2024年2月4日日曜日

四面楚歌

「セクシー田中さん」という漫画の作者が自死し、その背景がいろいろ取沙汰されて炎上騒ぎになっている。

私はこの漫画を読んだことはないし、テレビがないからドラマも見ていないけれど、あまりにもあるあるで、まるで自分のことのように感じてしまうので、報道や一般人の書き込みから目が離せない。

日本の漫画やアニメが人気があるアメリカでも、これはニュースになっている。

Japanese manga artist Ashihara Hinako found dead days after protesting TV version of her work (nbcnews.com)

ことの経緯は、芦原さんが原作に忠実にという条件を出してドラマ化を許可したのにもかかわらず、毎回、原作を改悪した脚本なので、その都度、苦情を入れて書き直してもらったが、ついに、最後の2話は自分が脚本を書いた。すると、脚本家の相沢さんが「原作者に脚本を降ろされた」としてSNSで抗議、それを読んだ脚本家たちが賛同して盛り上がり、やむなく芦原さんが事情を説明する文章をSNSにアップ。が、その後、投稿を削除し、「ごめんなさい」と書いて、自死してしまったらしいのだ。

上の記事にそのあたりが英語で書いてあるが、以下の部分にあたるところ(上にも書いたことだが)を日本のマスコミが絶対に報じない、隠している、ということが一般人の間では問題になっている。

After the full show had finished airing in December, Aizawa used Instagram to explain the strange plot deviations of the final two, albeit without directly naming Ashihara.

Social media apparently erupted. Some fans sided with the screenwriter and called Ashihara too precious. Others labeled Aizawa a “crusher of original works.”

相沢さんという脚本家は原作クラッシャーとして知られているようで、これまでもさまざまな原作を改変してファンを激怒させていたらしい。芦原さんが最初から、あの脚本家はやめて、と言っていたら、と思うが、そういうことはあまりよく知らなかったのだろう。

相沢さんにももちろん、被害者としての面はある。原作に忠実に、という原作者の意向を知らされておらず、いつものように視聴率を稼げる改変をしただけなのに、毎度、原作者からクレームが来て、最後は脚本を降ろされる、というわけだから、プライドが傷ついたので、ああいう発言をしたのだろう。原作者と脚本家双方に相当なプレッシャーがあったことは想像がつく。

ただ、相沢さんの発言、そしてそれに乗っかった他の脚本家の発言、そして芦原さんが亡くなった直後にシナリオ作家協会が出した動画の発言を見ると、テレビの脚本家はそんなに偉いのか、と驚く(これらの発言はすべて削除されているが、スクショなどが残っている)。

いわく、「脚本家が原作者に降ろされるなどということがあってはならない」、「脚本家には尊厳と役回りがあり、原作者には役回りがある(尊厳はない)」、「原作には用があるが、原作者には用がない」などなど(この3つはそれぞれ違う人の発言)。

こういう原作者蔑視の発言をする脚本家はもちろん一部だろうが、それでもこれだけボロボロ出てくるということは、脚本家たちの中に原作者蔑視が蔓延しているのだろう。一般の人々が怒っているのはここなのだが。

長い間、私は脚本家というのは弱い立場だと思っていた。映画「マジェスティック」にあるように、脚本家はプロデューサーたちにどんどん内容を変えられ、それを黙って見ているしかない、そういうイメージだった。実際、ハリウッドでは名前の出ている脚本家以外の多くの人の手が脚本に入っていて、名前が出てるけど、あれは自分の脚本じゃない、と言う人もいる。

考えてみたら、あれはオリジナルの話を書く脚本家で、漫画や小説を脚色する脚本家ではなかった。そしてなにより、映画は監督が重要。しかし、テレビドラマの世界は脚本家の名前が大きく、演出家とかわりとどうでもいい?

つまり、テレビドラマでは脚本家がスターなのだ。だから、ああいう発言が出るのか?

もちろん、一番のスターだからといって、権力者とは限らない。今回、原作者の意向が脚本家に伝わっていなかった疑惑が持たれているが、たぶんそうなんだろう。そして、脚本家は原作者に会えない、人によっては会いたくないとさえ言う。となると間にプロデューサーとかいろいろな人が入って伝言ゲーム、いや、そもそも、間に入る人が本当のことを伝えていない可能性が高い。

間に入るのは、直接的にはプロデューサーだが、出版社とテレビ局も間に入っている。今回、小学館と日テレが知らんぷり決め込んでるのも一般人が大いに問題にしているところ。

そして、多くの人がだんだん気づいてきているのだが、出版社は漫画家の味方ではなく、テレビ局側なのだ。

芦原さんは脚本家やテレビ局と対立しただけでなく、出版社もおそらく敵にまわってしまい、そしてシナリオ協会も保身の動画を作る。売れっ子漫画家は自宅にこもって仕事ばかりで、外とのつきあいが薄いから、他の漫画家と連帯することもできず、四面楚歌だったのだろう。

一番の被害者だけが「ごめんなさい」と謝り、他の人々は謝らず、中には保身のために死者を冒涜するようなことまでする、ということに、一般人は怒っているのだ。

そして、マスコミは、やはりテレビ局を守ろうとしているように見える。一般人の怒りの声と、他の漫画家、作家の告白がなければ、今でも芦原さんは四面楚歌に見えていただろう。

追記 2月4日夜、シナリオ作家協会が動画について謝罪したことが報道された。

さらに追記

脚本家が原作者を訴えて敗訴した事例があって、その件について脚本家側が出した本のアマゾンのレビュー。

原作と同じじゃなきゃダメですか? | 「原作と同じじゃなきゃダメですか?」出版委員会 |本 | 通販 | Amazon

これ、そして、これについてのネットの記事を読むと、今回の件、テレビ局や出版社にも問題があるが、根底に日本の脚本家の世界の問題があるように思えてならない。

特にレビューのここ。

つまり、日本シナリオ作家協会というのは、原作者の創作物たる原作を作者から剽窃、盗作し「自分たちがゼロから作り上げた自分たちだけの創作物」と主張することを長年常習していることが理解できます。

(追記 なお、このレビュアーはその後、上の文章とその前後を次のように書き換えている。

この本の中で脚本家集団が訴えているのはつまり、
「我々が苦労して (改変禁止)素材を(作者の意向を無視して)調理してやった のだから、完成脚本の権利は自分たちに移ったはず(自分たちが一次著作権者で、原作者は単なる素材提供者)」
という 盗作を正当化 しています(最高裁まで争って敗訴済)。

追記終わり。)

表に出てきた数人の脚本家の傲慢な物言いは、この「脚本家の世界」にいると身についてしまうものなのだろう。明らかに世間とは乖離しているが、そのことに気づかない、原作者が亡くなった直後だから動画配信はやめましょうと誰も言わなかった、わけだ。