2016年5月13日金曜日

初日に「マクベス」を見る。(追記あり)

学生時代は土日しか映画に行けなかったので、土曜の初日の朝の回を見に行くことがよくあったが、その後は平日中心になり、初日に行くことはほとんどなくなった。今は金曜初日の映画があるようで、今日、13日の金曜日は「マクベス」の初日。
「マクベス」といえば、ポランスキーの血みどろの「マクベス」(大好きな映画)や黒澤明の「蜘蛛の巣城」があるが、今度の新作はこの2作には到底及ばないだろうとは思ったが、マイケル・ファスベンダーとマリオン・コティヤールのマクベス夫妻はぜひ見たかったので、行くことにした。
で、どこで上映するか探してみると、例によって近場のシネコンではやらない。ならば日本橋、と思ったが、ここでもやらない。日比谷シャンテでやるようだ。日比谷、遠い。
探してみると、隣の町のシネコンで上映することがわかった。が、隣町とはいえ、シネコンのある場所は3社の鉄道を乗り継がないといけない。乗っている時間は合計15分なのだが、乗り換えが2回ある上、3社の異なる鉄道だから運賃が高くなる。都心へ行くのとほぼ同じ金額。でも、乗り換え時間入れても30分でシネコンのある駅に着くのは魅力。
TOHOシネマズは誰でもネット予約ができるので、ネットで予約を入れたが、行く直前にチェックしても私以外は誰も予約を入れていない。よっぽどすいてるんだろうな、と思って現地へ。
3社の鉄道のうち、1社はわりと新しい路線で、初めて乗る鉄道。乗り換える駅も降りる駅ももちろん初めて。ドキドキしながら初めてのおつかいふうに出かけたが、乗り換えも着いてからも迷うことなく到着(シネコンの入口がわかりにくかったが)。ただ、TOHOシネマズは予約も当日もすべて機械なのだね。このシネコンは機械の数が少ないので、少し待たされた。ほかの人は予約しないで来ているから時間がかかる。私は予約済なのであっという間に終わり、並んでいた人が驚いていた。
入ってみると、やはり人は少なく、一桁だった。途中、間違えて入ってきた親子がいたが、「ズートピア」か「コナン」を見に来たのだろうか?
映画の方だけど、ファスベンダーとコティヤールは実力派なので、この2人の演技は安心して見られる。ただ、映画的、映像的には特に目新しいところはなかった。3人の魔女に少女がついていたり、マクベスの死んだ子供が出てきたりと、原作になり味付けがあったが、どういう意味があるのかは不明(追記しました)。森が動くシーンはちゃんと見せてほしかった。エンドクレジットのスコットランドの風景は美しい。
「マクベス」は大学時代、授業で英語で読んだので、有名なせりふが出てくるたびに思い出して、おお、おお、と思いっぱなしだった。若い頃にシェイクスピアに触れておくというのは絶対にいいと思う。私の授業でも「ロミオとジュリエット」や「十二夜」、「夏の夜の夢」は大人気である。
そうそう、今年度の授業で黒板にシェイクスピアの生年と没年を書いたとき、今年が没後400年であることに気づいた。

追記 マクベス夫妻には子供がいたが、死んでしまったということは、原作のセリフに出てくるそうです(読んだのは昔なので忘却の彼方)。映画ではまず、マクベスの息子の葬儀が出てきて、その後、息子の幻がマクベスに短剣を渡したりと、マクベスを謀反に導いていくという具合になっていて、ネットで調べたら次のような指摘が。
https://www.jstor.org/stable/3206576?seq=1#page_scan_tab_contents
この論によると、マクベスの暴力は息子に導かれたものだ、と。
マクベスは魔女の予言で、バンクオーの息子が将来の王になると言われ、バンクオーの息子も亡き者にしようとしますが、マクベスにもともと子供がいなかったら、自分の治世が終わったあと、バンクオーの息子が王位を継いでも気にしないのではないか、マクベスが暴君になっていくのはバンクオーの息子が王位を継ぐという予言が気になってからだ、と指摘しています。
確かに映画はそういう解釈で作られていて、最初は夫をけしかけたマクベス夫人は逆に、このあたりから夫の暴力に眉をひそめるようになり、やがて狂気にとらわれていくようになっています。マクベス夫人は夫が子供を殺すことには嫌悪感を感じているように描かれています。
息子が登場するラストの意味がわからなかったのですが、上の文を読んで、多少はわかったような気になりました。