに対し、丹龍が白龍を見守るという共通点もある。そして、丹龍は空海をも見守っていたことがわかるのだ。

「空海」のあとは「リメンバー・ミー」字幕版。この映画、あまり興味が持てず、近場では吹替えしかないのでスルーしようかと思っていたが、「空海」インターナショナル版とハシゴできるので見ることにした。
確かに絵はすばらしいし、音楽もいいが、内容は結局家族がだいじというテーマで深みも何もない。死者の国へ行って帰ってくるというのもこれまでの同種の映画に比べて軽い感じ。
併映がアナ雪外伝だったが、これも本編は家族がだいじというテーマのアニメで、外伝もその延長にあるが、あまり面白くない。「リメンバー・ミー」がわりと夏っぽいのに(日本のお盆ふう)これがクリスマスというのも季節感が変(それを3月に公開する日本)。
先日見た「アイ、トーニャ」で、トーニャ・ハーディングが審査員から「アメリカの幸福な家族を表現しないからだめ」と言われ、毒母に虐待されて育った彼女は「どこにそんな家族が」というが、世の中には毒親毒家族など家庭の問題を抱えた人が多いのに家族が一番というテーマを気安くやる風潮にも疑問を感じる。
あと、英語ではスペイン語式にエクトルと発音しているのに字幕はヘクターと英語読みなのも気になった。吹替えもヘクターなのかと思うと、やれやれ。