2012年8月9日木曜日

善も悪もチャラにする「ダークナイトライジング」

警告
このエントリーはネタバレ大ありです。
いや、ネタバレそのものについてのことしか書かれていません。
これから映画をご覧になる方はスルーすることをお勧めします。

というわけで、クリストファー・ノーランの「バットマン」シリーズ完結編「ダークナイトライジング」であります。第1作「バットマンビギンズ」については初代さーべる倶楽部の2005年6月末か7月初めのところで書いているはずですが、このブログは現在、見られないエントリーが多く、おそらく探せないと思います。そして第2作「ダークナイト」は2008年8月末、さーべる倶楽部2に書いたと思います。これは探せば見られるはずです。
で、すでにお読みになった方はご存知のとおり、私はノーランのこのシリーズについては評価が低いです。ノーランの映画は「フォロウィング」、「メメント」の頃から大好きで、なんらかの形で批評を書き、また、「インソムニア」はノベライズの翻訳までしていますが、どうもこの「バットマン」シリーズはいかん。個人的にはティム・バートンのシリーズが大好きなので、それと比較して不満が多い、というのもありますが、一番気に食わないのは、ノーランの善とか悪とか正義とかヒーローとかに関する考え方があまりにもヌルイというか、いいかげんというか、こいつ、真剣に考えてないだろ、「バットマン」だからそういうの入れないといけないと思って、設計図に入れて作ってるだけだろ、と言いたくなるようなテイタラクなのです。
そんなわけで、前2作の文章はどちらもノーランのそうした善や悪についての姿勢のヌルさ、底の浅さを批判するものになっていました。
そして第3作「ダークナイトライジング」。今度も善と悪についてヌルいことやってたらもう見放すぞ、ノーラン、と思って臨んだのですが…。
あれ、今回は妙にさらっと軽くやってるじゃん、善とか悪とか正義とか。
一応、善と悪、正義についてのご宣託のせりふは出てきますけどね。悪役のベインという人物が「自分は必要悪だ」と言ったり、その他、人間の善性を試す、みたいな、前作でジョーカーがやったようなこともしてますけどね。でも、なんか軽いの。このベインがマスクしていて顔がわからんのだが、丸顔で、スキンヘッドで、筋肉デブって感じで、全然怖くないし、憎たらしくもない。きっと、マスク取ったらカワイイ顔だよ、この人、と思ってたら、演じてるトム・ハーディ、やっぱ素顔はカワイイわ。
あと、人を殺すシーンとかははっきり映さないのですね。レイティングの関係かな、と、見てるときは思ったんですが…。
そしていよいよネタバレ(以下、文字の色変えます)。

ベインを追い詰めたバットマン、こいつが一番の大物だ、と思ったら、なんと、バットマンことブルースの恋人のミランダが黒幕だったのだ。
ベインは第1作でリーアム・ニーソンが演じた人物が恋した女性の息子、と思われていたが、実はミランダが彼の娘だったのだ。
ミランダは父の意思を受けて、ゴッサム・シティを葬ろうとしていたのだ。そしてベインは、牢獄で生まれた彼女を愛し、守り続けた男だったのだ。
彼女の母はニーソン演じる男と恋に落ち、身ごもった罪で、牢獄に入れられ、そこで非業の死を遂げていた。
以上、ネタバレ。どんでん返し。意外な結末。

いやあ、参った。黒幕がミランダになったおかげで、善とか悪とか正義とか、ノーランが苦手だけど無理して入れてたテーマが全部、ここで吹っ飛んだのです。
ミランダは別に善とか悪とか正義とか、まったく関係ない人。単に、父親の意思とか、自分を守ってくれた男とか、そういうことしか考えてない、っていうか、ミランダが何考えてるんだか、ツッコミどころ満載なんですが、そこはそれぞれ、突っ込んで楽しんでください。
んなわけで、善と悪のテーマはすべてチャラになり、あとはバットマンがいかにして中性子爆弾と化した小型原子炉を始末するかになります。
始末の仕方は「ブラック・サンデー」と同じですが、放射能のことをまったく心配してないのがいかにもハリウッド映画。あそこで爆発させたら海も大気も大汚染。アニメの「鉄腕アトム」の最終回みたいに、太陽まで持っていかないとだめよ。で、太陽に突っ込んだアトムが戻ってきたように、バットマンも(ここもネタバレだけど、これは誰でも予想できるでしょう)。

そんなわけで、
ベイツはバートン版のペンギンを思わせるところがあるのだけど(原作にベインという悪役がいるようですが、ペンギンが入っている感じはします)ミランダはもう1人のキャットウーマンじゃないかと思う。キャットウーマンはアン・ハサウェイが演じていますが、彼女は根は善人で、バットマンを助ける(原作ではこの設定らしい)。ミランダの方はむしろ、悪のキャットウーマンという感じか。服も黒っぽいのを着てるし。
それはともかく、ベインの言う善と悪って、なんだか軽いなあ、と思っていたら、最後にミランダが善と悪をすべてチャラにしてくれたってわけです。
個人的には、チャラにしてくれてよかったです。突っ込みどころ満載なのも、楽しくていい。ノーランが無理して善とか悪とか正義とかやってるの、見ていられなかったもの。彼のほかの映画見れば、こういうテーマに興味ないの、わかりきっているもの。

ノーランの映画に一貫して登場するモチーフは、「インセプション」の映画評でも書いたんだけど、それはむごたらしい死を遂げた女性です。「フォロウィング」からそれはずっと一貫している。この「ダークナイトライジング」でも、むごたらしい死を遂げる女性がいるんですね。彼女のエピソード、カナダ映画でアカデミー賞外国語映画賞候補になった「灼熱の魂」のパクリじゃないかと思うんだけど、とにかく、そういう女性の死があって、実は善や悪や正義よりも、その方がノーランの映画に共通するモチーフなのです。
ベインを演じるハーディ、ミランダを演じるマリオン・コティヤール、そして実はロビンだとわかる若い警官を演じるジョゼフ・ゴードン・レヴィットは、いずれも「インセプション」に出てた人。
コティヤールは体重増やしてますが、ベイツともども、悪役は太めってモチーフか?
ベインは最後、涙まで見せちゃって、この2人、やっぱり本物のワルじゃないのよね。

結局、ノーランは本物の悪を描けないというか、ヒース・レジャーのジョーカーは、あれはノーランからはみ出したもの、レジャーが創造した悪なんだな、と思う。あのへたな塗り絵みたいなメイクは、きっちりとした作りをするノーランの対極にある。ノーランなら、塗り絵はばっちり、色をはみ出さずにきれいに塗るだろう。実際、レジャーがいなかったら、ノーランのシリーズは面白い映画の域を出なかっただろう。

「ダークナイトライジング」は、内容的にはバートンの「バットマンリターンズ」に呼応するというか、ペンギンとキャットウーマンが出ているという意味でそうなんだけど(ベインにペンギンが入っていると仮定してですが)、ベインとミランダが本物のワルじゃない、かわいそうなところもある、とは言っても、バートンの描く異形の人の悲しみにはとうてい及ばない。ノーランもそれはわかってるので、無理しないで、最後は無理してたテーマもチャラにして、面白いアクション映画として終わらせたのだと思う。最後、カーテンコールみたいで、見続けた人にはそれなりの感慨があるだろう。