2011年1月22日土曜日

ブラック・スワン

http://sabreclub4.blogspot.com/2010/10/blog-post.html
 このブログは映画の検索から来る人が多いようで、特に「英国王のスピーチ」、「冷たい熱帯魚」、「わたしを離さないで」、「アンチクライスト」に「ネタバレ」をプラスして検索している人が多いようです。
 そして、上の、オーストラリア・バレエ団の「白鳥の湖」の鑑賞記に来る人もいるようなのですが、どうやら、ナタリー・ポートマンがゴールデングローブ賞を受賞した映画「ブラック・スワン」の関連で検索されている?
 というわけで、日本での関心度も非常に高く、4月にシャンテシネなどミニシアター系公開の予定だったのが、急遽、5月に日劇などでの拡大公開と変わったダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン」を見てきました。
 アロノフスキー監督といえば、直近の作品はミッキー・ローク主演の「レスラー」ですが、私にとっては彼は「π」や「レクイエム・フォー・ドリーム」のアート系作家。なので、「レスラー」を見ても、私にとって興味があったのは、アロノフスキーらしい映像表現と、そして、プロレスラーという職業にはつきものの肉体の痛みの生々しい表現でした。プロレスというのはショーなので、演出があって、お互いにケガのないようにやっているわけですが、それでも、互いを傷つける演出は常にあって、痛そうなのにそこまでやるのか、とか、試合が終わったあとのほんとに痛そうなシーンとか、そういうのが一番印象に残っています。
 たぶん、「π」や「レクイエム・フォー・ドリーム」を見ていない人にとっては、「レスラー」は何より人情話なのでしょうが、そして実際、そういう部分も感動的なのですが、そういうところは別の監督でもできるし、というのが正直な感想でした。
 でも、アロノフスキーもこれで一般の観客を感動させるメジャーの監督になってしまうのかな、と思っていましたが、新作「ブラック・スワン」を見て、やっぱりこの人は違う、感動やら癒しやらの普通の監督にはならない、と確信しました。
 ポートマン扮するヒロイン、ニナは、完璧なテクニックを持つが、感情表現が苦手なバレリーナ。しかも、彼女を身ごもったためにバレエをあきらめた母親(バーバラ・ハーシー)の異常な期待と抑圧のもとで育ったために、精神的に不安定で、ストレスに弱く、どうやら自傷行為もしていた模様。そんな彼女が「白鳥の湖」の主役に選ばれる。しかし、この公演では、白鳥を演じるバレリーナは黒鳥も演じなければならず、王子を誘惑する邪悪な黒鳥になりきれない彼女は、芸術監督(ヴァンサン・カッセル)やライバル(ミラ・クニス)からのプレッシャーを受けて、しだいに幻覚を見るようになっていく……というお話(この程度ならネタバレにはなるまい)。
 実は、「白鳥の湖」では、ヒロインの白鳥(オデットという名前なのだが、映画では白鳥の女王となっている)と、オデットに化けた黒鳥の両方を同じバレリーナが踊るのは負担が大きすぎるので、黒鳥は別のバレリーナが踊ることが多いようです。20年くらい前に私が見た英国ロイヤルバレエ団の「白鳥の湖」では、黒鳥は日本人の吉田都が踊っていました。当時は吉田はまだ新進気鋭の若いダンサーでしたが、彼女の黒鳥はなんだかとても健康的だったような印象があります。
 しかし、もともと黒鳥は王子を誘惑するためにオデットに化けた娘ということになっているので、本来は黒鳥も主役が踊るものだったのだと思います。つまり、「白鳥の湖」は、オデットに恋した王子のもとにオデットに化けた黒鳥が現れ、王子を奪ってしまう、という筋書きなのですが、服の色が違うのに、なんで王子はオデットだと思い込むんだ、と、普通、思いますよね。たぶんこれは、観客があれはオデットじゃない、とわかるためで、王子の目には黒く見えてないんじゃないか、顔が同じだからだまされてるということじゃないかと思うのです。
 一方、この映画では、黒鳥はヒロインの白鳥に化けたのではなくて、最初から別人で、白鳥に恋する王子を横取りしようとする黒鳥、ということになっているようです。それを同じバレリーナが演じることで、女性の二面性を出そうとしたとか、そういう演出なのでしょう。
 白鳥と黒鳥が別人といえば、最初にあげたオーストラリア・バレエ団の「白鳥の湖」も、白鳥と黒鳥は別人で、2人が王子を奪い合う話になっていました。しかも、この演出では、上の記事にも書いたように、白鳥と黒鳥にあたる2人の女性の衣装が白と黒に分かれていない、むしろ、2人とも物語が進むにつれて、白い衣装から黒い衣装へと変わっていくわけです。
 そんなわけで、白鳥と黒鳥の対比やあいまいさというのはなかなかに面白いテーマであるのですが、「ブラック・スワン」では、それが舞台以外の現実でのヒロインの幻覚や妄想になっていくのが見どころです。
 「レスラー」との関連でいえば、この映画もまた、肉体的な痛みのひりひりするような描写が文字通り痛い映画です。バレエダンサーもプロレスラー同様、肉体を痛めつけながらみごとな踊りを生み出しているわけです。そのダンサーとしての痛みに加え、ここではヒロインの自傷行為や幻覚の中の痛みが赤い血とともに描かれていきます。また、幻覚という点では、薬物中毒の「レクイエム・フォー・ドリーム」を思い出します。あの映画も母親が重要な役割を果たしていました。
 そんなわけで、メジャーの娯楽作でありながら、「π」や「レクイエム・フォー・ドリーム」に限りなく近い、私には大満足のアロノフスキー作品です。
 アロノフスキーは「レクイエム~」では母親役のエレン・バースティン、「レスラー」ではミッキー・ロークをオスカー候補にしましたが、「ブラック・スワン」ではポートマンがオスカー有力視されています。それに加え、ヴァンサン・カッセル、バーバラ・ハーシー、ミラ・クニスの演技もすばらしい。役者からいい演技を引き出す監督なのだなあと思います。