2022年8月16日火曜日

遠い記憶

 翻訳書を何十冊と出しているある翻訳家が、自分が訳した本の著者が書いた雑誌記事の翻訳を依頼されなかった、ということを書いていて、私は逆に、他の人が訳した本の著者が書いた雑誌記事の翻訳を私がした、ということを思い出した。

その著者はリチャード・プレストン。他の人(超有名な大御所)が訳した本はエボラ出血熱のパンデミックを描いた「ホット・ゾーン」。1990年代に飛鳥新社から単行本で出たあと、小学館文庫に入り、その後絶版になっていたが、コロナ禍の2020年にハヤカワ文庫で再刊された。

私が訳したのはそのプレストンが書いた鳥インフルエンザについての記事。掲載は「プレイボーイ日本版」。

翻訳の依頼を受けたときに「ホット・ゾーン」を読んだのだけれど、たしか小学館文庫で読んだと思うので、翻訳の仕事をしたのは2000年代に入ってからだと思う(小学館文庫は1999年)。


くだんの翻訳家さんが訳した本の著者の雑誌記事の翻訳がこの翻訳家さんに来なかった、ということでいえば、あの大御所さんが訳した本の著者の雑誌記事が大御所さんに行かずに私に来た、というのとかぶるわけだけど、当時は別に不思議に思わなかった。大御所さんだから雑誌記事につきあってる暇はないだろうし、雑誌の編集部も大御所さんに依頼するより手近な人に頼んだ方が速い、安い、うまい、のではないだろうか。

くだんの翻訳家さんはまだ大御所さんの域に達していないので、忸怩たる思いになったのかもしれないが、その雑誌記事が出た媒体を調べてみたら、そこは翻訳スタッフの訳した訳文を編集者が誌面に合わせて削ったり書き直したりするらしい。

つまり、そこの翻訳家の仕事は下訳扱いなのだ。

大御所の域に達していないとしても、本を何十冊も出している翻訳家さんにふさわしい場所とは思えない。

と、勝手に横から感想を述べたのだけど、この件ではからずも20年くらい前の自分の翻訳のことを思い出してしまった。もうとうに忘れていて、「プレイボーイ日本版」のバックナンバーを扱っているネットの古書店をチェックしてみたけれど、どの号に載ったのかまったくわからなかった。

1984年からずっと、あちこちに文章を書き散らしてきたので、掲載誌をすべてとっておくわけにもいかず、多くは目次と該当するページを切り取ってファイルに入れてある。なので、押し入れの中からファイルを取り出せばわかるのだが、めんどくさい。

世の中には自分が死んだあとに他の人が自分の書いたものを追跡できるようにしておこうといろいろ努力している人もいるのだが、私はほんと、書いたら書きっぱなしだなあ。まあ、過去はもうどうでもいいや。